石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

意味を持つもの

28日の日記のつづき。











下を向くと、砂の中にふと、小鉢が目に入った。


この小鉢が置かれていた風景を想像した。
食器棚のなかにあって、たびたび食卓にのり、
誰かがそれを片手に持って、何かを食べただろう。
くりかえし。


白いお皿。





中央のゆがんだ金属のお皿は、
見覚えがある。。蚊取り線香のお皿かな。





ぐにゃぐにゃにまがってしまった、
洗濯ばさみで洗濯物を干すやつ。






うつくしいふくさ。






1カ所、キレイに土台が掃除されて、そこに連絡先の板が立っていた。
たぶんこの位置に玄関があったのだ。







赤い掃除機。


左側に、蓋の開いた黒のランドセルがある。
ランドセルは、
だれかが拾い上げてここに置いたように見える。






このおもちゃも、誰かがここにこうして乗せたように見えた。
これは「意味があるものたち」だからだ。
他の場所でも
ぬいぐるみが座ったり立ったりしてこちらを見ていた。
それらは「意味のあるものたち」だった。




なにもなくなった場所に、
だれもが「意味のあるもの」を探して
そうして、みつけたのだ、と思った。






お数珠。







湯飲み茶碗。






急須。






私の目も自然に、
「何もない場所」から「意味のある物」を探し出そうとする目になっていたようだ。
このとりつく島もないような拒絶する風景と、
自分の接点をなんとかしてとりむすぼうとするようだった。



食器や文房具が、貝殻や瓦や、そのほかわけのわからないものとごたまぜにそこにあった。
だしぬけに、なんの文脈もなくそこにあった。
津波に呑まれたけれども助かった子どもが、
津波の中は洗濯機みたいにぐるぐる回っていた」と言ったのを聞いた、
それを、落ちているものを見て思い出した。




沿岸の人よりむしろ、奥に住んでいる方の方が多く亡くなった、とのことだった。
陸の奥の方の人は、こんなところまで津波は来ないだろうと思って、
家にいてしまったようです、と、地元の方に聞いた。






かつてガソリンスタンドだった場所が遠くに見える(左側、小さな青い看板)。




と思ったら、

現役だった!




ここで給油してから移動して、少し海に近づいた場所で、
またバスをとめて、周囲を見た。
礒の匂いが強い。
でも、さわやかな匂いではない。
もっと濃く、生々しい匂い。




階段に「更」の文字があってはっとした。



見上げると、

郵便局だった。





郵便局の中。




あの「更」も、
だれかがああして立てたのだと思った。





この後、塩竃の工業地帯にある、個人のお宅に向かった。
ここは、ごく一部の海側の人たちだけが津波の被害を受けたのだが、
周囲は住宅地ではない上、数も少なかったので
陸の孤島のように支援が行き届いていない場所、とのことだった。
前が国道だから道はすぐ通ったんですが、
給水車自衛隊もみんな、ドンドン通り過ぎていくんです、ここはスルーなんです
買い物をする場所も徒歩圏内にはなく、コンビニは車に乗って遙か彼方で、
近所のお年寄りとかは本当に困っているので、
ここに物資を集めて、私達が配って回るんです、とのことだった。
りえ子さんたちはネットでここの情報を見つけ、
帰りがけに物資だけ置いてくることにしていたのだった。
水やトイレットペーパー、野菜や果物などをおいて、そこをあとにした。


福田さんは、帰りのバスの中で
「ああいう、規模の小さい場所で行き届かないところに支援していきたいんです」と言った。
そして「さあ、次を考えないと」と小さく呟いた。


      • -

初めて炊き出しに行って感じたのは、
これは、募金と似ている、ということだった。
募金は、どんなに一生懸命出しても、
孫氏や柳井氏に比べたら、
出そうが出すまいが大して変わらないような気がしてしまう。
でも、私達は募金をする。
それは、「他に大勢の人が自分のようにやるだろう」と想像するからじゃないだろうか。
それを信頼して、大海原に滴を一滴落とすような具合に、わずかなお金を出す。



炊き出しはそれとは違って身体を動かすのだからすごい
と、行く前は思っていた。
でも、行ってみたらやっぱり募金と一緒で
自分にできることなんかほんのちょっぴりですらなかった。
私が参加したチームの方は、
皆さんめちゃくちゃ手際が良くて、積極的で、明るく優しかった。
戦力としては私がいなくてもちっとも困らない感じだった。
募金における孫正義ユニクロ会長
と同じような図式で
もっとすごい人がたくさんたくさんいて、さらにNPOとか自衛隊とかと比べ始めれば救いようがなく
自分なんか行かない方がマシ、くらいの感じしかしない。


だけど、本当にたくさんの人がそういうふうにして、炊き出しをしているのだった。
行きがけ、高速で大型の観光バスを見かけた。
たくさんの人が乗ったバスの窓に、
「きっと乗り越える」云々と、スローガンが掲げられていた。
ボランティアのバスだった。
きっとあのバスの中にも、私みたいな人も紛れ込んでいるに違いない。
そして来週も再来週も、
きっと、私みたいに「あんまり戦力じゃないけどでも、行く」という人が
少しずつ湧いては沈み、また湧いては沈み、しているんだろう。
そう思うと
少額の募金をしたときのように
なんとなく、腑に落ちる。




