石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

閖上、石巻。(その1)


一箱古本市石巻ブックエイド」。
http://honokuri.exblog.jp/18662210/
新潟の「ニイガタブックライト」で出会った、
一箱本送り隊の丹治さんに
石巻で一箱出しませんか」
とツイッタで声をかけられた。
募集要項には「地元の方お待ちしてます!」みたいな感じだったので
遠慮していたのだが
声をかけて頂いたのだからこれは堂々と出ていいかも
と思い、参加することにした。
行ってみたら、東京や関西や、いろんなとこから出店していた。ほっとした。

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石巻は、もうずいぶん前、まだ20代の頃に、
青春18きっぷで訪ねたことがある。
仙台で乗り換えた電車の車窓から松島を見て
「おおお!あれが松島か!ああ松島か松島か!」とか
わけわかんない興奮に包まれつつ、
すぐに石巻に着いた。
ちょうど夕方だったので、
高校生とおぼしき制服軍団が電車にはあふれており
つまり、通ってるということなわけで
仙台と石巻ってすごく近いんだな!と思わせてくれたJR仙石線
震災で分断されて、今はバスが中継ぎをしている。
繋がるのは2015年の予定らしい。


銀座の写真展の在廊日の前日であり、スケジュールがタイトだったので
足が少々不安だったが
バスでなんとかなるだろ!
と、気合いを入れた。
そしたら
新潟の山口達己さんと、奥様の満喜子さんが
新潟から参戦を申し出てくれた。
やまちゃんは車で来るので
「ラッキー!ありがたい!」
と、おんぶにだっこでお世話になることにした。
いつもお二人にはお世話になってばかりである。有り難い(感涙


で、土曜日に前乗りし、準備。
早起きして伊丹から仙台空港に飛んでいるうち、
閖上に行こう
と思った。
で、仙台につくと、空港からタクシーに乗って、閖上に向かった。


閖上は、あいかわらず、延々と広がる野原だった。



去年の秋、丸善さんのイベントの前にゴミ拾いにきた川の土手では、
護岸工事が行われていた。



工事の立て看にも「明日へつなぐ」と
振り絞るような言葉が添えられている。



この草むらにはすべて、家が建っていた。



だから、家の基礎が、どこまでも切れ目なく続いている。


小高い「日和山」にのぼってみた。


「横死」とは、天寿を全うせずに、途中で断たれた人生を意味するのだそうだ。
この言葉を見て
これを立てた方達の、目の前の死に対する「なぜ?」という痛烈な思いに
ずしんと殴られたような感じがした。


もとはこんな姿だったのだ。
「震災前 閖上街道小学校より日和山まで」
 http://www.youtube.com/watch?v=d7MrSfj7X6M


「3/11-12 名取市閖上
 http://www.youtube.com/watch?v=cAT8z5A-nN4

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今回見た閖上の光景は、
去年の秋に比べて、
それほど違っていないように思われた。
ここがどんなふうになったら
震災が終わったことになるんだろう。


ゴミ拾いのときは、
現地の方がそばにいたし、部外者の私がぱちぱち写真を撮るのは
なんだか失礼なような気がして、写真があまり撮れなかったのだが
今回は、私一人だったので
遠慮なく写真を撮らせてもらおう
それで、来られない人にも見てもらおう
とおもったのだけど
どこまでも広がる、だだっぴろい草原を目の前にして
どうファインダーできりとったものだか、途方に暮れた。
この「広さ」を
どう表したらいいのだろう。


閖上に来るのは震災後、都合3度目だが
何度来ても、この広さに圧倒される。
結局、大した写真は撮れなかった。



写真に撮るだけでも途方に暮れるのに
ここに営まれていた生活を再建しようとするのは
ほとんど「無限」の仕事のようにおもわれるにちがいない。



この場所に生まれ育った30歳の荒川君は市議となり
今、この土地とここに住んだ人々のために
文字通り、奮闘している。


このツアーの最中、
彼のお母さんがとうとう、見つかったということを知った。
http://blog.livedoor.jp/coolsportsphoto/archives/51840277.html



