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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

比較

辛いことやややこしいことが起こったとき
うーん
となるけれど
もっと以前のことあれこれを思い出して
「あのときの惨状よりずっとマシ」
と思うと
ちょっと、気が楽になる。




よろこびとかしあわせとかいうのがだいたい
そういう構造なのである。
すごく心配なことがあって
それが「大丈夫だった」と解って安堵したとき
人はすごくハッピーな気持ちになる。
苦しい病気が快方に向かったとき
素晴らしい喜びが胸にあふれてくる。
辛い冬が終わって春になるから
春がめでたい。
多くのプラスの感情は
そういうのでできている。
すなわち
激しいマイナスが、
ゼロか、ちょっとだけプラスになる
というときだ。
もしかすると
愛の告白が受け入れられたときだって
「愛が実った!」
ということより
「傷つけられるのではないか、という恐怖と緊張から解放された!」
ということのほうが
喜びの度合いとして大きかったりするのかもしれない。


プラスの感情をもりもりもりあげていっても
そこには、慣れと澱みが見え隠れし始めて
なんとなく「うそくさい」感じが漂ってくる。
プラスであるはずのものに対して、倦み疲れてくる。
一方
徹底的なマイナスが、ちょっとだけゼロに回復したとき
私たちは「リアル」を感じたり
閃光に貫かれるように
「これが本当の喜びだ」と思ったりする。
歓喜」というやつだ。


だから
過去の惨状と現在のささくれみたいなものとを比べて回復を図るのは
あながち
戦術としては間違っていない(かもしれない


もちろん
過去と比較しようもなく
「今がどん底
という場合もあるだろう。
でも
「ずっとどん底
というのもなかなか、難しい。
どこかでなにかが弾けたとき
この体験全体が
あとあと「あの時に比べれば」の比較対象となる。
つまり
苦境での得難い味方になってくれる。
しかし当然
「今がどん底
のときには
そんなことは思えないし、信じることもできない。
運命や世界を呪い倒して
それでもなんとか立ち上がろうともがくか
もがくことさえできなくて
じっとしているしかないこともある。
それでもいい。
それだって何年もあとには
使える道具になるかもしれない。





ここでは
向上心うんぬんのことは
とりあえず
おいておこう。
まる。