石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

流れ星。

こないだの双子座流星群の時
明け方ふと目が覚めたので
ベランダに出てみた。


そろそろオリオン座が地平線におりようとしていて
西の空いっぱいに、ふたご座のでっかい姿があった。
「ふたご座」は、図鑑や天球図などでよく目にするし
二人がより添うように立っている星座絵も、ごくポピュラーである。
しかし、この、本物の星の形で
大きくちゃんと視界に収めたのは、初めてだった。
カストルとポルックスはおなじみなのだが
ふたご座の全体像を空に見上げたことがなかったのだ。
すごい、ふたご座じゃん
と、思わず口に出してしまった。


星占いで使う「双子座」は、いわゆる「サイン」で、
天球上、黄道12宮のエリア分けのうち、60度から90度の部分を意味する。
今、恒星の「ふたご座」は、そのエリアからズレている。
とはいえ、星占いができた当初は
この場所がしっかり、双子座であったし、
「双子座の月」と言えば、このあたりに月があったのだ。


星はいつもそこにあるのだが
雲に隠れて見えない日も多いし
晴れていても、明るい月や太陽にさえぎられて
見たい星が見たい時にいつでも見えるわけではない。
「いつでもそこにあるのに、
見たい時に見えるとは限らない」
とは、できのわるいなぞなぞのようでもある。


私たちが見ていないときにも、世界は存在するか
という哲学のハナシがある。
最近の哲学の本では
「あるってわかってるものをわざわざあるかないかとか言うのはやめようよ」
みたいな言説をよく見かける気もするのだが
まあそれはおいておいて
私たちは、自分が見ていないときにも本当にそれがそこにあるのか
自分が思う形でそこにあるのか
本当には、わからないのである。
もっと言えば
それは、あってもなくてもどっちでも
自分にとっては別に同じことなので
どうでもよかったりする。


いや
完全に「どうでもいい」かというと
そうでもないかもしれない。


夜中、子供が眠っている最中に
おもちゃが起きだして勝手に動く話とか
サンタクロースは起きている子供の前には現れないとか
「みていないとき」にそれらが自由である
というイマジネーションは
けっこう一般的なのだ。


自分が眠っている間にお前が何をしているか知っているぞ
と、子どもはぬいぐるみに、ひそかに語りかける。
それは
「実はサンタクロースは、身内である」
と知っている子どもと大差ない。
「ほんとう」は、真偽いずれにせよ
隠されたところにある。



ある人間がもう一人別の人間をどう思っているか
ということは
ドラマや小説の中ではかなりはっきり示されるが
現実世界では一切、そういうことはない。
人間は自分にも他人にも嘘をつくし
自分の心の中にも、愛と憎しみが当然のように同居して
そのどちらもが真実である。
ある人間がもう一人別の人間をどう思っているか
ということは
実は、そんなにはっきりした結論としては存在しないし、
あの人が私を嫌っている
みたいな考えも
実は「おもちゃは夜中に起きて動いている」というイマジネーションと
そう大きく隔たったところにはないのである。
たとえ
「俺はお前が嫌いだ」
と言明されたとしても
人間の心は、開いてみることができない以上、
「本当は違うかもしれない」可能性は残っている。
ゆえに、ストーカーが存在する。


遠くにあって
様々に矛盾していて
本当は存在さえしていないかもしれない「他人の気持ち」に
これほどまでに縛られて生きているなんて
私たちはなんというおかしな、つらい生き物なのだろう。


死人だけが生きている人間の人生を支配する
と言ったのはフォークナーだが(たしか)
もう変わりようがない関係だけが人間の生き方を恒久的に縛るのだとすれば
生きている人間同士でも
遠く隔たったかかわりは
それに少し似てはいまいか。


近くにあるものよりも
遠くにあるものが、人間を縛る、ことがある。
縛る、ということは
支えていることでもある。
縛りあう人間たちは
支え合っている部分もあって
そのどちらをとるかで
いつも、逡巡しているようにも見える。
依存関係は呪縛だが
そこから解き放たれた時には
いきなり杖を取り上げられた人のように
やっぱり、うまく歩けないものだ。

呪縛か、よりどころなのか。
「いいもの」なのか「わるいもの」なのかの区別は
いつも、私たちの側にある。
火が私たちを温めて守る一方で、焼き殺すこともある。
水が私たちを潤し清める一方で、おぼれ死なせることもある。
火や水が、それ自体ではいいものでもわるいものでもないように、
他者との関係もまた
それを私たちがどう扱うかで良くも悪くもなる。


「どう扱うか」の中には
たとえば、愛情を抱きつつも傷つけあう者同士が距離を置いたり、
ずっと言えなかったことを思い切って率直に言ったり、
みたいな、ある意味破壊的な選択も含まれている。
「社会が犯罪者との関係をどう扱うか」
などという大きな問題まで拡大すると
日本では少なくともまだ
相手を殺すという判断が存在する。
かかわりの扱い方に「正解」があるなら
ぜひともそれを知りたいが
たぶん、どこにもない。
私たちはどんな小さなかかわりの中でも
激しく胸を痛めながらその扱いをどうするか、選び取る。
あるいは、受け入れる。


その結果
近い距離や遠い距離ができあがる。


双子座は、関係の星座なのだ。
そして、旅の星座であり、
死と生の星座でもある。
さらに、遠くある人へのメッセンジャーの星座でもある。
流れ星に願い事を
というのは
たぶん、ひゅっと流れる星が
神様へのメッセンジャーのように見えたからなのかもしれない。
メッセンジャーは、駆けていくのでなければならない。


何分くらい立っていたのか、ずいぶん長いこと外にいた気がしたのだが
流れ星は、ひとつも見えなかった(涙
最近ちょっと目が悪くなったので
本当は視野に入っていたけれど、見えなかった、ということなのかもしれない。


もし自分の目のせいなのだとすれば
もう二度と流れ星を見られないのか・・・・
と思ったら
さびしくなった。



私の見えないところでも、
流れ星はたくさんながれているのだから
まあ、大丈夫だ
と思うことにした。


なんなんだ。


ふ(涙