石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

久々のトークイベント。

9日、京都のマヤルカ古書店さん主催のトークイベントに参加してきた。
イラストレーターの佐藤ジュンコさんとの対談であった。
場所は恵文社一乗寺店さん。全国的に有名な書店さんである。

hanatomegane.jugem.jp


人前で話すお仕事は一昨年の春以来で、
ものすごく久しぶりである。
ちゃんとできるのか不安だったが
マヤルカ古書店のなかむらさん、ジュンコさん、
恵文社のみなさん、ミシマ社のみなさん
そしてなによりお客様のおかげをもって、
とても楽しい時間を過ごさせて頂いた。
なかむらさんは優しく聡明で、
ジュンコさんはあたたかく機知に富み、
ちゃんとお話しするのはこれが初めてなのに
まるで長らくの知り合いみたいだった。


そう・・・
紹介文では「交流がある」と書かれた二人だが、
実は、ジュンコさんとは、
石巻の一箱古本市で何度か顔を合わせただけの、
文字通りの「顔なじみ」だったのである。
ちゃんと話をするのは
まさにこの対談が初めてだったのである(爆


つまり、
いらしてくださった皆様には
「単に顔見知りなだけでまともに会話をしたことがなく、おたがいのことをほとんど知らない二人が、少しずつ打ち解けていく様子」
というめずらしい(?)光景を見て頂いたことになる。


ははは(汗


もとい、この場を企画してくださったなかむらさん、
そして、この場をつくっていただいた皆様に
感謝しかない。




ジュンコさんはミシマ社から2冊の本を出されている。

佐藤ジュンコのおなか福福日記 (手売りブックス)

佐藤ジュンコのおなか福福日記 (手売りブックス)

佐藤ジュンコのひとり飯な日々 (コーヒーと一冊)

佐藤ジュンコのひとり飯な日々 (コーヒーと一冊)

私も一冊、こんなのを出して頂いている。
選んだ理由。

選んだ理由。



ゆえにマヤルカ古書店なかむらさんが
「人を描くということ」
という対談テーマを企画して下さった。


実際の話はちょっとはみ出してしまった気がするが(すみません)、
ジュンコさんのお話にはジワジワくるおもしろさがあり
とても楽しくお話できた。

しかし
見ている皆様には、落ち着いておだやかなジュンコさんと
私のテンションの高いトークのギャップが大きくて
色々アレだったかもしれない(すみません)。


いろんな話をさせて頂いたのだが、
ここでちらっと、ほんとにちょこっとだけ、
ご紹介しよう。


ジュンコさんは
「自分のなかにあるかもしれない才能」
について語った。


たとえば、
後継者がいなくて困っている、
ある名人の陶工がいるとする。
実はジュンコさんには、
その陶芸の技術を継承する特別な才能が秘められているのだが
残念なことに
その才能に気づくチャンスが得られていないのである。
そして
陶芸の師匠には出会えず
自分の才能にも気づかないまま、
師匠も死に
いつか自分も死に、
その技術は途絶えてしまうのである・・・・・。


そんな
「自分に備わっているのに
発見されないままになってしまう才能」
というのがあるのではないか?

時々思う

とジュンコさんは言うのだった。


実は私も
それを思ったことがあるのである。


もしかしたら本当は
ものすごい魚市場での競りの才能があるのに
その才能に気づくことすら無いまま死んでしまう・・・
ということとかが
あるのではないか!


とか
時々思うのである。


しかし
私は子どもの頃から
そういう誤解を結構本気で思い込むタイプで
すでに
スポーツや音楽や様々な学びの分野に
「色々試してみては全部玉砕」
という道を歩んできたので
もはや才能の畑は耕され尽くしている
という気がするのである。

私に関してはおそらく
見つけられるものなら
もう見つかっているのである
(だからやったことがないのは魚の競りとかそういうのなのだが
そういえば生まれつき計算が苦手なので(そろばんをやってむいていなかった)
たぶんその才能はないのである)。



しかし
しかし!


ジュンコさんには
その陶芸の才能はあったと思います
惜しいものがうしなわれますね・・・・(うんうん


となったのだった。



私たちは幼い頃から大人になるに従って
これは向いている
これは向いていない
という経験を重ねる。
向いていないことをずっと続けている
という人もいるかもしれない。
でも
ずっと続いているからには
部分的にでも、
なにかしらその分野の才能がある、ということなのだろうと思う。


もちろん、世の中には
「向いていなくてもやらなければならないこと」
も、たくさんある。
単に「やっていない」だけで「向いていない」わけではないこと
というのもある。
向いていなくてもある程度できることというのもある。
向いていないのに頑張ってやっているのは
これは逆に
ものすごく尊いことなのではないかと思う。
どうしてもそうしなければならない状況的な事情に
立ち向かっているということだろうからだ。


いずれにせよ
私たちが自分の適性や進むべき道に出会うのは難しい。
幼い頃からそれが分かるわけでもない。
もちろん、幼少期から才能を発揮する、という人々もいる。
でも、ある時期が来ないと見えない才能、というのもあるはずだ。
ジュンコさんも、私も、
結構いい大人になってからはじめたことが
今の仕事になっている。
幼い頃には、そんな適性(?)があるなんて知らなかったのだ。


現代の日本の社会では、
10代の後半から20代の前半で
自分の「進路」を決めなければならないことになっていて
特に、17歳から19歳あたりで
ある程度以上それを具体的に表明しなければならない。
でも
私やジュンコさんは、
そういう「進路」の選択をして今に至るわけではなかった。
もちろん、会社員とか、書店員とか、
なにか
は選んだけれども
それは、自分の適性や才能を見越してそうなったのではなかった。
少なくとも私の場合は
今にして思えば
なにかのはずみ
であった。
あるいは
「世間や社会を全く知らないがゆえの、
行き当たりばったりの選択」
であった。


大人になってからでも
突然、自分の才能に出会う
ということは
あるだろう。
60歳を過ぎてから本職の画家になった
という人の話を聞いたことがある。

その人は「その時期」が来るまで
画家である自分を知らなかったのだ。
そういうこともあるのである。

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ものすごく素敵なお客様方に、いい時間を作って頂きました。
後ろの方まで、頷いたり笑ったりしてくださったので、
久々でも本当にリラックスして話せました、
お客様にとてもとても助けられた時間でした、
本当にありがとうございました!!!