石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

すきなもの。


10月7日の毎日新聞に、コラムを書かせて頂いた。
書評欄のかたすみにある「好きなもの」という記事である。


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「今週の本棚:好きなもの=石井ゆかり
 http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070186000c.html 」
  ※2ページ目まであります。



担当者さんから伝えられたルールは
・すきなものを3つ挙げる
・書評欄なので、本がらみのもの、好きな本とか、栞とか、
 なんでもいいので1つ混ぜる
 (執筆者は基本的に本好きの人を選んでいると思われるので
  自然にそうなるともいえる)
とのことだった。


実は「好きなもの」というテーマで最初に書いたのは
去年の1月に書いた、雑誌feellove @feellove_story のコラムだった。
基本的に同じお題だったのだが、
feelloveのときは具体的にアイテムをあげろとは言われなかったので、
ひたすら「『好き』とかはヌルいんだよ!」と書いた記憶がある。


あのとき、なにを書いたっけ、と思って、
原稿を探し出した。


内容は、こんなふうだった。


好きなもの、と言われても、思いつかない。
酒とか本とか自転車とか、取り上げられたらがっくりくるものはたくさんあるけど、
それらは『好き』っていうのとは、どうも、違う気がする。
思うに、『好き』というのは、ある種の距離感を含んでいるのだ。
何かを外側からそっと、風のように『好き』になる。だから嫌いにもなれる。
私が身近に感じているものたちは、
とてもじゃないが、そんなほどよい距離感では接することができない。


世の中には、たくさんのものをさわやかに『好き』になれる人もたくさんいる。
そういうひとの人生のほうが、きっと、自由でひろやかでゆたかだろう。


で、オチは、こう結ばれていた。

「でも、私は心底臆病な人間だ。
だから良い距離感でなにかを「好き」になんてなれないのだ。
世界全般を基本的に拒否しておいて、
何かをごくマレに身近に感じた瞬間、
「好き」とかではもう、ぬるいのだ。
そんなわけで私には、「好きな○○」は、無いのだった。まる。」




「すきなものはなんですか?」
と聞かれて思い浮かぶものは、
あまりにも自分の一部過ぎてもう
「すき」とかライトな表現では、
「なんかちがうな」という感じがするのだ。
これは、
「好きすぎて、好きじゃ間に合わない!」
というのではなく
あまりにも身近にあるものというのは
「別に好きとかそういうのじゃないし・・・(でもないと超こまるし)」
みたいな感じなのだ。
だからどちらかといえば、ネガティブというか、シニカルというか、
そういう感じなのである。
「別に好きとかじゃねーし(でも絶対手放さないし)」
みたいな感じなのである。




そういうようなものにちかいのが
みすず書房の本の装丁なのだが
だんだん深みにはまっていく「表参道散歩」。

http://madamefigaro.jp/horoscope/yukari-ishii/column/


目立った本屋もないオシャレ表参道で
結局たどり着くのは本というのが
なんか、それ自体オチになっているような気がしてならない。