石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

vanishing

イベントとかコンサートとか、映画もそうだけど
さっきまで確かにそこにあった一つの世界が
その時間が終わったとたんに
まるでなにもなかったみたいに消えてしまう。
あの「消えてしまう」感じは
強烈だ。
みもふたもないというか、
とりつくしまもないというか
今目の前で起こっていて、そして消えた、というその両方の事象に
私たちは手の出しようがない。
ただ立ちすくんでいるしかない。

人の死もそうで
直後は多くの人の意識がその人に向かって、
「たしかにいた」ということがむしろ強調されるけど
ほんのしばらくたつだけで
本当に、何もなかったみたいになる。
遠い遠い昔の幻みたいになる。

桜なら桜、雪なら雪で「またいつか来る」と思えるけど
人間がやることや、人間自体は、
どうも、そういう感じにならない。

1年とか3年位前に亡くなった、
顔と名前はよく知っているけれど自分としては特に思い入れもない著名人
のような存在を思い出すと
特にその「消えていく」感じが強い。
あのときはあんなにニュースでさわがれて
いろんな人がコメントを出していたのに
今ではもう誰も何も言わない。

もちろん
そのことばかり話続けているわけにはいかないし
個々の人の心には残っているんだろうし
そのうちのさらに幾人かの心には
消し去りがたい悲しみが渦巻いて
まだぜんぜん「時間がたった」ことになっていないかもしれない。

その人に関することが世界から「消えてしまった」ように見えるのは
私自身に、その人に対する思い入れがないからであって
思い入れのある人々にとっては
その人がいなくなったという事象はまだ目の前にあり続けているだろう。

でも
やがてその人たち自身もいなくなり
50年か80年もたてば。


そういう人たちの存在を思うと
この世にかつてどんなにたくさんの人が生きていて
その人たちが死んで忘れ去られたか
ということの膨大さに
圧倒される気がする。
誰もが顔と名前を知っている著名人ですらそうであり
その向こう側にいる、自分も含めた膨大な人々が
次々に消え去っていく
ということのボリューム感みたいなものに
呆然とした気持ちになる。


激しい怒りとか恐怖とか不安、喜びの記憶や未来への期待などが詰まった
自分と同じような大きさの心がおびただしい数、生きていて
それらが、すべて時間の波にさらわれるように
跡形もなくさらわれる。
その波はよせてはかえしながら
何度も何度も途切れることなく
一秒ごとに膨大な数の心をさらっていくのだ。


漢字の文化には、ものすごい桁数をあらわす言葉がある。
那由多、とか、無量大数、とか、不可思議、とか
そういう単位はもしかして
このイメージからうかんだのかしら

勝手に想像する。
時間の波に絶え間なくさらわれて忘れ去られていく人間の人生と心。
「自分の心」というものが
自分自身にとって、こんなにも圧倒的に大きくて支配的なので
それと似たような他者の心がものすごくたくさんあって、かつ、
どんどん消えていく
それが長い長い時間の中で繰り返されていく
という現実は
誰のそばにもある、すべての人に関係のあるあきらかな現実であるのに
どうにもとらえがたい。
その、どうにもとらえようがない不思議な現象をあらわすために
「不可思議」とか言ったんじゃないか
という気がしてきた。

子供のころは
那由多、とか、不可思議、とかいう単位のことを聞いた時
まず間違いなく宇宙の果てのようなことをイメージしたのだ。
時間の果てのようなことを思ったかもしれない。
すくなくとも
死んでいった人間の頭数
というようなことは
思わなかった。


現代では
写真やニュースや動画などで記録が残るから
なんとなく、「わすれさられない」ような気がするけど
実はそうではない。
記録は、モノである以上、失われる。


かつて親族が死んだとき
少し片づけを手伝ったのだが
その人の衣類の山を見て
それをどう考えていいのかわからなかった。
今でも時々思い出す。
その衣類は
その人が生きていた時はその人の必要品で
確かに、意味のあるものだったのだ。
それが
その人がいなくなった瞬間に
まったくべつの「荷物」になってしまった。
「物資」みたいでもあった。
もうそのサイズにも
色の好みにも
意味がなくなってしまったのだ。

もちろん、人によって感じ方はまるで違うだろう。
たぶんその親族にもっと近く暮らしていた人には
その人自身のかけらのように見えたかもしれない。

目の前にあるものが
確実に消えて、なくなって、
どんなに記録があっても
やがてはその記録と心がつながる人がいなくなる。

コンサートが終わったあとのように
あんなに賑やかだった世界が
まるで何もなかったかのように
きえてしまう。


一生忘れないだろう
と思ったその印象が
記憶のかなたに消えていく。


なぜか最近
よく、そのことを思う。


秋のせいだろうか。
それとも
齢のせいだろうか。。


ふ。