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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

近況やお知らせなど。


9月ももう半ば過ぎ、だいぶ涼しくなってきました。
日記を書きたい書きたいと思いつつ
なかなか書けなくて、
ひそかに楽しみにしてくださってる皆様、すみません。



日ごろ「ともだち(ほぼ)いない」を表明してる私ですが
長いことこういう活動をしていると、一緒に仕事をするところから
切れてるようで微かにつながっている、ふわっとしたなかまみたいな存在がいる
という感覚を勝手に抱いています。
イベントで2,3分立ち話しただけの「知り合い」など、
遊びに行ったりお茶を飲んだりするとかではないので、
当方の完全な思い込みなんですが。。。(爆
とはいえ、私の本を読んで下さったり、イベントに来てくださったりした皆様には
そういうなかまたちの名前を見て
「あ、あのときの・・・」「あの本の絵か・・・」
みたいにおもってもらえることもあるかも!と想像して、
勝手に喜んでます(つまり、ぜんぶ思い込み


そんな、思い込みの「なかまたち」からのお知らせを伝言的に。


#
「青い鳥の本」シリーズの絵でおなじみ、沙羅さんの個展が
9/17-10/8、東京は乃木坂で開催中です。
http://booksandmodern.com/gallery/423/
ポストカードがこれまた、すごくいいんです。
私が沙羅さんのポストカードを気に入って購入し、それを編集者さんに見せたのが
「青い鳥の本」シリーズのきっかけだったんです。是非。


#
今年の頭に朝日カルチャーセンターさんで対談させて頂いた、
阿藤智恵さんのお話ライブが、9月27日にあります。
http://atohchie.life.coocan.jp
「スーパーボールみたい」な彼女です。
闇鍋インタビューでも、お世話になりました。
http://www.mishimaga.com/yaminabe/030.html
http://www.mishimaga.com/yaminabe/031.html
http://www.mishimaga.com/yaminabe/032.html
この日記でのインタビューと、その前に1回と、
闇鍋と、朝カルと、ぜんぶで4回。結構会ってる!(当社比


#
「星栞」の写真でおなじみ、山口達己さんの個展が
10月10日から、にいがた銀花さんで開催されます。
「木のはのかたち」山口達己 絵画作品展
http://niigatag.exblog.jp
カレンダー販売、毎年恒例になりました。


#
新潟、佐渡の「ハローブックス」
9/20・21に佐渡島で開催されます。
お世話になってる北書店さんも参加。
http://hellobookssado.com/2015/
平野レミさんがくるそうで、すげーなんかわくわくする(いけないけど(笑


#
「ハローブックス」がらみで、
店主の佐藤さん不在の北書店で9/20・21
佐藤ジュンコさんが店番するそうです(!)
https://twitter.com/junko_sato
http://www.mishimaga.com/onna-hitori/
元書店員さんで、今はイラストレーターさんです。
実は彼女とは、石巻一箱古本市で「お隣さん」だったことがあって、
それで、今もなんとなく遠くから親近感を持ってます。はは。


あと、今週末の音博のチケット取れました。えへ。

      • -


このところ、筋トレ週報をを変えたりとか、
私としてはけっこう大きなことが起こりました。
仕事でも、ややこしいことやびっくりすることもあり^^;)
人並みに、世間に揉まれて生きてる実感があります。ははは。
ドラマや漫画では、わりといい人と悪い人がバッキリ分かれていたり、
「犯人」は一人だったりすることでカタルシスが起こるのですが
現実には、被害者と加害者が判然としないような問題もたくさんあって
カタルシスよりは、時間薬と「諦念」みたいなものが
着地点だったりします。
みんな辛いんだよね、、、とか
神様じゃないし、カンペキには行かない、どころか、お互いダメダメだらけだね、、
みたいなところで落ち着く感じです。
で、「これでいいのだ」なんでしょう。たぶん。



正解がない世界で
自分の意見を持つ
というのは
大変なことだなあ、と思います。
自分には、そういう考え方をする習慣が
本当のところは、なかったんだな、と思います。
持ってるつもりで、そうじゃなかった。
まるで、部屋の中で靴を脱ぐか脱がないか、みたいなことで、
「正解がないなら意見は持てない。
だって、正解がないんだから、
意見を持った瞬間に不正解になっちゃう」
みたいな感覚が
自分の心の隅っこにあるような気がするんです。


「自分の意見」を持っているつもりでいても、
心の奥底では、ほんとうは
「正解」が存在しない、なんて、
思いもしてなかったんだろう、と思います。


でも
正解はない。


正解がないとわかって、意見を持つこと。
難しいけど、それしかないんだなあ、
と、いまさらながら、思い始めています。


たとえば
「答え」はなくて「応え」だけがある
というようなイメージに。


もし
正解などナイ、と本当に心底思えていたら
たぶん
どんなに自分と違う意見も、
本当に「尊重」できるんだろうと思います。
そうしてる人もいて、
そうしようとして、でも、
ちょっと踏み外しちゃう人もいて
私は、どちらかといえば
踏み外しちゃって、
自分と違う意見を上手く扱えない人のほうが
親近感は湧きます。自分と同じだなと思うから。


もし「正解はない」なら
「正解はない」という考えも正解ではなくて、
このはなしは、ぐるぐる回り続けます。


ぐるぐる回り続ける渦がある、ということが
つまり
血液や酸素をぐるぐる回して生きている
ということと
おなじようなことなのかな

妄想したりする
今日この頃です。