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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

奇跡


夏は
戦争の記憶の季節だ。
昨日は広島原爆の日、9日は長崎、
15日は終戦記念日
うだるような暑さの中で
多くのメディアが戦争の記憶を語る。




5,6年くらい前か、出版社さん経由で
シベリアに行った、生死不明の兄が
 今年戻ってくるような気がします」
というような内容のお手紙を頂いたことがある。
「星読み」の読者の方だった。
占いは、「わからないまま」のことを耐えている人の心に
どうしようもなく、響く。
戦時中「こっくりさん」のような占いが流行った、
という話をどこかで読んだ。
身内の安否から、食料が手に入るかどうか、というようなことまで
ありとあらゆる不安を宥めるために
多くの人が、やむにやまれず、占いをしたのだろう。


想像を超えるおびただしい悲劇の中で
「安否がわからないまま、待ち続ける」
という状況を
みんなが耐えていたのだろう。
その苦しみは、情愛が深いほど、強かっただろう。
心が壊れるような連続的な恐怖を耐えて
それでも、毎日を生きるしかなかったのだろう。
この方はなんと長い間
その苦しみを耐え続けて来たのか。
その苦悩と希望を思うと
畏敬の念を感じずにいられない。


わからないまま耐え続けることに
意味はあるか。
耐え続けたことをよかったと思える日が
いつか来るのか。
わからないまま耐える、という苦悩をさらに凌駕するような苦悩を
待たれているその人が味わっているかもしれない。
苦悩には終わりがない。


人に「会いたい」という気持ちが
いまいち、よくわからない
というハナシを
このブログでも何度か書いたけれど
上記のような「苦悩」を思う時
会う
ということの意味が
別な形で見えてくるような気もする。


人生で起こる出来事の順番は変えられないから
後悔しないように
と思うけれど
自分が実際、「何に」後悔するかなど
後悔するその時になってみなければわからないものだ。


それでもいつか
奇跡のようにお兄さんと再会を果たせるかもしれない
という一筋の希望が
かの手紙の方を耐え抜かせたのだろうか。



そのお手紙を読んだとき
私も
いつか起こる奇跡を心底願った。



雷が鳴っている。