私は1回行ってみて、
とにかく、自分のためには、行ってよかった、と思った。
やっぱり自分が炊き出しの戦力としてはまるっきりからっきしだということがわかったので
多分、
これからもガンガン積極的に参加しよう!
じゃなく
役に立たないなりに、募金やほかのことで協力しよう
という基本方針は変わらないと思う。
でも、もしどうしても人手が物理的に足りない、猫の手でも借りたい、とか言われることがあったとしたら、
きっと、参加するような気がする。
「高得点でぜったい勝たなければイケナイ大事な試合」に出たらダメなのだが
「弱くてもイイ、団体戦を組むのに頭数が足りないから出てくれ」みたいなシチュエーションだって
ときにはあるかもしれなくて
それならいけそう
みたいな感じ(どんなだ


私のように集団行動に向かない人もいるし、
したいと思っても、物理的に支援ができない状況の人もいる。
でも、一方で、向かないと思い込んでるけど実は向いてる、という人もいるかもしれない。
関心がなかったのは、どんなものかしらないからだった、という人もいるだろう。
「行こうか行くまいか」と悩んでいる人や
「行かない自分を責めてしまう」という人も中には、いる。
私自身、向かないと思い、行かなかったけど、後ろめたいような気もしていた。
で、一回思い切って行ってみたら、
やっぱり向いてなかったけど、
でもそれだって行かなければハッキリは解らなかったし、
向いてなくても「完全に不可能」ではないこともなくもないかなとも思えてそれも良かったし、
それに、向いてないことは罪悪ではないとも思えた。



もちろん、「だから一回は行きましょう!」みたいなことが言いたいワケではない。
もし福田さんが声をかけてくれなかったら、私だって行ってなかった。
縁とか、不思議なそんなものがあって、
結果的に行く人もいれば、行かない人もいる。
縁なんかなくても行く人もいれば、行きたいのになかなか場を得ない人もいるだろう。
それ全体が、「縁」とも言える。
別にどれが悪くてどれが正しいとかではない。
行きたいか行きたくないか関心がないか、ということすら「縁」であって
それは、根源的には、その人のせいじゃない。
行きたいようになりたいと思ったから行きたくなったわけじゃないし
行きたくないと思いたいと思って行きたくないわけじゃないのだ。
「行きたくなりたいけど行きたくなれない」人だっているのだ。
物事は決して、単純ではない。
誰が正しいとか間違っているとか、「○○すべきだ」とか「○○すべきじゃない」とか、
こういうことに関して、言えるわけがない。






一方、私にとって
「現地を見る」ことの意味は、あった、と思う。



「無力感」というのは、
「自分がなんとかできるかもしれない」「自分でなんとかできたかもしれない」
という感じがわずかにでも存在するときに感じるんだと思う。
本当に徹底的に大きな力の前に立つと、
無力感というのは、感じるもおこがましいという気がしてきて
ただ、ぼうぜんとなる。


そこで
「なんにもない」の意味がわずかにわかったとおもったとき、
無力感や罪悪感の一隅が消えたような気がした。
つまり
無力感や罪悪感、というのは
自分にもなにかできるはずなのにできていない、という悔しさなのだろう。
悔しいというのは、自分を恃む気持ちからくる。



意味あるものが全てなくなってしまった光景の中では、
無力感というのは不思議と、湧かなかった。



悔しいも何も、
こんな大きさの力に対しては、
自分にはそもそも、徹底して、なにもできない。
悔しくもならない。



ほんとうに自分ではどうしようもない、ということを感じると、
人は、脱力したり忘我したりするのかというと
実は、そうじゃないんだと思った。
人間のやる気は、
自信とつながっている場合もあるけど
そうじゃない場合も、ある。



自信は、過去とつながっているので、経験したことにしか効かない。
未来に対して、全くやったことのないことをしようとするとき、
あるいは、こうして「なんにもない」ところに立ったときは
過去や自信とつながった意欲は
あまり役には立たないのかもしれない、と思う。



では、経験や自信とつながらない意欲とは、なにか。
私にもそれは、よくわからないのだが
すくなくとも
自分を責めるような意味ではなく
「なんにもない」とか「自分にはなにもできない」とか
本当に心底、からっぽにそうおもえたときには
その人の意欲は、
傷ついたりしないのだと思ったのだ。




私は3月12日、日記にこう書いた。


「私自身、自分の身内の状況を知りたくて情報を探す中
 ツイッターをみていたら
 みんながすごく一生懸命
 自分のできることをしようとしてるんだなあ、と思いました。
 自分でおもうよりも、ずっと
 いろんな事をしてるのが人間かもしれない。


 うまく言えませんが
 けっきょく、だれだって、
 できることだけしかできないので
 できないことを嘆かずに
 今目の前の時間に照準を合わせていこう、と思いました。」


このことは、今も変わっていないし
結局はそれしかないんだ、というふうに思った。





南三陸町を出て塩竃へ向かおうと、バスが動き出したとき、
自衛隊員の方が、迷彩服を着てヘルメットを被り、道端に立っているのを見かけた。


真剣な、実務的な、でも、どこか悲しんでいるような、
静かな表情をしていらした。
とがめるような感じや怒りはなかったと思う。
強い骨格の中に、哀切な光がある表情に感じられた。
思わず、窓越しに軽く礼をすると、
お辞儀を返してくださった。






        • -


以上
まだ昨日のことでぼーっとしてるし
考えたりないこともおおいが
まずは忘れないうちに一気にメモ。





誘ってくださった福田さん、HRHの皆様、他、今回参加された皆様、
特に、なにかとフォローしてくださった上村さん、前田さん、フワンさん、
食堂で仕事を振って下さっためぐさん(とみんなが呼んでいたので、、すみません(汗
ありがとうございました!


また、ここのコメント欄にコメントくださった皆様、
嬉しかったです、ほんとにありがとう!!^^)