石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

新春

明けましておめでとうございます!


年報もおおむねご好評頂き、ありがたいです。
たくさんのコメント、本当にありがとうございます!


毎年少しずつ(自分なりに)変えてきた年報なんですが
今年はあえて、以前の雰囲気に戻せないかな、、
と思いながら、書いてみました。

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写真は、去年最後の満月が、
明け方に沈んでいくときに撮ったもの。
これは、ズームしたためにこんなふうになっているので
実際はこういうあかるさだった。



でも、実際に見えていた景色は、
こういう感じじゃなくて
もっと月がクッキリして
ウサギのかげとかも見えていた。


こんなへっぽこ写真じゃなくて、
プロが撮った美しい天体写真はたくさんあるけれど
肉眼で見たとおりにうつってるのは、
ほとんど、ない。


たぶん、日々起こる事や目の前に在るものも
記録できるようで記録できないし
記憶できるようで記憶していないし
ならば「在る」とはどういうことか
と考えると、わけがわからなくなっていく。
古今、無数の哲学者がそのことの前で右往左往してきたのだ。



今、関西に住んでいて
関西ローカルの番組と、全国の番組とを
両方見ることができる。
私は年末年始の怒濤のようなお笑い番組
心の底から楽しみにしているのだが
これを、つらつら見ていると
関西の芸人さんが関西の舞台でやっているのと
同じ芸人さんが東京でやっているのとでは
ぜんぜん雰囲気がちがって
おもしろいなあ、と思う。
意図的に変えている部分もあるんだろうけれど
「場」がだしものの雰囲気やナカミと直結している
ということが、よくわかる。
あたりまえのことのようだけれど
たとえば、私がその会場で観客として見ていたなら
自分が演じ手になんらかの影響を与えている、なんて
たぶん、思いもしないだろう。


誰が誰を変えているのか、
本当に変わったのは、誰なのか。
そういうことは、じつに
客観的にはつかめないものなんだろうな
と思ったのだった。


「自分が変われば相手も変わる」
みたいな
自己啓発的なアレではなく
「貴方から見れば、私が変わったように思うかもしれないけど
私から見れば、変わったのは貴方のほうだよ」
みたいなことは
よくあることだ。
リンゴが赤いと思い込んでいたのに
食べようとして皮を剥いたら白かったので
「こんなはずじゃない!」
と驚いて怒る
みたいな理不尽なこともある。
リンゴがはもともと皮は赤、中は白で
なにもかわってはいない。
皮を剥いたその人の態度が豹変しただけなのだが
その人からすれば、
赤から白に激変したみたいに思える
なんて
たとえばなしがバカみたいだからおかしいけれど
でも、そういうことがけっこう
珍しくないように思う。
東京のテレビ局では標準語に近い発音で話していても
関西ローカルではずっと関西の言葉にもどる、というタレントさんは
自分自身が「変わって」いるわけではない。
皮付きのまま食べても、皮を剥いて食べても、
リンゴはリンゴだ。


もちろん、何が変わったか、ということは、
自分の主観の中からしか見えない。
自分もどんどん変わっていって
まわりもみるみる変わっていく。


そんななかで
つかまえておけるものがあるとしたら
それはなんだろう
などと
ぼんやり考えている



そんな
新年です(どんなだ

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本年もあいかわらず、
あちこちでいろいろ書いていくつもりです、
なんというか「原点に返ろう」みたいな感じも強いです。
みなさま、本年も、どうぞよろしくお願いいたします!