石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

写真展のこと。


7/6から8まで、銀座の写真展に在廊した。


「都会の星」
http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/urban_star.html




この写真展は、銀座のどまんなかで
朝日新聞の記者である、東山正宜さんの星の写真に
私がキャプション的なものをつける、という
不思議な企画である。
東山さんと私は全く接点も面識もなかったのだが
doughnuts(ギャラリーRING CUBEで公募されたサポートスタッフ。ボランティア。)の小林さんが
この組み合わせは面白いんじゃないか
と、企画してくださったのだった。


東山さんと私は、偶然、同じ学年だった。
同世代ってなんかこう、「おおおおお」みたいなものがある。
写真展に来てくださった方とも何度か
「同世代です」「おおおおお」みたいなやりとりがあった。
最近は特に「おおおお」感が強い。
なぜだ。
歳を取ったせいか。



で。
会期が一ヶ月程度と長いこともあり
筋トレ10周年記念写真展の時みたいに、ちょっと朝から晩までいてみたい
と思うに至った。
スケジュールを何とかやりくりして、正味四日間、
在廊できそうな感じになった。
ギャラリーRING CUBEは2つのフロアに分かれていて、
入り口やワークショップのスペースが9F、展示は8Fとなっている。
では、ジャマにならないように9Fにいればよいのでは
と思い、スタッフの皆さんに配慮頂いて、ずっとそこにいることが可能になった。
本を持ってきてくださってサインを希望される方がいらっしゃるので、
近所の書店、教文館さんのWebサイトから、お問い合わせフォームを見つけて、
石井ゆかりと申します、本を書いてます、写真展があるので本を置いて頂けないでしょうか」
と出し抜けにお願いをしたところ
店長から「び、びっくりした」感マンマンの返信を頂き、
本を置いて頂けることになった。ありがたや。
普通は版元に頼んで声をかけてもらうとか、いろいろルートはあるはずなのだが
いい年して文化祭の実行委員みたいな、ガキっぽいやりかたでご迷惑をお掛けした--;)


で。
三日間で何人位の方がいらしたのか、わからない。
数度、列が途切れた時間もあったものの、
ほとんどひっきりなしにご挨拶、雑談、そして本にサインをさせて頂いた。
列が長くなったときはさすがに、ちょっと巻き気味になったけど
「サイン会!」というわけではないので、
雑談をしたり、ご質問に答えたりと
来てくださった方と比較的ゆるゆる時間を過ごせて、楽しかった。
お手紙もたくさん頂いて、帰りの新幹線で読んだ。
本当に嬉しいメッセージばかりだった。
無性に元気づけられた。

      • -


7日にはトークイベントがあって
東山さんと、GR DIGITAL IV開発者の山本さんの対談を聞くことができた。
比較明合成、という技術の解説が主だったのだが(くわしくはこちら→ http://kumadigital.livedoor.biz/archives/51992570.html
面白かったのは、
「何がほんとの『写真』か」
という話だった。
(以下、私はほんとのドシロウトなので変な言葉遣いやカンチガイ、間違いがあると思うけど
とにかく思い出せる範囲で書く。)


デジタルカメラは、光をデータとしてあつめる。
そのデータは、ノイズ処理や圧縮などの加工をほどこされ、
見たり扱ったりできるようになる。
一方、フィルムの写真は、光と印画紙の化学変化的なプロセスで撮影される。
たとえば、ロコツに二枚の写真を重ね合わせて一枚の画像としたら
それは「加工されたもの」で、一枚の写真とは呼びづらい。
ある人の身体の上に、別の人の頭の写真をくっつけたら
これは「嘘」である。
では、デジタルカメラで撮影されたデータを「処理」することはどうなのか。
こう考えていくと
「撮影」と「画像の加工」とのあいだには
じつは、ハッキリした境界線があるわけではないのだ。
「ここまでがありのまま撮影された写真で、ここからは加工されてつくられた画像です」
という境目は、バッキリ存在するわけではないのだ。
でも、パソコンであれこれいじられた「作品」は
たとえば、写真コンテストなどには応募できなかったりする。
どこまでがOKで、どこからがNGなのか。
そこには、あくまで感覚的な区別があるばかりで、
論理的客観的な基準は、成立しにくい。


話によると、ちょっと前までは
デジカメで撮った写真は、警察の捜査資料として認められなかったのだそうだ。
「データ」は、改竄できるからである。
東山さんは新聞記者だが、
日食の写真を新聞に掲載するにあたり、
時系列に食の変化を刻々と記録した写真は
「これは、掲載していいのか?」
という議論の対象になるのだということだった。
報道写真は、カギカッコ付きの「真実」を写したものでなければならず、
複数の写真を重ねたり、何らかの意味で加工されたりした写真は
報道写真として用いる事はできない、というルールがあるわけだ。