この光景がどんなに変わっても
変わりようがないものがあるのかもしれない。

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翌日、石巻


涼しい空気、ほどよい曇りの天気となり、
日焼け止めも塗らずに出動した。
仙台で山口夫妻にピックアップしてもらって、一路、石巻へ。
やまちゃんはおそろしいほど運転がうまく、
初めての市街地をカーナビなしで、地図をチラ見しながら自在に走りまくるのに舌を巻いた。
すごい。すごすぎる。


久々に来る石巻の街は、
きれいに掃除されていて、どこまで水が来たのか全然解らなかった。
でも、よく見ると、
壊れたお店がぽつぽつと残されていて
「まったくこんなふうではなかったのだ」ということが
じわじわと解ってきた。



たとえば、こんな感じ。
左側のペンキ塗りのところはきれいに掃除されているが、
右側の壊れたシャッターのお店を見ると、
2メートル以上くらいも水が来たことがよくわかる。



人が集まっているところが、古本市をした場所。
手前は、おそらく掃除だけしたまま、
テナントが入らない状態で今に至る、という感じだった。


現地に着くと、
ボスのナンダロウアヤシゲさんに挨拶し、丹治さんに挨拶し、
ジャンケンで店の場所を決め、店を作った。
初めてすぐにお客さんが次々と来てくださって、
午前中で、44冊用意した本は、ほぼ完売してしまった。
ありがたや(涙


すでに買って持っている本に「サインしてください」と
持ってきてくださる方もあった。


その中に、
同姓同名の方がいてびっくりした。



知り合いに
「もしかして、星占いやってる?」
と聞かれるのだそうだ(汗
でも、その方もミッシェルが好きで、なんか親近感が涌いた。はっはっは。


近所にお住まいで、震災直後の写真を多くアルバムに収めている方が、
不意に、アルバムを持ってきてくださって、
その様子を話してくださった。


今、この古本を売っている穏やかな場所が
あのときどんなことになっていたのか、
この写真のおかげで、わかった。


上の写真に写っている街角も道も、
全て水浸しで、どろどろであった。
その泥を、ボランティアと現地の人が総出で
辛抱強くかきだした。
それでもこんなに綺麗になるものだろうかと息を呑むくらい、
その光景は絶望的だった。
水が引いても、雨が降るたびに洪水のようになった。
土地自体がかしいで、水をさばけなくなってしまったのだ。


あり得ないものがあり得ない場所にある、
その光景はテレビでも見たけれど
こうして、身近なこととして切り取られた写真には
また別なものが写っているような気がした。
「こんなはずじゃない」という
冷静な抗議のような、
異議のようなものが写っている気がした。



私の隣の本屋さんは、偶然にも、京都の出版社さんから出店されていた。
なので、みんなアウェイだったわけで、
目の前にある光景の「ほんのちょっと前の姿」を
写真の中に、食い入るように見つめた。
この方が来てくださらなかったら
私たちは何も見ないで帰ったも同然だった、というふうに思った。
本当に有り難かった。


現地のラジオでフリーのアナウンサーをしている方も
足を運んでくださった。
彼女の話で印象的だったのは
「震災後、古いものが好きになった」
という話だった。


震災で何もかも流されてしまったとき、
古いものが妙に、気になって、好きになったんです。
今は浮世絵を集めてます


と彼女は言った。


失われたものと、失われなかったもの。
多くのものが一瞬で失われた後に、
遠い過去から失われなかったものたちに対して
連続的な感覚が生まれた、ということなんだろうか。


大昔に失われても全く不思議でなかったものが
「こういう瞬間」をどうにか生き延びて、今に至る。
その連続した時間に、リアリティが生まれたということなんだろうか。
過去という名前で切り離されていたものが、
もっと多くのものが目の前で切り離された瞬間に
逆に、繋がっていった
ということだろうか。


分断された時間、連続する時間。


私たちも、遠くからこうして、石巻に来ることになった。
失われたものの中に
失われなかったものを探しにでもくるみたいに。





(その2へ続く)