石井ゆかり@筋トレのブログです。
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ひとつの「解」


数学で、方程式の「解」は、1つだけとは限らない
ということを教わった。
こういうやつ。
x²+4x-5=0 x=-5,1
xに入る数字は、−5でも1でもいい。


これは生活の中の「問題」にも、けっこうあてはまることだろうと思う。
解決方法は、1つだけではない。



昨日の日記で、「自己肯定感」のことを書いた。
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20130620/p1
「自己肯定感」の話を耳にするとき、必ず思い出すのが
ムーミンシリーズの「ニンニ」のお話である。




ニンニは女の子だ。
彼女は両親をなくしたかして、おばさんに引き取られるのだが
このおばさんがいじわるなひとで、ニンニをいやらしい皮肉でいじめたおしたため
ニンニは「姿が消えて」しまう。
人から見えない身体になってしまうのだ。


これには、みんなこまってしまい、
ニンニはムーミン一家のもとにつれてこられる。
ムーミンたちはニンニにあたたかい居場所を作ってやる。
すると、ニンニの身体は少しずつ見えるようになってくる。
とうとう、身体全体が姿を現すが、
どうしても顔だけが見えてこない。


こっからはネタバレになるので、自分でこの物語を読みたいという方は読むのをストップされたい。




「皮肉でいじめられて、ついに姿が消えてしまう」こと。
自己肯定感がない人にとって、
これはまったくファンタジーではないとおもう。
むしろ、圧倒的にリアルな話だろうとおもう。
ヤンソンもそう思っていたと思う。
彼女は、ニンニをつれてきたおでぶさん(おしゃまさん、トゥーティッキ)に
こう言わせている。
「あなたたちもごぞんじのとおり、
人はあんまりいくどもおどかされると、
ときによって、すがたが見えなくなっちまうわね。そうじゃない?」


自己肯定感がない、というのは
人から見えない身体になってしまっている状態なのだ。
自己肯定感がある人の目には、ニンニが見えるかもしれない。
だから、「自分を愛しなさい」とか、言える。
でも、自己肯定感を失った人は
自分で自分が見えなくなる。消えてしまっているのだ。
「ない」ものが、愛せるだろうか。
これは「自分を見失う」とか、そういう詩的なことではない。
たとえば、自己肯定感がない人は
自分が空腹だとか、ちょっとぶつけて痛いとか、不快だとか、
そういう「身体の具合」に鈍感な傾向がある。
これは、いわば、身体が消えているに等しい。


さらに、彼女はムーミンたちにまもられて身体をとりもどすが、
顔だけは、とりもどせない。
視覚情報という意味では、人間の「顔」は
一番肝心な部分ではなかろうか。
アイデンティティ、キャラクター、等々、
自分自身、を象徴する、もっとも重要な部分である。
顔が見えないと、「その人が見えた」という感じがしない。
一方、片足が見えなかったからといって
「あの人が見えないなあ」とはいわないだろう。
「その人」のすべてであるかのような、顔。
それが、みえてこないのだ。
身体だけは、「居場所を得る」ことによって見えてきた。
でも、顔はどうだろうか。



最終的に、彼女は「顔」も取り戻す。
でも、それは、何かを受けとることによって、ではなかった。


ある日、ムーミン一家は海に遊びに行った。
ニンニももちろん一緒にでかけた。


みんな思い思いに海で遊んでいたが、
ムーミンパパがふと、悪戯心を起こした。
海っぱたに立っているムーミンママに、
うしろからこっそりちかづき、
わっとばかりにおどかそうとしたのである!



ちなみに、
ムーミンたちは、泳ぐのがうまい。
ムーミンママにいたっては、
嵐の海を泳ぎ渡って(半分溺れながらだが)パパのところにきたのがなれそめ
というくらい、うまい。
ああ、カバだもんね
と思ったそこの貴方、
ムーミンはカバではない。でも、泳げる。


であるから、この「いたずら」はべつに深刻なことではない。
あくまで「いたずら」である。


ムーミンママにそっと忍び寄るパパ。
ニンニは、パパのおかしな動きに気がついた。
パパが、あの優しい大好きなママを、海に突き落とそうとしている!!


ニンニはとっさにパパにはしりより、とびかかり、
そのしっぽに噛みついた!
そして、ムーミンパパに向かって「まるでねこみたいにふうふううなりながら」叫んだ。
「おばさんを、こんな大きいこわい海につきおとしたら、きかないから!」


このとき、彼女の顔は、見えるようになった。


だれかにまもられるだけでは、身体までしか見えなかった。
でも、自分からよくもわるくも、だれかのために行動を起こす側に姿勢を転じた瞬間、
あるいは「怒り」という激しい感情を爆発させた瞬間、
彼女は自分の「顔」をとりもどした。


これはどういうことだろう。


ムーミンたちから与えられた「そこにいてもいいのだ」というメッセージが
ニンニの身体の中で満タンになり、あふれ出る直前のような状態になっていて
それが、ちょっとしたきっかけであふれ出しただけなのかもしれない。
ぱんぱんにふくらんだ水風船が、ほんの小さな衝撃で「ぱん!」と破裂したようなことかもしれない。


あるいは、どうしても足りなかったパズルのピースが
ここでやっと、みつかった、ということなのかもしれない。


ものがたりを、あれこれ言葉でいじくるのはあまり好きではないのだが
(といいつつ今moeではそんな連載をしていて面目ないが)
「自己肯定感」の問題で悩んでいる人には、
ニンニの話に、ぴんとくるところがあるのではないかとおもう。
私は、そこに、ひとつの「解」が見て取れる気がしている。


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