石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

知り合える場所。

「知己」という言葉は
「知り合い」というほどの、
わりと距離感がある言葉だと思っていたのだが、
よく調べたら
「自分のことをよく知ってくれている人」
というような意味でも使われるらしい。
ある意味「友だち」よりも重くとる解釈もありうるわけで
ちょっとひやっとした。



自分のことなど
自分では結局、ほとんどわかっていないのである。
たとえ一度しか会ったことがない相手であっても
「その人」のほうが
よほど、自分のことを知っているとは言えまいか。


かといって
自分がお目にかかった人のことが
それほどよくわかっているかというと
・・・・


なにもわからんな


・・・・。

などと思ったのだった。


#
先日、マヤルカ古書店さん
仙台からはるばる、佐藤ジュンコさんが来られて
一日店長をされたのだ。
私はジュンコさんとは、石巻の一箱古本市での「顔見知り」である。
ジュンコさんはすごくイイ感じの方で、印象が強い。
いつもニコニコ笑顔なのだが
ただ明るいだけではなくて
なにか中にぎゅっと詰まった知性を感じさせる。
アンコがいっぱい詰まった鯛焼きのような感触がある(どんなだ


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石巻では、私はアウェイなのだが
わずかに見知った人に会って挨拶すると
それだけでなんかすごくほっとするというか、
「いていいんだ」という気持ちになったのだ。

なので
京都に来られるジュンコさんに
お礼というか、僭越ながらお返し、というか、
そんな気持ちで、
お邪魔したのだった。


こんにちはー!

と挨拶をしたら


ジュンコさんは
私のことを
覚えていなかった(爆


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いや
名乗ったら思い出して頂けた(よかった(涙


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帰って、本を見たら、たくさんコメントを入れて頂いていて
うれしかった!


#
大好きな福田春美さんのご著書
『すぼらとこまめ』に、
誠に僭越ながら、オビを書かせて頂いた。


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私はあまり人の家には行かないが
人の家に入るのがすごく面白いと思うクチである。
人の家は意外性に溢れていて
その人のなにかがものすごくあふれかえっていて
「秘密」に触れているようで、ドキドキする。
学生時代の友だちの中に
絶対に本棚を見せてくれない人がいたのだが
その気持ちはちょっとだけ分かる。
この本は、ゆえに
福田さんのお家にちょっと入れてもらったみたいで、
すごくたのしい。

私は家事があまり好きではないのだが、
料理やお掃除その他、
「家事」を、
「義務」や「面倒」って思わない方法があるのかもな、、
と、少しだけ思えた。



#
先日noteさんを介して
占い師で作家の、しいたけ.さんにお会いする機会を得た。
そして、誠に僭越ながら
ご著書のオビを書かせて頂くことになった。


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しいたけ.さんは、なんとなく
クールで厳しめの人なのかな、
と思っていたのだが、
むしろとても純粋なものを感じさせる、
アツい方だった。
話していてすごく楽しくなってしまい、
どんどん喋ってしまって
あとでちょっと恥ずかしかった--;)


そのありさま(?)は
近々、どこかでお読み頂けるかもしれない。乞うご期待。


#
鏡リュウジさんの新刊
『占星術の教科書』を頂いた。
一読して
これは「待ってました!!」の人がたくさんいるはず!
と確信した。
私自身もすごく読みたいやつだ。


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個別の配置や星の意味だけでなく、
ホロスコープの全体性をどうやって読み解いて行くか、という
そのステップが詳しく解説されている。
ゼロから学べるのはもちろんだが、
さらに
「星や星座の意味はだいたい分かったけど、
チャートをどうやって読み解いて良いかわからない」
という人はたくさんいて、
まさにそういう方にお勧めの本。
強めにお勧めです。


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鏡リュウジの占星術の教科書 I:自分を知る編

鏡リュウジの占星術の教科書 I:自分を知る編

鏡リュウジの占星術の教科書 II:相性と未来を知る編

鏡リュウジの占星術の教科書 II:相性と未来を知る編


鏡さんは「鏡さん」ってお呼びしてしまうけど
私には本当に「先生」だと勝手に思っている。
今年は対談でお会いできたが
お目にかかるといつも
「勉強しなきゃ」と思う。
なんにも勉強しないでテストの日になっちゃってもう間に合わない!
みたいな絶望的な気分になることもある。
でも今回は、
「あ、以前よりは、だいぶお話が分かる!」
という喜びがあった。
「先生」の存在は、本当に有り難い。
私自身はたぶん、誰の先生にもなれないだろうなと思うんだけど
書物を読むだけでは足りないものがあるんだな、と
鏡先生に会うと、感じる。

