石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

ケアンズに日食を見に行って、
その帰り、乗り継ぎのために立ち寄ったシドニーで出会った、
ジャカランダ




以前、知人から南アフリカで撮った画像を送ってもらってからずっと、
見てみたいものだと思っていた。


聞けば、ジャカランダが咲く季節は限られていて、
さらに、東南アジアとか、日本に持ってきても咲くことは咲くらしいのだが
花と一緒に葉が出てしまうのだそうだ。


ケアンズではジャカランダはうまく咲かない、とケアンズのガイドさんから聞いた。
シドニージャカランダの名所らしく、
ほとんど日本の桜、ソメイヨシノにちかい位置づけで、
1年に一度、街中にぱあっと咲き誇るのだ。


花のかたちは、こんな感じ。



木の全体像は、こんな感じ。



街のあちこちにこんな感じでみつかる。


日本のように木陰でお弁当を拡げる姿はなかったが、
公園ではジャカランダの下にベンチが設置してあり
そこで、恋人達が語らっていた。


ジャカランダも桜同様
短期間に散ってしまうのだそうだ。
折しも、この直前には強い雨が降ったそうで
足元が紫の水たまりのようになっている場所もあった。


一番嬉しいときというのは、たとえば
強く大きな不安が解消されたときとか、
苦しみから解き放たれたときとかではないだろうか。
誰かのことを心配していて、
その心配な状態から抜けだし、相手が無事だとわかったときなどは
無上の喜びを感じる。
裏を返せば
悲しみに裏打ちされない喜びはなく
喜びの記憶を含まない悲しみというものも、ないだろう。
嬉しいことと悲しいことは
美しさの中で、一体化する。
人が慶事にも弔事にも花を用いるのに、そのことが表れている。
両者は時間の彼方で分かちがたく結ばれているが
私たちは花の美しさの中に、
両者を「同時に」目にすることができる、
のかもしれない。




この花の印象だけが強烈に脳裏に刻まれ
私の中ではシドニーは、
透明で美しく、どこか切ない街、ということになっている。