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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

流路

フィリピン、ラワグ。
何年前だっけ、、


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わたしたちはどんどん未来にばかりむかっていくんだなあ
ずっと仲良しだった友達がいきなり冷たくなった
というのはすごくいやな辛い話だけど
過去と未来をひっくり返して
意地悪だった人が今、優しくしてくれるようになった
っていうのはすごくいい、嬉しい話になる
なんで前後をひっくり返しただけで
意味が変わってしまうんだろう
それは
私たちが未来へ未来へと向かって行く生き物だからだろう


過去に起こったことがどんなに良いことでも
今一発、いやなつらいことが起これば
それはみんな帳消しで
私は不幸な人だ
っていうことになってしまう
私たちは常に未来へ未来へと向かうから
過去に起こった出来事は決して
「今」を変えてはくれなくて
そして
今の自分だけが自分だ。


他人の過去の姿を云々して今のその人を判断する人もいる
でも、本人にとってはそんな過去なんかタダの過去で
意味ある現在は、「他人から過去の自分と今の自分をごっちゃにされて否定された」
という事実だけだ
私たちには、自分だけは未来へ未来へと向かうくせに
他人の事は、過去のママに留めておこうとするクセがある。


自慢話をして、過去の光で自分を照らそうとしても
誰もそんなふうには見てくれないし
自分も、そんなの幻想だってわかっている。



私たちは自分だけがただ、流れ星みたいに
未来へ未来へと向かって消えていく。




映画や小説は
そんな、先にしか進まない主観の時間を止めて
過去に起こった出来事に冠を授ける。
たとえ最後には破局したとしても
その映画自体を「愛の物語」と評価する。
映像や物語の形で時間を止めてしまわないと
私たちはそれがラブストーリーだったとさえ、思えないのかもしれない。


時々、音楽を聴きながら
自分の過去の物語を映画のように思い出して
それが意味のある物語だったと考える
そういう作業が
「人生」の充実を作ることもあるんだろう。
物語は、それが人の胸の中で紡がれてはじめて
物語になるんだろう。


それまでは、どこにもない。