でも、結局はなんとなく
ひきこもっちゃうのだが--;)




#
12/15放送予定の『東京プラネタリー☆カフェ』の収録で、
篠原ともえさんにお会いした時、頂いた
『星の教科書』


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こちらは星を「見上げる」方。
宙ガールとして有名な篠原さんだが
なんと、彼女の名前「shinohara」という小惑星があるのだ。スゴイ!


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イラストも篠原さんの作。
特別な機材がなくても、肉眼で星を楽しめるよ!
という観点で書かれているので、
星が身近に感じられる一冊。
惑星の見方も載っていて、
星占いファンにも嬉しい。


宙ガール☆篠原ともえの「星の教科書」

宙ガール☆篠原ともえの「星の教科書」


篠原さんは容姿は勿論なのだが
非常に魅力的な人だなあ・・・と思う。
いろんな苦労や努力をこえてきて
今も積み重ねたりもがいたりしている人に特有の軽やかさと、
その奥にある消えない熱を感じる。



#
岸田繁 交響曲第二章
12/2に京都コンサートホールで聴いてきた。


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バッグに入れるのに半分折りにしてしまうクセ・・・--;)

普通、クラシックのコンサートはなんの司会もなく
だしぬけに演奏が始まるのだが
今回は初演ということで、
まず、指揮者の広上淳一氏と岸田君が舞台に出てきて、
噛み合わないようで噛み合っているようで噛み合わないようでハラハラするおもしろトークが繰り広げられた。
広上先生から「クラシックは、食べものに喩えると、なんですか」という問いに
岸田君が「めっちゃいい中華です」と答えていた。
なんか変な涙が出た(爆


交響曲第一番の時は、
大ガラス海カタツムリの中に入って海底を旅しているような
何か包まれるような感じだったのだが
今回の第二番は、
なんというか「攻めて」いる感じで
スリリングで迫力があり、
とにかくわくわくした。
「次に何が起こるんだろう」
という感じがずっとあって、とても楽しかった。
この日は前日までめちゃくちゃ忙しくて
すごく眠かったので
正直、寝ちゃうんじゃないかと不安だったのだが
杞憂に終わった。


私たちは、
たとえば五年も十年も会わなかった人に再会したとき
「確かに、自分の知っている、あの人だ」
と思える「なにか」を、
相手の顔の中に探す。
顔だけでなく、声や態度のようなものの中に、
「あの人」と同定できるなにかを探す。
音楽でもそういうところがあると思う。
作曲者の、演奏者の、
「これは、あの人だ」
と同定できる要素を探す。
そして、探し当てると
「その人らしいなあ」
と感じるわけなのだが、
一体、自分は何をもって「その人らしい」と感じているのだろう
と、不思議だった。
くるりの曲とは全く別世界のこの曲の中に
時々、岸田君のなにごとかを感じる。
でも、何をもって「これは、岸田君だなあ」と感じているのか。
多分、特徴的な音階とか進行、展開みたいなものがあって
それを見つけているのだろうが、
それだけなんだろうか。


今回は、岸田君の曲以外に
彼の選曲した3曲も演奏されたのだが
この中の
「ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第4番 第二曲」
というのがすごく面白かった。
どんなに人生にいろいろな事が起こっても
時間はそれとは何の関係もないみたいに冷酷に刻まれていくけれど
その冷酷に刻まれる時間こそが
最終的には人間を救うのだ
みたいな感じがした(どんなだ


来年の3月30日、東京で公演があるので、
ご興味の向きは是非。
www.quruli.net




世の中には
「いい」とされるものやものごとがたくさんある。
善なるもの、清らかなもの、美しいもの、喜ばしいこと。
そういうものをどんどん上昇させ、蒸留し、
突き詰めてもっともっと純化していくと
それはどこからか、
突き刺すようなするどいものになる。
恐怖をはらむ、光と闇の両方のものになる。
確かにあったあのよろこび、あの清らかさが
浄められきって、まがまがしい力を帯びはじめる。
天に憧れて上昇を続けるといつか、酸素がなくなる。

岸田君の音楽は時々
そういうものの気配を感じさせる。