石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

6日、トークイベント@北書店。


一箱古本市の翌日、
ひさびさのトークイベントだった。
場所は新潟の北書店さんで、
これが2度目である。



このところ人前でお話をするイベントは控えていたが
今回のご依頼は、
「何かイベントやりませんか」
というざっくりしたもので
星占いの話でなくてもよいということだった。

新刊が出たところでの
ほかならぬ書店さんでのイベントであり、
ちょっとおもいついたこともあったので
思い切ってお受けしてみた。


というのも
最近、書店さんで、サイン会のようなものでなく
ライブとかトークイベントなどを開く、という企画が
あちこちで行われているのをみかけるようになった。
でも、せっかく書店さんに行っても、
イベントの出演者の著書を買うか、チケット代を払うか、では
肝心の「書店の書棚」を眺めることができないではないか?
というのが
なんとなく、疑問だった。



たとえば、人のおうちにお邪魔したときには
その家の本棚にどんな本があるか、気になって
つい、本棚を見てしまう。
その人の頭の中を垣間見るような
秘密を覗き込むような
湿った快楽がそこにある(どんなだ)。


一方、
私は10年ほど前まで、書店さんの本棚を
「本棚」
として意識することがなかった。
が、よく考えると
書店さんの本棚だって、ある意味
ひとんちと同じように、「選ばれてそろえられた本棚」なのだ。
本は星の数ほどある。
どんなに広い書店さんでも
全ての本を置くことは不可能だ。
本屋さんの本棚には、その本屋さんが選んだ本が並んでいる。
もちろん、個人的な好き嫌いで選ばれているわけではなく
ビジネスなのであるから
売れる本、儲かる本が並んでいる部分もあるだろう。
「定番」「ベストセラー」などは
同じようなものが並ばざるを得ない。
でも、どんな本を売りたいか
というところには
「人間」の個性がどうしても、にじみ出てくる。



京都の三月書房さんや恵文社さんなどを見て
古本屋さんじゃなくても、
そういう「人のうちの本棚を覗き込むようなじわっとした快楽」が
けっこう、あるのかも
と思うにいたった。
北書店もまた、そういう「じわっとした快楽」が
満々と満ちた書店さんなのだ。



もちろん、イベント参加者の皆さんにさくっと入場料を払っていただいたほうが
お客様にもわかりやすいだろうし、
書店さんにとって、経済的には、いいにきまっている。
しかしそれではどうも
「素通り」
になってしまう可能性がある。
書棚を見ずに帰ることになるお客様も
いるんじゃないだろうか。
せっかく北書店にきたのに
あのじわっとした快楽を味わわずに通り過ぎてしまったら
もったいないんじゃないか。



と思って
今回は
「チケット代ではなく、
なんでもいいから本を2冊か、または2千円以上買う」
というシステムにしてくれるよう
私から北書店さんに提案してみたのである。




こう書くと簡単そうだけれども
実際には相当ややこしいやり方だ。
主催者かつ窓口となる北書店さんは、
かなり大変になってしまうだろうし
いやだろうな・・・・
と思った。



北書店の佐藤さんからきたのは
何の抵抗も疑問もなく、さらっと
「それでいきましょう」
という返事だった。


私は、いい年をしているが
ちゃんと商売をした経験はないので
書店さんにとって
自分の提案がどのくらいとんちんかんなのか
よくわからなかった(いまもいまいちわかってない)。
けれどもまあ
OKしてもらったのだから
いいじゃないか!


