石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

股旅

22日は京都で生まれて初めての「フェス」に行った。
23日は朝から出動、新潟の「星栞+」展に在廊。
そして24日は東京で打ち合わせを何本か行い、
今日も打ち合わせ1つやって、京都へ帰る。
朝起きたとき、
自分がどこにいるのかよくわからない感じが
楽しくなってくる(爆



幼いころから引っ越し三昧なので
そういうことはしばしばある。
今いる家がどこなのか
起き抜けに、勘違いしているのだ。
台所で、水仕事した後手を拭こうとして
無意識にあらぬ壁をまさぐっている自分がいるのに気づくこともある。
よく考えると、2つまえの家のタオルが
そのあたりの位置関係のところにあったことを思い出す。
「ひとつ前の家」ではないのが面白い。
どこでどのうちの記憶が出てくるのかわからないのだ。
子供のころに住んだ家の記憶の通りに
体が動くこともある。
実に妙な感じだ。



もとい
まず22日
京都音楽博覧会
http://www.kyotoonpaku.net/




まさか自分がこういうイベントに「参戦」することになろうとは
思いもよらなかった。。
注文したような良いお天気で、すごい人出だった。
若者ばかりで、みんな友達や恋人や家族といっしょのように見え
なんか「ここにいていいのかな感」がひしひしとわいたが
水族館が隣接しており、
スタンディングエリアから、ときどき
イルカがジャンプするのが見えたので
なんか、ほっとした(爆
これがイルカの癒し効果というやつか。。。(違
もとい
去年の年末のエゴラッピンの時と同様
ツイッターでどぎまぎ情報を出し
みんなに元気づけてもらった(ありがとう!!
同じ会場のどこかにいる人が
ツイッターで声をかけてくれたのが
なんだか不思議で面白かった(笑



なにしろオープン・エアであり、関西でもあるわけで
ステージへのお客さんのツッコミが自由でおもしろかった。
奥田民生岸田繁くるり)、伊藤大地SAKEROCK)の三氏からなるバンド、
サンフジンズ http://kyotoonpaku.net/2013/artist_lineup/sanhujins.php に対して
ギターを替えるときに聴診器がやたら引っかかるのを見て
「あれいらんのちゃうん」
「いみないやんなあ」
とのツッコミがそこかしこで起こっていた。
民生さんはそれに対し
「これがないと馬刺しを検査する人にしか見えなくなる」
と説明していた。



細野さんはカッコよく、villagersはすごくドラマチックであった。
そして民生さんはもう、もう、なんもいえねえ!みたいなかんじだった。
「さすらい」で、会場全員もっていかれていた。
ような感じがした。
泣けた。
わけもなく。


そのあと、RIP SLYMEのファンの人といれかわる感じだったので
すみっこに退避して、おとなしく聞いていたが、最終的にはちょっと踊っていた(爆


このあたりから日が暮れはじめて、
きれいな夕焼けとなった。



最後は、くるり
満場のオーディエンス。



以前、岸田さんとお話しする機会があって
そのとき、彼が
自分は、感動して泣いたりすることがないほうなのだが
ゆいいつ、野球選手の引退会見だけは、どうしても泣けてしまう
と言っていた、そのことを思い出した。


以下は私の勝手な想像なのだが、
たとえば。


これだけたくさんの人々が
決して「居心地の良い状態」ではない状態で、
ステージの上というただ1点を
期待で胸をいっぱいにして、一心に見つめている。
自分の期待をかっさらって、感動でいっぱいにしてもらいたいと思って
その点を見つめている。


その、幾多の注視をすべてあつめて
その瞬間に、音を出す、音楽を奏でる。
当然、「プロ」なのだから、技術も経験もある。
でも、生身の人間だ。
どんな世界のプロでも、一瞬の神様のいたずらで、
ミスもあれば事故も起こす。
人間は機械ではなく、やわらかな、ふしぎないきものだ。
だれだって、自分の体を完全に支配しきることはできない。
そういう体を持った人間でありながら、
たくさんの人々の期待を集めた一瞬を担って、
やりなおしのきかない勝負をする。


その「勝負」をさらに、
「仕事」として請け負っている。
野球選手も、ミュージシャンも
その点では、おなじようなことではないか、と思ったのだ。
これはあくまで私が思っただけで、
べつに彼がそう言ったわけではない。
ただ、あの場にいて、
その、瞬間という刃物の上のような面積のない一点がそこにあり
それを感じるために
この観客は、ここにきているのではないか
とさえ思った。
そういう緊迫がそこにあった、ような気がした。



空間に満ちた緊迫を、
静かに始まる音楽がうちやぶっていく。
それが繰り返されて、だんだん階段を上っていくように、
私たちは自分の足の痛みとか、心の痛みとかを
少しずつ忘れていくんだなと
あとからおもった。


紫の空が美しく、鳥が飛んでいて、
音楽が満ちていて、
また涙が出た。



すべて終わって、出口に向かって振り向くと
金星が輝いていた。




実際、会場で感じたことと比べると
こうやって書いてしまうといかにも陳腐だが
忘れないように書いておこう(「日記」だしな







      • -


23日。
朝も早よから飛行機に乗り、
新潟に向かった。
下半期の原画展である。
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20130825/p1
蔵織の玄関の様子。


開場は11時だったが、私が到着したのは11時半であった。
すでにたくさんのお客様がいらしていて、
そこからほぼ一日中、
入口すぐの座卓の前で
サインをしたり、お客様とおしゃべりしたりしていた。


その中で、ある方が、私の占いのことを
「雑談しているみたいに読める」
と表現してくださった。
これがすごくうれしかった。


占いが一方的に「語る」のではなく、
読み手が占いと「雑談」できる、ということが成立するなら
そこに、「占い」にも小さな意味がある、と思えるような気がした。
だれだって、誰にも言えない思いをひとつやふたつ、持っているものだろう。
占いに向けてなら、それをひそかにうちあけられる、のであれば。




いつのまにか終了時間となり、
かえりがけに、北書店さんに寄った。
私のコーナーを設置してくださっていて、
私が次に在廊する10月5日には
新刊を先行で入れていただくことになっているのだ。


この期間中に来られない方もいらっしゃるわけだが
せっかくなので、
5日、北書店さんに寄って、
サイン本を提供することになった。


なので、
サイン本(新刊・既刊両方OK)をご希望の方は、
北書店さんにその旨伝えて予約していただければとおもいます。
詳しくはお問い合わせくださいませ!
http://kitashoten.net/