石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

昨日、新宿朝日カルチャーセンターさんで。


昨日は、久々に新宿朝日カルチャーセンターさんで
レクチャーをさせていただいた。
初心者向け「運勢を読む」だった。
100名様満席で、壮観だった。
東京の講座は大阪よりも少し静かな感じで進むことが多いのだが
昨日はぜんぜんそんなことはなくて、
笑ったりうなずいたり、すごく「反応」していただけたので
とてもやりやすいというか、
リラックスして話すことができて、うれしかった。





今回は全員分の「星メモ」つき。
お帰りの時にお持ちいただくので、
ご感想はその場ではわからないのだが
あとからツイッターやDMなどでちらほらとご感想を送っていただいたのを見ると
納得!という方もいれば、「そんなに素敵な人間ではないです」みたいな
謙遜のメッセージもあった。


ホロスコープ「だけ」見て書くのが星メモとか短観とかなので、
その人が実際にどんな人か、というのは、たぶん
言葉にすると全然違って感じられるかもしれない、と思う。
ホロスコープだけ見て何か言うというのは
恐竜のホネだけ見て、実際の恐竜がどんな色だったかあてるみたいなことで、
かなり難しい。というか、
私なんかにはほとんど不可能なような気もする。


でも、こないだ銀座で
「自分の特徴を一つ挙げて、それに関係がありそうな星を挙げてください」
という課題(?)を出したところ
ほとんどの方が自分の「欠点」を挙げられた。
ので、その次の講座では
「長所を挙げてください!」
とあえて指定してみたのだが
ふたをあけたら、長所・・・と見せて、
やっぱり短所の話、となっている方が大半であった(爆
そういう「自己評価」に触れて、この映像を思い出した。
http://www.youtube.com/watch?v=E8-XKIY5gRo
自分で思うより、他人から見た自分は、もう少しきれいだったりする。


自分のいいところというのを知るのは、なかなか難しい。
自分自身に関しても、たしかにそんなところがある。
謙虚さを貴ぶ文化、自慢を卑しむ文化、
そういう世界に生きている。
自分を、他人を見るように客観視することは
ほぼ、不可能だ。
外側から自分を他人のように見てみたいと思うけれど
そんなのは怖くてできない、やだ、という気もする。
知りたい、知りたくない。
その「知りたい」の側が、ホロスコープなんかをのぞかせるのだろう。


自分の特徴、となると、
短所ばかり挙げてしまう気持ち。
なんでなんだろう
と、自分のことをつらつら考えていたら
ふと、おもいついたことがある。
すなわち。
もしかすると心のどこかでひそかに
運命の神様に対して
「ちっとも恵まれてないです、ぜんぜん足りないです」
と言っていないと、
もう新しいギフトをもらえないような気がしてるのかもしれない。
「たっぷり恵まれています、ありがとうございます」
と言ってしまったら、
あとは奪われるだけのような気がするから、だったりするのかもしれない。
で、そうやって守っているうちに
ほんとに「自分で言っていることを本気にしてしまう」のだったりして。。


古い時代、子供に「捨」とか「丸(←おまる)」とか
そういう文字を使って名前を付けたのは
魔物にとられないようにするためだった、
という話があるが
そんなことと似てるような気もする。


そんな風に思ってみてもやはり、
「自分で思っているよりも、自分にはもっと美しいところがけっこうある」
と考えるのは
やっぱり、勇気がいる。
たぶん、欠点を認めるより
ずっと大変なことなのかもしれない。



終わった後、お手紙を何通か、いただいた。
その中に、私の朝の占いで、詩人・まどみちおを知るきっかけを得た、
という方がいらした。
ちょっとうれしかった。


まどみちおは有名な童謡「ぞうさん」を作詞したひとで、
クジャク」とか「うさぎ」とか「もう すんだとすれば」とか
大好きな作品がたくさんある。


まどみちおとの詩とのなれそめ(?)は、
小学生のころ、図書室で出会った詩集の一節であった。
「あいさつ」
という詩だ。


 あいてをどうともいえないから てんきをほめたり けなしたり


これだけ。
爆笑し、暗記した。


漫才師の内海桂子師匠が、インタビューで



「「笑い」はね、本当のことを言えばいいだけなのよ。
でも、何が本当のことなのか、
そこをサッとつかみ取れなきゃ本当の笑いはもらえない。」
http://salitote.jp/people/interview005-2.html


と言っていた。
まどみちおの詩には、そういう匂いがあふれている。


ユーモアというのは、星占いの教科書であまりネタにされない気がするが
双子座とか水星とかよりも
天王星、火星、木星といった、
ロゴスや切る力、炎が感じられる星と関係が深い気がしている。
明るく愉快であるはずの「笑い」には、
かすかに、ひそかな刃物がかくれている。
それは、善意という白い布を引き裂いて
その中身をちらりと引っ張り出してしまう。
つまり、
笑う私たちの中にも、無意識のひそかな刃物がある、ということなんだろう。
それもまた「ほんとうのこと」なんだろう。


美しい「ほんとう」も
みにくい「ほんとう」も
それを見るのは、実にむずかしい。


でも、だからこそ、
私たちは、笑いとかホロスコープとかにわくわくするんだろう。
スリルを感じ、生命が興奮するんだろう。


・・・・なんちゃって(爆



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