石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

時間よとまれ。


「感じる」「味わう」っていうことは
時間軸に対して垂直に交わり、
広がっていくもののような気がする。
だから
「感じる」「味わう」には、時間がない。
時間から切り離されたところに
たとえば「美しい」という感じが生まれる。


後先を考えることをやめて
頭の中の時計をストップさせてしまわないと
「感じる」「味わう」ことはできない。
時間を追うことをやめると
五感にスイッチが入る。



この先どうしようとか
あの時ああだったとか
その時間軸のなかにいると
「感じる」「味わう」は打ち消されてしまう。
影絵にへんなところから光を当てるみたいに
見えなくなってしまう。


たとえば
ライオンのたてがみを「美しい」と感じるには
目の前にどうしても檻や柵が必要だ
という話がある。
檻とか柵がないと
私たちは「この先襲われるのではないか」という恐怖により
つまり「後先を考える」ことにより
美を楽しむことはできなくなる。


いつも見ている風景や
何気ない古い看板が
映画や写真や絵画によって切り取られ、
その前後につらなる「日常」の時間から切り離されたとき
驚くほど美しく見えることがある。
何百回と視界に入れながらいちどとして「美しい」と感じたことがないものを
まるではじめてそれをみつけたかのように「美しい」と感じることがある。
映像や写真や絵画によって切り取られたとき
その風景は、私たちの生きる時間の流れの中から切り出される。
私たちはそれらが生きている時間の外側に初めて立って
あらためてそれを眺めて、
結晶のように時間を抱え込んだ静止画に魅入られる。


夢は眠っているときに見るもの
ではなく
覚醒しているときにも常に夢は見ているのだが、
星の光が太陽の光に打ち消されるように、
意識に打ち消されて見えなくなっているのだ
という話がある。
それにも、ちょっとかさなる。



言葉は、基本的には
刻まれていく時間軸の中にある。
頭の中で、物語を、
つまり時間を、進めていくためのものだ。


言葉をとめたとき
はじめて、頭の中の時間が止まる。
それで、
感じたり味わったりできるようになる。
音が聞こえてきて
匂いを感知できる。
空気の温度を知り
風の強さに気がつく。
そこで
世界が美しくなりうる。



のではないか

最近、思っている。