石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

昨日の月。



写真は撮れなかったんだけど
雲のすき間からちらっと
パンスターズ彗星が見えた!!
(日本から撮影されたいろんな写真はこちら。)


双眼鏡で、ほんとに小さくだったけど、
でもしっぽもちゃんと見えた。


この月から、まっすぐ下におりていって、少し右。


生まれてはじめて彗星を見たのだ。


地球の上にいて、太陽と月と恒星と惑星を見て、日食や月食を見て、彗星を見て…
子供の頃、電車の窓の外を見るのが好きだったけど
地球から見えるものを見るのは、それに似ている。


星を見る、ということは
「そこから先」のない体験だという気がする。
見る、というところがゴールになっていて
あとはなにもない。
自分が見た、というそこで、すべてが終わる。
なにかの材料になったり、なにかの手段になったり
話のネタになったりはしない(してるけど(爆))。
もとい
本質的には
自分が見た、という経験で、「そこまで」だ。
まさに、子供が電車の窓の外を見るのと同じだ。


なんでもかんでも
「なんの役に立つだろう」「何の意味があるだろう」「もっと楽しまなきゃ」
「どういう効果があるだろう」「いくら儲かるだろう」「もっといい方法はなんだろう」
とか考えなきゃいけないみたいな世の中で
こんな「そこでおしまい」なことって
なかなかないような気がする。


とはいえ
写真を撮ったり、機材を買ったりするとまた
べつの「展開」が発生してしまうわけなのだが
星は決して
「見たまま」
には撮れないから
どんなに写真を撮ったところで
目で見るという体験は、やっぱり、それが「ゴール」だ。


だから
写真に撮られた風景も
あくまで写真だけのもので
そこにいたとしても
そういう風景は見えない。

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雲が出てきて、
すこし面白い感じになった。





もっと時間が経ったら
こうなった!




「今日は晴れてきれいに星が撮れそうかも!」
という日は
寒いからとか、眠いからとか、
理由をつけて「またこんど」になっちゃったりするんだけど
「予報では、明日から雨なんだよなたしか」
という日は
「よし、今のうちに撮っとこう」
みたいになる。


いつもそんなふうに思えたらいいんだろうにな。


ほんとうはいつだって、
「そのときだけできる」ことなのにな。