ということで
企画は実行に移された。



結果、
参加者の皆さんには、
このへんなシステムを、自然に受け止めていただけたようだった。
このやり方自体に対する反問などは
私のほうにはほぼ、寄せられなかった
(どうしてそうなったんですか?という、おそらくご興味からのご質問はあったが)
皆さんいろんな本を、
思い思いに買ってくださった。
もちろん、気をつかってか、
私の新刊もたくさんお買い上げいただいた(と、佐藤さんから教えてもらった)。


ほんとうは、イベント内で
「どんな本を買ったか自慢」を
皆さんにしていただきたいなあとか思っていたが
今回は、混乱しそうなので、
それは見送った。
でも、また機会があれば
いつかやってみたい(野望


      • -

当日はあいにくの台風で
たいへんなさわぎだった。
風雨の渋滞でたどり着けない方もあった。
夕方には雨はどうやら小康状態になったが
風は強かった。
にもかかわらず、
会場がぎっしり埋まる盛況となった。


思えば、私は星占い以外のテーマで
こうしたトークをやるのは初めてなのだ

当日気がついた(爆
そう思ったらにわかに緊張した。

ふたを開けてみたら
しゃべってしゃべって、しゃべっていたのだった。



「文章術」
というタイトルを銘打ったものの
それに見合う内容になったかというと
ほとんど違ってたかもしれない(すみません--;
でも
私なりに無意識にやっていたことを
改めて考えることができて
面白かった。


「声(音)、話し言葉

「書き言葉」。
両者はまったく同じではないが
ぜんぜん別物というわけでもない。
私の文章は、
文字に記された言葉を
音として「再生」する、という作業を
前提としているのだった。


言葉はどこかしらから学び取って使っているのであって、
文章は最初は「誰かのイタコ」からはじまる、ということ。
言葉は、「扱いようによっては危険」という意味ではなく
本来的に「刃物」であること。
切り分ける道具であること。
そんなことを
散漫にお話した。
私が好きな比喩の例を
北書店に置かれていた本をお借りして、読み上げたりもした。



ひとつ、お話しようと思ってしそびれたテーマもあった。
それは
「文章を書くとき、言葉自体にたよらない」
という話だった。
言葉のなかは、それ自体でうつくしいもの、魅力的なものがある。
たとえば「中二病」と言われるような状態にあるとき(私もそうだったが(今もちょっとそうだが))
やたら華麗な、豪華絢爛な言葉を使いたくなる。
かっこいい言葉や漢字を濫用したくなる。
言葉自体に詰まっているそうした魅力や「意味」によりかかると
伝えたいことはむしろ、伝わりにくくなるのだ。
そういう話ももうすこし
掘り下げてできたらよかった、とおもった。



最後、サインを少しさせていただいて
気がつけば2時間半。
あっという間に終わってしまった。
初めて話す内容で不安だったが
あくまであたたかく耳を傾けていただけたおかげで
のびのびと話せた気がする。
あとで、「楽しかったです」と何人かのお客様から声をかけていただき、
安堵した。
「前回はお着物でしたよね」
と声をかけてくださった方がいて、
とてもうれしかった。
前回はこの半分以下の席数だったのだ。




台風を押していらしてくださった皆様、
本当にありがとうございました!!
また、今回ご応募くださったのに
残念ながらご参加いただけなかった皆様にも、
たくさんのエールをいただきました、
ほんとにありがとうございました!
また、機会があればぜひ、
やってみたいと思います、
そのときはどうぞよろしくお願いいたします!

      • -

この2日間、最初から最後まで手伝ってくださった山口夫妻と、
北書店の佐藤さんと
参加してくださったツバメコーヒーの田中さんと
おむすびやさんのももちゃんとで
打ち上げとなった。



「新潟には、どういうご縁があっていらしたんですか?」
と、何度も聞かれたが
ふつう「縁がある」というのは
「祖父母が新潟に住んでいて」
とか
「親戚が新潟で」「友達が新潟に住んでいて」
など、
なにかしら個人的なつながりがあるということをいうのだろう。
私は、そういう意味では、なんの地縁も血縁もない。
しかし
何の地縁も血縁もないのに、
なぜかこうして、「知っている人々」とともにあるということこそが
不可思議な「縁」としか、言いようがない気がする。
またきてください、と言っていただいて、
そして、本当にまた来ている。


新潟は、私にとっては
本当に不思議な場所だ。