写真と言えば、パシャッとその場にあるモノを写すわけで、どういじりようもないはずだ
とイメージしてしまうけれど
ぜんぜんそうじゃないのだな
と思った。


参加者の方が、質問コーナーでぱっと手を挙げて
こんなことをおっしゃった。


「春、晴れた日に、田舎に早苗の写真を撮りにいきます、
青々とした美しい早苗の風景と、きらきら輝く太陽を
一枚の写真に納めたいと思うわけですが、
これをやると、逆光で、早苗は真っ黒に写ってしまうわけです。
写真は『真を写す』と書きます、
真実は、あの輝く太陽と青々とした早苗で、両方が写るのが真だと思います、
そういうカメラを開発してください」


そんなふうには、考えたことがなかった。
逆光で手前のものが黒く写ることについて
疑問を持ったことがなかった。
それに疑問を持てるというのは、この人は面白いなあ、と思った。
山本さんは笑いながらも
「そうですね、そういう技術も、ちょっと開発されつつあるんですけどね…」
と言っていた。


人間の目、光、カメラ。
どこかに「正しい普遍的な風景」というものがあるわけではなくて、
ただ、その光をめいめいに捕らえた像が偏在しているだけなのだ。
この世のどこにも
「本当の景色」は、存在しないのだ。

      • -

トークイベントの後、レセプションパーティーが開かれた。
お客様と話をしていると、
スタッフの方に呼び出された。
行ってみると、ハービー山口さんが、息子さんといっしょにいらしていた。
びっくりした。
中学高校時代、BOØWYのファンだった私にとっては
なじみ深い方だったのである。
ハービーさんから、被災地の人々を写した写真集を頂いた。
http://www.amazon.co.jp/dp/4062176467/
震災後、高校生の息子さんと一緒に現地に行って、
「写真を撮らせて下さい」と声をかけて撮ってきた写真だ、ということだった。


私は、自分が写真を撮られることが非常に苦手で、
かつ、旅先などで人の写真を撮ることもものすごく苦手としている。
だから、人の顔の写真を撮るということがどういうことなのか、
非常に興味があった。
というか、むしろ、不思議でたまらなかった。
一緒に被災地に行った息子さんも、
復旧作業をしている人々の中に入って「写真を撮らせて欲しい」とお願いしているお父さんの姿を
遠目に見ているしかなかったという。
彼はまだ高校生なのに、一人で遠くまで旅をするような、
堂々とした、よほど勇気のある少年だが
そのときは、さすがにひるんでしまったそうだ。
私にもその気持ちはよくわかる。
今まさに、大きなものを失い、大変な思いをしながら闘っている人々に
その姿を取らせて欲しい、というなんて
失礼なような、怖いような気がしてしまう。


でも、ハービーさんは、それをした。
こわくなかったですか、と聞いたら、
こわかったよ、と彼は答えた。


こわかったよ、こわかったけど、でも、
使命感というのか、情熱っていうのかね、
こわさをこえる気持ちがあるから
思い切って、頼めるんだと思う。
被災地に行って、港で作業をしている若いお兄ちゃん達の中に入って、
撮らせて下さい!って頼んだんだよね。


写真集に写し出された人々の顔は、みんな、笑っていた。
悲しみの果ての笑いだった。
否、
ハービーさんに「撮らせてあげよう」という、
その、純粋な「好意」の笑顔だった。
たぶんみんな、レンズではなく、彼の顔を見ていたのだ。
そういう顔だ、と思った。
「もの」を写した写真ではなかった。
「人」が写っていた。
世の中には、人を写しているのに、モノを写したようにしか見えない写真もある。
この写真集は、そうじゃなかった。


その気持ちの「許可」が発生するのはどういうことなんだろう。
そこには、キレイゴトではない何らかの力が作用しているのではないか、
と私は思った。
使命とか、善意とか、そういうものではない、
人と人の間に成立する何らかの、ぶっちゃけの心情的取引のようなもの、
計算のない、むきだしの許可、と呼べるようなものが
そこに発生しているのではないか、と思った。
そういうことのふしぎさを言いたくて
私はついうっかり
「そこにはなんかこう、悪魔的なものがあるんじゃないかなあ」
と言ってしまった。
言うに事欠いてなんだそりゃ。後で反省した。。


