石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

少し、星の話。


ツイッターで、まつゆう*さんから今日、
こんな問いかけがあった。





天秤座土星時代の終了について思い当たる節が。
Twitterがマス層に認知され始めブレイクしたのが二年半くらい前だったと思います。
今当たり前のインフラになり落ち着いたというかフラットになった気が。
Twitterも天秤座土星時代のサービスだったりします? @matsuyou


これについてだだーっとお返事をしたのだが
いつも通り、ツイッターライクじゃない長々しいお返事を
勢いあまって連続で返してしまったので
改めて、ここにまとめてみる。
以下、オイラの返事。(うそ。がっつり加筆(爆)



たしかにそうですね、イメージはぴったりな気がします。
というのも、たとえば「ソーシャルメディア」という言葉は
ネットワーク的で、集団的でもあり、どこか水瓶座っぽいんですが、
ツイッターはあくまで「一対一のコミュニケーション」を基礎にしています。
集団をまとめようとしているわけではなく、
個という絶対と1対1の相対でできていると思います。
誰かが誰かに話しかける、あるいは、独り言を言う。
この2タクだと思っています。
1から多に語りかけている人もいますが、
受けとる側は「自分一人に語りかけられた」と感じることが可能です。
だからこそ、「あれこれ返事をしたくなり」「ケンカになったりする」んろうと。


こういう「一対一の関係」は、とても天秤座っぽいとおもいます。
双子座・天秤座・水瓶座はすべて「関係」を扱う星座なんですが、
キーワードで区別するなら
双子座は「コミュニケーション」で、
天秤座は「他者との一対一の関係」で、
水瓶座は「ネットワーク」ということになります。
双子座的「コミュニケーション」の段階では、まだ、
人と人との関係そのものにはふみこんでいないわけで
言わば「会話は成立しているけれど、そこに関係を定義する呼び名はなくてもよい」段階です。
ここに「関係を定義する呼び名」が発生するのが、
天秤座の段階と言えると思います。


過去2年半ほどのあいだ、土星は天秤座にいました。
この土星の支配星座は山羊座で、
山羊座には2008年から、ずっと冥王星がいるんです。
山羊座冥王星
「目に見えない潜在的な権力」
というイメージになっています。
最近、マスメディアでしばしば、政治家のツイートが
ツイッターの画面そのままに紹介されたりしますが、
そういう映像のイメージぱっと浮かびます。
フォロー・フォロワーという一対一の構造で成り立っているはずのツイッター
なぜか「集団」、そして「(様々な意味での)権力」につながっていく。
基本的な構造は一対一の関係なのに、そこに最終的に集団の力が生まれる、ということが、
天秤座土星-山羊座冥王星という配置に、いかにもぴったり来る気がするんですね。
フェイスブックと、リビアやエジプトなどに広がった運動が
密接に結びついていることが盛んに報道されましたが、
そのことも、この光景に重なってきます。 @ishiiyukari



で、まつゆう*さんがこんなレスが。



知らない人とコミュニケーションするTwitterソーシャルグラフ
今ブレイク中のLINEは仲間とうちうちで仲を深め合うリアルグラフ。
これは次の季節に当てはまってたりするんでしょうか?! @matsuyou



オイラはこれにこんなふうにかえしてみた。(うそ。がっつり加筆(爆)




蠍座に移動した土星はもっと「濃密」で、外部に対する排他性があります。
なんでも公開すればいいというものではない、
個対個の関わりはもっと複雑で微妙なものであり、
それはきちんとした壁によって守られなければならない
という方針を持っていると思います。
ですから、個と個の密接な関係をしっかり作って、
その外側を、きちんとシャットダウンします。
個対個のユニットをまずしっかり固め、そこからはじまっていく、
というイメージがあります。
これは、排他的というよりは、
一対一の関係を、さらに1つの完結した個体と見なすようなことだと思うのです。
蠍座は「融合」の星座です。
人と人とが一対一で関わったとき、
そこには決して一般化できない特殊な事象や場が生まれていて
そこに生起することは、広く集団にオープンにするようなこととは
まったくべつのことである、というふうに感じる世界なんです。


一対一の関係が外側に見えてしまっているときの苦痛を今、
感じ始めている人が多いと思います。
たとえば「婚活」なんかもそうかなとおもうんですが、
本来ならば完全にプライベートなものであるはずの男女の出会いを
なぜか、外側から客観的にどうこうしよう、という形になってしまっていて
これが「婚活疲れ」などといわれることにつながっているんじゃないかと思います。
昔はお見合いがあって、第三者が絡んで、などといわれますが、
その「第三者」も、両者をよく知っている親戚だったりとか、
コミュニティに深く根ざしていたりとか、
どこかプライベートに「地続き」なんだったんじゃないかとおもうのですが
それが今、外側に開け放たれすぎている感じがするんです。
個対個の外側が、いきなりものすごくオフィシャルになってしまっているような。


なので、こんどはそこを閉じようとする動きに向かっても
不思議ではないとおもいます。
それは蠍座や水の星座的です。
来年は水のグランドトラインというのができあがるんですが、
水は器に入れとかないと流れ出してしまうので、
まずは、ぴたっと閉じる構造が求められるのです。
魚座以外、蟹座と蠍座は、甲羅で閉じています。
特に、蟹座は原始的には、カメと関係が深いらしいです。
木星は蟹座に、土星蠍座に入り、
来年から再来年は「水の時間」です。
水は、ナショナリズムにも通じます。
これも「外側に対して閉じる」イメージです。


天秤座的な世界は、善悪がハッキリしていて、
誰もが理性によってそれをきりわけられるのだから、
オープンにしていたって大丈夫なはずだ
という性善説のようなものに立脚するんですが、(※下に補足あり)
水の星座は「人間はもっと、わけのわからないものだよ」という、
性悪説的な理解力を持っているんですね。(※下に補足あり)
なので、ひとまず閉じて、そして、急須の口から少しずつ、
水を出していくような感じになります。
というわけで、
そんなふうなシフトがあるんじゃないかという気がします。
@ishiiyukari



したら、まつゆう*さんからレス。



ありがとうございます!
やっぱり私もゆかりさんと同じくらい長くネット業界にいますが、
今時代がかわっていくのを感じてるんです。
親しい人との密なコミュニケーションの時代にはいったなって! @matsuyou




ああ
リア充はそうだよね・・・・・オイラLINEで喋る相手なんかいないし・・・・・ふ・・・。


と思ったことは
ひみつにしておこう(爆



ちなみに、
天秤座の「性善説的」
水の星座の「性悪説的」
というのは、
これは反転してるとこもある。
天秤座といえば「正義」で「さばき」で「ルール」だけども、
これは「元々悪だから、そう言わなければならない」みたいなことだ。
でも裏を返せば
「そのようにコントロールすれば、善になる」
といってるわけでもある。
一方、水の星座は、「正義」の位置づけが違う。
私がよく引き合いに出す、中島みゆきのあの歌である。
「君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる」
この「悪」は、あくまで天秤座的な世界の「悪」であって、
水の星座の世界では「君が笑ってくれる」ことだけが「善」なのである。