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石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

光と影


最近、とみに運動不足なので
できるだけ散歩に出るようにしている。
こないだの恵文社一乗寺店へも、
地下鉄の駅から30分くらい歩いてみた。
で、お店の中をうろうろしてたので
最終的に1時間くらいは歩いたことになる(はず


いつまで続くか解らないが
「どうせ続かないから、やらない」よりは、
たぶんちょっとは、マシだろう。

自分に言い聞かせる今日この頃。



年末に夕方歩いていたら



こんなのをみつけた。



この建物は、小学校らしい。
小学校でもこんなことするんだなあ…
と思った。
橋みたいでもあり
山の峰みたいでもあり
船を連想させるところもある。なんとなく。
子供にはどう見えるんだろう。
子供時代のことを思い返すと
「いつもとちがう」ことはすべて
すごくわくわくすることだったような気がする。


冬はイルミネーション
夏は肝試し。
冬の夜は明るいイメージがあり
夏の夜は暗いイメージがある。


夏は花火大会とかもあるけど
花火の夜、という全体的なイメージは
「明るい」というよりは、暗さのほうが際立っている。
一瞬で散った花火のあとの深い暗さが、空間を支配する。
一方、冬は街がキラキラになり、
暖炉が燃えるイメージとか、キャンドルとか
光のイメージが強い。


太陽の光は当然、夏明るく、冬に暗い。
なのに、私たちが作る「光のイメージ」は
その逆を行こうとするんだなあ…
と思った。


生命活動というのは本当に不思議だ。
ここ数年、身近に何人もの人を亡くしてきて
ひしひしと、そう思う。
生命活動が止まったとたんに
身体は別なものにどんどん変わっていく。
形が保たれなくなっていく。
生命のルールが
物質のルールに変わっていく、
みたいな感じがした。


物質の世界のルールに刃向かっていくような
「あるがまま」に絶えず対抗し、反抗していくような
そういう作業が
「生きている」ということなのかもしれない。
自分を飲み込もうとする大きな力に対し
つねに対抗し、反抗していくことが
「生きる」ことにはつねに
つきまとっているような気がする。


冷たい暗闇にキラキラと光を輝かせるのは
私たちの生命活動がそうさせているんだろう。
そのまま暗闇と冷気に飲まれないぞ
という戦いが
生きているということなんだろうか。