石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

変化


朝起きて
一日飛んでしまった。。。
と思ったら
台湾で地震、とのニュース。
そういえば
この日記を完全に毎日更新していたのは
東日本大震災のころだった。
あのときの気持ちを思い出した。
被害が少ないことを願うばかりだ。



桜島も噴火している。
大地は「どっしりして、うごかないもの」の代名詞みたいなのに
実際は、とてもよく動く。大きく動く。
地球自体まわっているわけで、止まってなんかいないのだ

こういうとき、よく気付かされる。



震災の時、一日、二日と経つうちに
締め付けられるような不安や恐怖がむしろじわじわ膨らんでいって
無性に
「早く、『あれからもう3年もたったんだ、あっという間だね。。。』とか言える日が来るといいのに」
と思っていた。
もう少しで丸5年になるが
「あっというまに5年」という気もするけど
一方で
5年たっても変わらない、戻らないことがたくさんあって
震災はまだ、ずっと続いている。



BSの『笑点デラックス』という番組をたまに見るのだが
これは、10年以上前の放送分を、再放送しているのだ。
大喜利なんかでは、その時期にホットだった話題が
たくさん織り込まれて出てくる。
ミッチー・サッチーとか、周富徳とか
「ああ!そういうこと、あったあった!!」
と思いだせるものもあれば
何のネタなんだかまったくわからないこともある。
なにしろ「笑点」だし
マイナーなネタなんかは入ってないはずなので
これはたぶん、私が忘れているのだ。


覚えている・覚えていない、ということよりも感慨深いのは
リアルタイムでそのニュースに感じていたはずの感情が、
今や何の熱量も持っていない、ということである。
よく覚えていて
けっこうショックだった事件なども
今では、
「ああ、そんなこともあったっけ?」くらいの感覚になっている。
味もそっけもない。
ガスのように軽い。
思い出してもまたすぐに
記憶の彼方に消えてしまう。


今現在「ホットだなあ」と思っているニュースも
10年くらいたつと、スカスカになってしまうのだろう。
司馬遼太郎の『項羽と劉邦』に
暖炉にくべて燃料にする「牛の糞」の話が出てくる。
牛の糞は、排泄された直後には当然、
粘りもあれば匂いもあるが
風にさらされてからからにかわいてしまうと
水分も匂いもなにもなくなり、
植物の繊維だけが絡まった、
暖をとるのにとてもいい燃料になる、というのである。
侍女たちは、屋内にいる虞姫を温めるために
寒風の中、乾いた牛のふんを集めてまわるのである。



たとえばゴシップみたいなニュースは、
それがフレッシュなうちは
嫌なにおいとか、湿度をもって
いろんな感情を喚起する。
でも、時がたつと
湿度も匂いも消えて
ただのスカスカの、繊維の塊みたいになる。


でも
何年たってもちっとも風化しないものもある。
たとえば
ニュースではなく「思い出」ならば
湿度も香りも、変化はすれど、
完全に失われたりはしない。


たぶん
私たちの心や脳の中で
その「置き場所」が
全然違うのかもしれない。