石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

沈黙


ある高名な数学者の先生から、突然電話がかかってきた。


先生とは、ずっと以前、あるパーティーでお目にかかった。
その後、何の接触もなかったのだが
そのパーティーの主宰者である私の知人から連絡先を聞いたという。
最近の仕事や台風のことなど、
ちょっとした雑談があって、
そこから用件に入るのかな…とおもったとき
いきなり先生が口をつぐんだ。
私は少し待ってみた。
数秒しても声が聞こえないので
「もしもし?」
と話すと
「もしもし」
と返ってくる。
電波が悪いのだろうか。
しかしそれにしては、あまりにも完全な静寂だ。
「あの、何かお仕事のことでしょうか?」
と聞くと、また、あの不気味な沈黙が流れた。
これは、相手が話すまで黙っていた方がいいのかな
と思い
今度は数十秒も待ってみた。
しかし、埒があかない。
「もしもし、聞こえますか?」
「聞こえますよ」
今度は応答があった。


こんなやりとりを繰り返しているうち、どうやら
「イエス/ノー・クエスチョン」
的なやりとりであれば、先生は応えられるらしい
ということに気がついた。


そこで私は
「奥様は近くにいらっしゃいますか?」
と聞いてみた。
すると
「下に居ますよ」
と返ってきた。
しめた、と思い
「奥様にかわって頂けないでしょうか」
「はいはい」
階段を降りる気配がして、奥さんの声がした。


奥様に、今までの経緯をうちあけた。
先生からお電話を頂いたこと。
最初はよかったのだが、途中から沈黙がちになり、
イエス/ノー・クエスチョンにしか応じてもらえなくなったこと。
困ってしまい、奥様に電話をかわって頂いたこと。
あらかた話すと、奥様は
「ああ、またでしたか」
となかば苦笑気味におっしゃった。
「実は、自分から電話をかけたのに黙ってしまう、ということが
最近、何度かあったんです。
本人にあとで聞いても、おぼえてない、わからないの一点張りで。
物忘れはちょっと前からひどくなり始めているんですが、
電話のことは、物忘れともちょっと違うようで、困っているんですよ」


私はこれを聞いて、
自分はそういうことには詳しくないけれど、
たんなる老人のボケではなくて、他の病気の可能性もあるように思うから、
一度病院に相談してはどうか、と言い、
さらに、先生にはいつでもまたお電話くださいと伝えてもらうようにお願いして
電話を切った。





という
夢を見た(爆


あまりにリアルで、よくできていたので
書いておく。ははは。

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ちなみに
この夢の下敷きみたいなものについて
ちょっと心当たりがある。


レナードの朝」で有名な神経学者、オリバー・サックス博士の著作のどれかに
(確か「妻と帽子を間違えた男」か、「色のない島へ」のどっちか。今手元にない--;)
ある特異な病気に見られる、不思議な「症状」が紹介されていたのだ。


「人からボールを投げてもらうと、それを投げ返すことができるが
自分から第一投を投げることはできない」


「人と手を繋いで一緒に歩いてもらうと歩けるが
自分一人では歩くことができない」
(足の障害ではない。)


「音楽など、何かリズムが鳴っていると歩けるが
何もないところでは歩けない」


これは、ワガママや甘えでそうしているのではなく、
心理的な問題」でもなくて、
機能的に「アクションを起こせない、起こすことができない」というイメージだ。



自分以外の、他の誰かから「はたらきかけ」や「リズム」を受けとらない限り
自分からはアクションを起こすことができない
そういう病気がある
ということを読んで
私は衝撃を受けた。


すなわち
人はそんなにも「他者」の力を必要としているのか!
ということである。


これは、「助けてもらう」というのとは、ちょっとちがう。
たとえば、音楽が奏でられているとき
身体が自然にリズムを刻んだり、踊りたくなったりする、
みたいなことだろうと思う。
あるいは、あくびがうつる、みたいなことかもしれない。
人の「動き」を受けとって、自分も「動く」のだ。



とある質問掲示板で、
「私は大失恋をしたのですが、だれか、そういう状態から立ちなおった人はいますか」
という質問があった。
大失恋の後新しい恋愛を得て、幸福になった人の体験談がそこに書き込まれ、
質問した人は「とても勇気が出ました」と返していた。
自分とはまったく関係のない、あかの他人の行動や体験である。
でも、それを見て
人は「そういう人がいるなら、自分も」と希望を持てる。
これは
「誰かが手を取って歩いてくれると歩ける」
という特殊な病気の構造と
もしかしたら
遠くで、繋がっているのではなかろうか。


私たちは、自分が自分の意志や力で行動を起こしていると思っている。
でも、一説によれば
脳は人が「行動を起こそうと意識した瞬間」よりも前に
行動を起こす命令を発しているのだそうだ。
私たちは、意志によって行動していると感じているが
実はそれは「そのように知覚されている」だけで
自分の行動に命令を出しているのは
自分の意志、とはいえない、らしい。



「誰かが一緒に歩いてくれたときだけ、自分も歩ける」という病気。
たぶん私たちは「他者」と、
自分で思うよりずっとたくさんのコレスポンダンスを交わしていて
その流れの中で、「行動」しているのかもしれない。


などと思ったのだった。