「怖い気持ちを押して、撮らせて下さい、とお願いして
拒否される事もあるんですか」
と聞いてみた。
そしたら、
「あるよ」
と返ってきた。


「拒否されると、それは、きついよ、
 落ち込んで、立ちなおるのに、2,3日はかかるね」


この言葉が、胸に強く響いた。




      • -

東山さんの写真に写っているのは、多くが「星の軌跡」である。
何時間かをかけて星が動いていく、その様を写し出している。
初めて見たとき、懐かしい気持ちになった。
私たちが子供の頃には、こういう写真をよく見た。
図鑑や、理科の教科書や、副読本などに
星の軌跡を写した写真がよく使われていた。
写真の中に「時間」が写っている、と思った。
昔は、写真はみんなフィルムで撮られていて
フィルムは、長時間露光のような撮り方が得意なのだが
デジタルカメラはそうではないので
最近はこうした、星の軌跡を写した写真をあまり見なくなったのだ
というハナシを、トークイベントで聞いた。


見知った建物の上空に、するどい光の線が幾重にも描かれる。
時間は目で見ることができないものだが、
それを見るとすれば、こういう風に見えるのだ、と思った。
建物の上にその線が描かれていることで
私たち自身が過ごす時間がここに写っているのだ
という、不思議なリアリティが感じられた。


来てくださった方も、そう感じたらしい。
自分の生きている時間を無意識に写真に重ね合わせて
いろいろなことを思い出したり、記憶をたどったりした
というお話を、多くの方から伺った。


スタッフの方に寄れば、
他の展覧会に比べて、お客様の滞在時間がとても長い、ということだった。
写真を見て、キャプションを読んで、また写真に戻って、
というふうに、何度もじっくり見比べて見ていけるので
そうなるようだ。とのことだった。
星ナビの編集長、川口さんも取材にいらしていて、
星の写真にこんなキャプションが付いたのは見たことがないけど、
とてもおもしろかった、と言ってくださった。
すごく嬉しかった。


私自身は、
写真作品等を見るときは
言葉にジャマされたくない、と思う方である(爆
だから今回、
作品のジャマをしてしまうのではないか、と不安だった。


でも、写真集を多く出している出版社、ピエブックスの釣木沢さんと話をしていたとき、
こんなことを聞いた。


「画集に比べて写真集が売れにくいのは、
 写真を見るには、ある種の意志がいるからなんです。
 絵は、言いたいことがあって、それが前面に押し出されているので
 見る側は、それを受けとるだけでいいわけです。
 でも、写真はどこかしら、
 見る側が写真の中に、意識的に手を伸ばさないと、
 語ってくれない、というところがあるんです。
 だから、そこに何かしら言葉が添えられていると
 それが手掛かりになって、写真の中に入り込んでいけるようになることがあるんです」


絵がオペラなら、写真はか細い、独り言のような囁きだ。
こちらから話しかけると、写真はどんどん雄弁に語り始めるけれど
最初の一歩は、どうしても、見る側から踏み出さなければならない。
その感じは、確かに、よくわかった。


対・人間でも同じだけれど、
自分から話しかけるのが得意な人もいれば、
そうでない人もいる。
また、
自分から話しかけるのが得意でも、
なんとなく相手の存在に気がつかなくて、
スルーしてしまう場合もある。
私自身は、
人に対して話しかけるのは苦手なので
相手から話しかけてもらうほうがいい場合もあるということも
たしかに、あるかもしれない、と思った。


そのことを思い出して、
「ならば、書いてみようか」
と思うに至った。
なんとか、できるだけジャマにならないよう、
できたら、写真の手掛かりになるような言葉を添えられるよう、
私なりに苦心したつもりだった。


星の写真は、それだけで充分以上にロマンチックである。
だから私がそれに飲まれて、
過剰に詩的にうっとりしてはいけない。
言葉はできるだけ、硬質に。
でも、単なる「説明」にはならないように。
やってみると、かなり難しかった。


そういう、微妙な苦労や不安があったので
「ジャマだった」
という声が少なかったことに
ほんとに、安堵した。
(いや、そういうことを面と向かって書いた人間に言える人も多くないと思うので
単に聞こえてないだけかもしれないが…)
言葉が付いていることで、イメージが膨らんで、写真に入り込めた
と何人もの方に言って頂けて、不安が少しずつ消えた。


9階から入って8階の展示フロアに降り、
展示を見た後でもう一度上にあがってこられて
「写真、すごく素敵でした、引き込まれました!」
と言ってくださる方が、ほんとにたくさんいらした。
写真の中に何かを見つけて
涙ぐんでいる方も少なくなかった。
感想を言いたい!という皆さんの気持ちが伝わってきて、
作品の持っている否応ない力を感じた。


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そんなわけで
いらしてくださった皆様、
本当にありがとうございました!!


23日も終日、在廊予定です、
ご来場をお待ちしております!!