読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

心の声

かの有名な、恵文社一乗寺店さんに行ってきた。

いつも、あまりブックカバーをお願いすることはないのだが
今回は記念に、1冊だけかけていただいた。



書店というのはたいてい、
シーンとしているものである。
しかし恵文社一乗寺店は、さすがにちがう。
なんとなくざわざわしている。
うるさくはないのだが
軽い興奮を含んだ「ざわめき」がある。


なにしろどんな京都ガイドブックにも載っているであろう、
有名な書店さんなのだから
観光的なスタンスで来ている人も多いだろう。
その一方で
ガチで本を選んでいる本好きもたくさんいる。
店内は明るく
「一望」できる。
本屋さんで「一望」できるのは珍しいと思う。
たいていは、高い本棚で仕切られているため
本棚の向こうに人がいるのかどうかは、わからない。
しかしここは
店内にお客さんがどのくらい来ているのか、
ざっと見渡すことができるのだ。
この「ざわざわ」感は
そこからもきているのだろう。


オサレだオサレだと聞いていたが
たしかにおしゃれである。
「凝った書店」のアングラ感はぜんぜん、ない。
そして
「何が売りたいのか」
が判然としている。
たとえば、書棚のあいだに置かれたある机には
1人の作家の本だけがすべて表紙を上にして並べられていた。
ああ、この机はこの作家を売りたいんですね
と、わかる。
他の棚でも、
「これはこのへんだろうな」という「だろうな」感がない。
適当さが感じられない。
その本がまさに意図されてそこにある。


いわば
「棚の声がでかい」。
この「声の大きさ」は
いろんな条件でできているのだろうと思うが
まず、声を揃えるところが一因だろう。
背表紙の「ユニゾン」の声の強さ
というものを感じた。
たくさんの人が、声をきちんと揃えると
ばーんとでかい音が出る。
本が、そういう並び方をしている。
こういう「棚の声のでかさ」は
あんまり、他の書店では感じたことがない
と思った。


そろった声が大きく聞こえるので
雑然としているように見える店内の棚が
一巡するとだいたい、
頭の中にマッピングできてしまう。
「見渡せる」から、ということもあるのだとおもうが、
あそこにこれがあってここにあれがあって
というのが
特にラベルや案内板などを見なくても(というか、そういうのはなかったようにおもう)
ざっとすぐにわかってしまうのだ。
スーパーでは、
野菜がここで、肉がここで、豆腐がここのあたりで、
豆腐の周りを探せばたぶんこんにゃくや納豆もみつかって…
みたいなマッピングを、私たちはなんとなく身体で行う。
たぶん書店でもそういうことをしている。
恵文社一乗寺店の棚の並べ方は
独自の方法論に基づいているのだろうけれども
それがすっとうけとれるようになっている。


今日は文庫本を1,2冊程度しか買わないぞ
このちいさいバッグに入る分しか買わないんだぞ
と決めていたが
結果的に7冊くらい買ってしまった--;)
「そのうち買わなきゃ」と思っていたのが
みんなそろっている。
すばらしい。


そのあと
「もしかして
オイラの本も置いてくれているだろうか…」
と思って
店内をぐるーんと2回ほど回ったのだが
みつかったのはこれだけだった。
そもそも、さきの「マッピング」の中に
「ありそうな棚」が、ない。


ちょっとしょぼんとして
お店を出た。



ら。
お店に向かって左側(東側)の店舗も
けいぶん社
と書いてあるではないか!


ひょっとして・・・
いやいやまさか・・・



逡巡ののち、
そちらに入って見ると
文具系の雑貨やバッグなどを売っている店舗だった。



奥に書棚がある。


おそるおそる近寄ってみると



あったー!!!



青い鳥と金色の鳥と「星占い教室のノート」が
そこにあったのだった!!!



しょぼんとしていた反動で
喜びが大きい。


ふと、ふり向くと
星に関する本が平たく陳列されたテーブルがあり
そこに


都会の星と、星の交差点が
おーいーてーあーるーー!!!!



いやっふー!!!!!(心の中の声)





そこにあった天文学系の本を一冊(これも買おうと思ってたやつ)を手にとり
レジに向かい
たくさん置いて頂いてありがとうございます

挨拶をした。



レジのスタッフの方は
「あ、筋トレ読んでます」
と言ってくださった。
感涙。



浮かれた状態で帰ってきたのだった。


ネットで本を買うのは「お見合い」に似ている。
書店で本を買うのは、恋愛だ。
もちろん、お見合いから始まる恋愛だってある。
しかし
釣書の段階でふるい落とした恋の種には
もう二度と巡り会えないかもしれない。


自分の本ではなくても
「知っている」本が書店に置かれていると
なんだか、ささやかに「どきっ」とするのである。
写真だけ見て知っていた人に
偶然生で会うと
ちょうど同じ感じがする。
この「どきっとする」感じは
恋愛感情みたいなものと
もしかしたら
ごく近い所にあるのかもしれない。


などと
思ったりしたのだった。