石井ゆかり@筋トレのブログです。
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生きているもの


フランス語のつづり見直し、消えたアクセント記号に怒り沸騰 国際ニュース:AFPBB News http://www.afpbb.com/articles/-/3075875 @afpbbcomさんから


こないだの
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20160202/p1
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20130126/p1
この件に関係するニュースだ。


交通ルールを変えるとかなら
「怒り沸騰」とはならないだろうな、、と思う。
言葉に関する「怒り」という感情。




日本語もいろんな変遷を経て、今の形になっている。
旧仮名遣いから今の仮名遣いに変わるときも
すったもんだしたようだし
「漢字廃止論」というのもある。




東京ではたまに
綿の着物を着たりしていたが
京都ではそういう気になれない。
何かルールや流儀が違っていたら
けなされたり笑われたりするのでは、、
と気になるからだ。


自分がちゃんと着方を知っていたら
へんな着方をしている人に対して
苦笑とか、バカにしたような気持ちがわくのは
なんとなくわかる。
言葉づかいを間違っている人に対する気持ちと
ちょっと似ているだろうと思う。


本物の「都市」というのは
雑多な文化が常に流動し、合流しているので
すでに固まった古い流儀を恐れる必要はない場所だ
という話を
どこかで読んだ。
いろんな文化を背負った人たちが入れ代わり立ち代わり、
まじりあっているような場所ならば
たしかに、
「これは変かな」
などと、気にする必要もないだろう。
「それはまちがっています」
などとも、言えない。
「これがただしい」という型がないからだ。


京都は「みやこ」ではあるが
雑多なものが入り混じるリアルな「都市」ではなくなった
ということなのかもしれない。
とはいえ、このところ
外国からの観光客の数が爆発的に増えているのを感じる。
あきらかに、以前よりずっと多い。
この状態が続いていくなら
いろんな場所からきて住む人も増えるかもしれないし
だんだん「都市」に戻る可能性もあるのかも
と思えるほどだ。


生きているものは
変化していく。
言葉も、都市も、ルールも
生きているならば、かならず変わっていく、
ということなんだろうか。
死んだものは、変わらない。
変わらないまま、消えていく。