石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

こじあける。

「ものを書くのが仕事だ」
ということはすなわち
「ものを読むのが仕事だ」
とほぼ同じこと
の、ような気がする。

本当はたくさん勉強しないといけないのだが
私はもともと勉強に無精なほうでもあり--;)、
さらに日々、占いの〆切に追いかけられていると
本を読むことからどんどん遠ざかってしまって
焦りが募るばかりなのである。

しかし今年の2月
私はインフルエンザにかかった。
最低限、毎日の占いや週報、連載の仕事などは
なんとか滞らせずに済んだのだが
ほかのことはみんな放り投げて寝込んでいた。
その間
ひさびさに
布団の中で日がな一日本を読むか寝ている
という生活を1ヶ月ほどやったのである。

私は幼い頃、
しばしば熱を出して寝込む子どもだった。
布団の中に入れられていると、どうにも退屈で
ずっと本を読んでいる
ということが頻繁にあった。
私の原点は
「熱を出して寝込んで本を読む」
なのである。
なにしろ今年のインフルエンザの時は
「ああ、ほんとの自分にもどったな」
と思い続けていたのだ。
「これだ!これだよ!」と
懐かしくてうれくて
仕方がなかったのだ。
いや
具合は、ほんとに悪かったのだが。

そんな中
フランセス・イエイツの
「ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統」
ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統 | フランセス・イエイツ, 前野佳彦 |本 | 通販 | Amazon

を流し読みしていたら
俄然
「ピカトリクス」という古い古い書物を読みたくなったが
この日本語訳はなかったので
仕方がなく、読めそうもない英訳本を買った
らば
ついこないだ和訳がでたのである!!


早く言ってよ!



ちょっと思った(涙


悔しいので(?)
画像を。

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いや
うれしいです(感涙


星占いや、それ関係の本はもちろん、たくさんあって
不勉強なりにいろんなものを読んだけど
「体系的勉強」には、ほど遠い。
もともと私は本を体系的に読む才能がナイので
ショウガナイと諦めているのだが
そもそも星占いは「信じるか・信じないか」とか
「当たるか・当たらないか」みたいな、
特殊な物差しがあって
そのあたりで、
取り扱いの難しいジャンルでもあるよな、と思う。

でも、星占い、
もとい「占星術」「占星学」は、
実は「当たる占い」みたいなものを越えて、
ひとつの、いわば「歴史的な世界観」みたいなところがある。
「キリスト教がわからなければ、西洋の芸術はわからない」
「ギリシャ・ローマ神話がわからなければ、西洋の芸術はわからない」
ということが言われる。
それと同じように
「占星術がわからなければ、西洋の芸術はわからない」
とも、言えると思うのである。
たとえば、
古い風景画にいきなり、空にウシが飛んでいるのを見たら、
たいていの人はびっくりするだろう。
でも、星占いを知っていれば
「ああ、これは牡牛座のアレだな、季節を指しているんだな」
とわかる。
シェイクスピアの戯曲や、ショーペンハウアーの本の中に
突然、惑星がどうのこうの、という話が出てきても
特段「この人達は占いマニア?」などと驚かずに済む。
そもそも西洋文化全体に
占星術的世界観が、
噛みしめるほどにじみ出るおでんのダシのごとく
しっかりしみているのである。

で。
そんなおでんのダシをめいっぱい、
とてもしっかり味わえる本が
こちら
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https://www.amazon.co.jp/dp/4562053917

鏡さんから献本を頂いたのだが、
すでにポチっていた。
(ので多分、一冊はいつかプレゼント企画で出すだろう)

よく
「今日のラッキーアイテムは、豚骨ラーメン!」
とかいう占いがある(私はやらないが)。
テレビでそうした占いを見た方から、ときどき
「なぜそういう占い結果になるんですか?」
と聞かれることがあるが、
じつはちゃんと、理由がある。
その「理由」は、
「この星座にはこういう性質があって、ここにこの星があるからこうで」
という風にも説明できる。
できるんだけど、
「じゃあなんで
その星がそういう性質・意味になってるんですか?
誰が決めたんですか?」
みたいなところまでは、あまり聞かれない。

たしかに、相当マニアでなければ
「なんでそうなってるんだろ?」
とは、あまりおもわないかもしれない。
私にしても、
星占いをやりはじめてから数年経過してやっと
「なんでこういうことになってるんだろ?
だれがそう言い始めたんだろう?」
と思うようになった。
こうなると、「歴史」を当たらなければならないが
なかなか、
「なんでそう決まってるのか?」
という疑問にすぐ応えてくれるようなものはなかった。

星占いの歴史は非常に古く、
紀元前何千年というところまでさかのぼれる。
それから現在に至るまで、
長い歴史の荒波にさらされ、
いろいろな人々の手が加えられてきた。
だから
「金星が愛と美の星だと定義されたのは紀元前何年で、
それはこういう経緯です」
というふうには、わからない(※)。
でも、そのことがどのように世の中に受け入れられ
また、「愛と美の星・金星」というイマジネーションが
どのようなレンズとなって世の中をうつしだし、
また、そのレンズを通して見えたものがどのように世界に根を下ろしたか
ということは、たどっていくことができる。
それをたどることは
「なぜその星座がそういう意味になったのか」
という問いへの
ひとつの応えになり得ると思う。
それは
私たちの心と、その「象意」が、どうつながりうるか
ということだからだ。
仮に、誰かが最初に
「この星の意味は、こうです」
と決めたとしても
私たちの心にそれが深く了解されない限り
何千年の時を越えていまもそれが愛される
ということには
ならないはずだからだ。

この本は、そういうニーズに応えてくれる。
星占いに詳しくなくても
マニアックなことを全然知らなくても楽しめる。
で、
星占いには少し興味を持っているけれど
歴史や文化まではまだ手が届いてない
という人には、
ものすごく役に立つと思う。
頭の中の点々が、線でつながっていくと思う。
階段をのぼって、その先がさらに広がっていくと思う。

実際
星占いを長いことやっていると
だんだん同じことばかり書いてしまう自分が
辛くなってくるのである。
そういうときに、上のイエイツの本とか、
ピカトリクスみたいな古い星占いの本、
哲学の本、魔術などの歴史の本などに触れると
イマジネーションがリフレッシュされて
「助けられる」ことがある。
これは、新しい技術や知識が増えるというよりは
金星なら金星、牡牛座なら牡牛座の世界の広がりを、
もっと新鮮なものとしてとらえなおせる
ということなんだと思う。

私たちの心は、この茫漠と広がる世界を何とか理解しようとして
さまざまな認知の枠組み、システムを用いたがる。
そのうちの一つが星占いなんだろう、と思っているのだが、
システムは、いつも閉じていこうとする。
でも、そのシステムに、
システム自体を変更するのではないかたちで
新しい広がりを与えることができる、場合がある。
私たちの心の世界は、決して閉じてしまっていないので
いろいろな方法で、
閉じようとするシステムをもっと新しい次元にこじあけていくことが
できるんだろうとおもうのだ。
その方法として、たとえば旅行とか、
アウトドアのキャンプとか、自然に触れるとか、
お祭りに行くとか、スポーツをするとか
すごくたくさんの方法があるんだろう。

そういう方法のひとつに
本を読む、ということがあるんだろうなと思っている。




ぜんぶわかんないわけではなく、
土星外天体とか、サビアン・シンボルなど、
誰がどう決めたかわかってるのも(けっこう)ある。