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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

ロマンチック。

このところ、ちょっとバタバタして
タクシーを使う機会が多かったのだが
運転手さんたちがみんな
ごくささやかに、ほんのりとロマンチックであった。



というのも
ちょうど桜の時期だったのだ。
花見に行くために乗ったのではないのだが
道順やらを伝え合う、ちょっとした拍子に
花の話がまざるのだ。


鴨川べりの桜を見て
「今年の桜は、なんかちょっと、白っぽいようですな。
毎年、色がちょっとずつ、ちがうんですわ、
赤みが強い年もあれば、白っぽい年もあってね
同じ土なのに、ふしぎですなあ」
という運転手さん。


満開を過ぎて乗った高野川沿いでは
「今年は惜しかったです、よう雨がふりましたからな
これで雨がふらなんだら、いまごろはこの辺は、
もう一面、ざーっと、桜吹雪ですわ」
と言い、さらに
「この時期、このあたり(高野川沿いの桜並木)を走ってますと
なんやこう、ふわあーっとした、ええ気持ちになって、
運転しててちょっと、危ないときがありますわ」
と笑った。


その帰り、別な運転手さんも、
川沿いを下りながら
「もう桜もしまいですから
このまま北大路まで行きましょか
北大路より北はまだマシですが
それよりさがると、もうあきませんな」
と言った。


運転手さんたちは、毎年毎年、花を見ていて
たくさんの観光客を相手にして案内をしていて
もう、桜なんか見飽きてしまっているのかとおもった。
機械的に、純然たる業務上の
「花見客のサービス」
のような気持ちでいるのかなと思った。


でも、どの運転手さんもそうではなかった。
お客である私が喜ぶであろう、ということだけでなしに
単純に、花をいとしみ、花を惜しんでいるきもちを
言葉にふわりと乗せて語っていて
そこに不思議な真情があって
ロマンチックだなあ
と思ったのだった。


こういう、抑えたロマンチシズムは
むきだしのそれより
ぐっとくる
ことがある。


なんちゃって。


もとより
花に見とれるのは、
私自身、いささか気恥ずかしいところがあるわけだ。
自分自身のロマンチシズムは、
安っぽい自己陶酔のようであり、
「桜」なんてわかりやすいものに引き込まれるのは俗っぽいようにも思われて
なんだか、桜をじっと眺めるのは、気が引けるのである。
しかし、
運転手さんたちがちらっと見せてくれたロマンチックは、
そうした気恥ずかしさをゆるしまもってくれた。
運転手さん自身が花に愛情を持っているのだ、と思えたから
私も、安心して堂々と
桜にみとれることができたのだ。


どんなに詳しい観光案内よりも
どんなに賢い解説よりも
はるかにすばらしい「ひとこと」だったのだ。