石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

運動


風邪もそろそろ治ったので
運動しよう
と思い
散歩へ。


山にのぼってみた。




けものみちをゆく。


小・中・高校と
朝晩犬の散歩に行っていた頃の記憶が甦った。
最近でも何度となく夢に見る。
あのころみたいに、林を無目的に歩き回りたい
という気持ちになる。


しかし
犬がいるとなぜか怖くないんだけど
一人だと
蛇とか、なにか動物とか
火サス的な遺体などがでてくるのではないか・・・・
という気がして
ちょっと怖かった。


といってもべつに
うちの犬は
助けてくれるような賢い犬でもなかったのだが・・・(まっしぐらに単独で逃げるタイプ(そして戻ってこないタイプ



賢い犬の動画とかを見ると
経験と引き比べて
ほんとかな
犬ってそんなに賢いものかな
とおもう。
人の気持ちがよくわかってるような犬や
人を助けるような犬のニュースを見ると
感心すると同時に
ほんとかな・・・
という懐疑的な気分になってしまうのだが
犬にだって人間同様
個体差がすごくすごくあるのだろう。


それに
あんまりエピソード的には思い出せないけど
うちの犬にもたぶん
いいところはあった(はずだ


そう
雑種だったけどわりとしゅっとした顔の犬で
鼻が黒くて
大きさがちょうどよくて
撫でてやると
「もっとなでれ」
という具合に、こっちの膝に手をのせてくるので
・・・痛かった(ツメが


私が高校を卒業するちょっとまえに
突然具合が悪くなって、死んでしまった。
死ぬ前、一週間くらい患っていたと思うが
そのあいだはとてもおとなしくて
健気で、可哀想だった。
だいじょうぶか?と身体をさすると
鼻をひゅんひゅんならして
返事をしていた(のだろう(多分
死んだときは悲しくて
涙が止まらなかった。




まあ
犬の「いいところ」といって
人間にとってうれしいところ
と考えてしまうのは
人間の勝手だ。



犬を飼ってよかったことは
「いのちの大切さを学ぶ」などもあったかもしれないが
今よくわかるのは「一人の時間を得る」ということだった。
犬を連れて、一人になって歩き回る。
歩きながら、考え事をする。
空想し、妄想し、
自分だけの頭の中の時間を生きる。
音楽を聴き、鼻歌を歌い、
「この道を行ったらどこに出るんだろう」
と、路地の探検を繰り返す。
それを毎日、
否応なくやることになる。


一人の時間は
「自分」を作ってくれるものだ
と思う。
小学生の頃から
「一人で道を選んで一人で歩く」
ことができたのは
よかった。
日々の「犬の散歩」は
辛かったし、面倒だったし
妹と押しつけ合うこともあったが
結果的には
得難い体験だった。


うちの犬は
そのささやかな冒険に
ずっとついてきてくれていたんだな

今になって思う。
当時は私も子供だったし
奴のわがままをきいてやってる
くらいの対等な感じだったけど
今になって
こうして一人で山の中を歩いてみると
正直
やつが恋しい。



そういや
当時はスマホもなく
田舎なのでカギもなく
財布も持たずに毎日外に出ていたのだ。
すごい(なにが


今は
カギとスマホとサイフがないと
外に出られない。
大人になるとは
こういうことか。。。。



山の頂上には
蜜柑の皮が転がっていた。
誰かがここに来て、
景色を見ながら蜜柑を食べたんだな
と思った。


オレンジ色の
遊びの痕跡。





しかし
蜜柑
というのは
ミカン
より
はるかにおいしそうな字面だな。。。。
イチゴ→苺
リンゴ→林檎
は味にそれほど変わりはない感じがするし
スイカ→西瓜
に関してはカタカナの勝ちだと思うが
蜜柑。
この破壊力はすごい(当社比