石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!



雲海の、夜明け。

      • -

悲しいこと、イコール
かならず「悪いこと」というふうには、
いえない。
たとえば
それを失ったときそんなにも悲しいほどに「大切なもの」を得た
ということが
人生全体から見れば、得がたい恵みだった、
ということだって、たくさんあるだろう。
喪失には、
いいでもわるいでもない「聖なること」としか、
思えないようなものがある。
日常生活の中の「いい、わるい」みたいなものさしでは
捉えられないようなスケールの「喪失」がある。


また
悲しいことも嬉しいことも、
あまり、単独では来ない。
人は「物事は均等に、水玉模様のようにやってくる」と予期するけど
実際は、濃いところと薄いところが偏っていて
来るときはまとまってくるし
来ないときは、ひとつもこない。


悲しいことが重なっているときにも
すばらしい人と出会えていたり
温かい心に触れていたりする場合もある。
リアルタイムではその重みに気づかなくても
やっぱり
人生全体から見ることができるとすれば
そこには、美しい得がたい出来事が起こっている。
そういうこともある。


悲しいときには、
何も心の中に入ってこなくなる。
でも、やがて悲しみの霧が晴れたときには
そこには、雄大な山のような
「本当に起こったこと」の真価が現れる。


悲しみの彼方に
誰かと出会ったことや
誰かがたしかに生きていたということや
自分が限りなく努力してきたという事実なんかが
ちゃんと存在している。


無限に広がるように思える悲しみの海の中に
小さな喜びの島がわずかに、点々と浮かぶような日々だけど
みんなが、船に帆を張って勇敢に、島を渡っているだろう。
そしていつか、広やかな陸にたどり着き
高い山のてっぺんに登って
海の広さを一望におさめるときがくるんだろう。