石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

冬空のヒミツ。

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虹の季節と言えば、
雨の多い梅雨時とか、夕立のある夏
というイメージかと思うが
ここ、京都では
冬から5月頃にかけて多い
という感じがする。


街から山が近い京都は天気が変わりやすくて
天気雨の日も多い。
雨が降ったり止んだりの日に
平地が広がる南側の空から、比叡山などがある北側の空に向けて
鋭い光が差し込むと、ぱあっと虹が出る。


数日の旅行では
その土地の気候や特別な天気のことは
なかなか、わからない。
住んでみてはじめて
その土地特有のお天気のことが感じられるようになる。
また、同じ場所に住んでいても多分
「特有の天気」には気づきにくいかもしれない。
気候の違う複数の場所に住んで初めて
「ここはこういう土地なんだな」
と思える。
差がわかる。


昔の小説などを読むと
病気になった人に対して、医師が
「転地療養」を勧めるシーンがよく出てくる。
「季候の良い場所で療養するように」というのだ。
今では、お医者さんがそういうことを勧めるというのは
なかなかないだろう。
ちょっと寂しい気もする。

疲れたなあ、とか
ずっと慢性的に調子が悪いなあ
気分が落ち込んで仕方がないなあ
というようなときに


『もっと季候の良い、伊豆か沖縄に行って
最低でも1ヶ月、なにもしないで暮らしなさい』

みたいな処方箋を
お医者さんがくれたらいいのに・・・



妄想する(現実逃避


現代では、旅行は自分で決めて行くしかないが
昔は
他人が決めてくれる旅
というのも、あったのだ。


誰かに決めてもらう
って
ちょっと面白いよね
と思う。


何が出てくるか解らない、
自分の発想では見つからないものに
いきなり出会える。
それが
「決めてもらう」
ということだ。


行き先を知らされないまま遊びに連れて行ってもらう、とか
サプライズでギフトをもらう、とか
とにかく
「中味の解らないもの」は、
わくわくする。


お見合いもきっと
そういうのがあっただろう。
どんな人が来るのかな
というわくわく感は
きっとあったはずだ。
その後ガッカリするかどうかは別としても。



占いもたぶん
そういうところがあるんだろうと思う。
なにが出てくるかわからない
どうしてそれが出てくるのかもわからない。
隠されている。


occultation(オカルテーション)という言葉は
天文学で「星食」、つまり
月が星を隠すとか、そういう現象のことだ。
「オカルト」は「隠される」ということなのだ。


「オカルト」は、
あまりいいイメージを持たれない言葉だけれど
私は結構
「占いは、オカルトですから」
と言うのが好きだ。
なにかがその向こうに隠されていて
だからこそ、皆が惹きつけられるのが
「オカルト」なのだ。


ちょっと隠しておくと
魅力が生まれる。

うふふ、とわらって
「ひみつ。」
と言われると
妙にわくわくする。


「池の水を全部抜く」
という番組が流行ったそうだが
それも同じリクツだと思う。
何が入ってるか解らないから
ワクワクする。


お祖父さんやひいお祖父さんが使っていたが
そのあと何十年もだれも開けたことがない金庫を
プロの鍵屋さんにたのんで開けてもらう
という番組もある。
これをたまたまちょっと目にしてしまったが最後
金庫が開くまで、家をでられなくなる。



虹も、そうなのかもしれない。
「どんなにわかりやすく時計の仕組みを解説しても
『時間とはなにか』を説明したことにはならないように、
光と水滴のプリズム効果を説明しても
『虹とはなにか』を説明したことにはならない」
という話が、私は大好きで
あちこちで引用してきた。


虹は、そういうヒミツがあるような感じがするからこそ
わくわくするのかもしれない。
小さい子供が「虹!みて!みて!虹!」と力の限り叫んでいる、
あの声の中に、ヒミツの魅力が詰まっている。