石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

18日、リブロ池袋さんでの、トークイベント。


イベントで皆様に実物をお目にかけた、



牡牛座の原画(右側はボツになったやつ)。







牡羊座の原画。





獅子座の原画。



9/18の土曜日、年内最後となるトークライブをやってきた。
リブロ池袋さん+WAVE出版さんの企画で、
場所はリブロ池袋さんの上、池袋コミュニティカレッジさんだった。
先週のマイロハスのイベントは素敵ホテル、リーガロイヤルさんで
今回はカルチャーセンターさん。
コントラストがはげしい。
こちらの会場は初めてだったんだけど
「カルチャーセンターさんだ」というだけで身近な感じがするのは
たぶん「学校」っぽいからかもしれない。



今回はズバリ、12分冊の出版を記念して企画されたものだったので
話の中身も「本」にしてみよう!とおもいついた。
せっかくだから、本を作るスタッフが出てきて
それぞれの立場から話してみればどうだろう?
ということに思いが至り
編集者の飛田さんに話してみたら「おもしろそうですね!」ということになり
イラストレーターのスドウピウさんと、デザイナーの石松あやさんからも
それぞれ、OKをもらうことができた。


よっしゃそろい踏み


と、俄然、興奮した。

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80人めいっぱい入る教室で、前に椅子を4つならべていただき、
著者・デザイナー・イラストレーター・編集者
と並んだ。
みんなたまたま1970年代前半生まれで同世代だった。


デザイナーの石松さんは
落ち着いてリラックスした、生き生きした知性の雰囲気を持った方だ。
ちゃんと根っこのあるみずみずしい青葉のような好奇心が
言葉や表情の中にこもっていて、
お話ししていると面白くてずーっとしゃべってしまいそうな感じになる。
あと、私と顔のつくりというか、顔自体の印象が、よく似ている。
額と目のあたりが、似てるのだ。
石松さんの顔を見ていると
「そうだ、自分ってこういう顔だ」
という気持ちがじわっと湧いてきて、不思議な感じがする。



イラストレーターのスドウピウさんは
小柄な、すごく可愛らしい方だ。
うまく言えないのだが、
彼女が描く絵とご本人の雰囲気とが
ぴったり繋がって重なっている方だなあ!
という印象がある。
ああ、あのカワイイ絵を描いたのは貴方なんですね、なるほどなるほど!納得!!
みたいな感じがするのだ。


WAVE出版の編集者・飛田さんは、
目の大きな、少女のような雰囲気を持ったひとだ。
押しつけがましさの一切ない情熱が
いつも噴水みたいにきらきらしている感じがする。
飛田さんに「石井さん、こういうのつくりましょう!」と言われると
なんとなくつくれるような気がするから不思議だ。
で、実際、
作れてしまってきた。
それが「12星座」と、今回の12冊の星座本である。



ここに並んだ自分はどう見えるんだろう
と思ったが
そうだ
今日は単に「着物の人」にしか見えまいな
と気がついた。
(このまま放っておくと着方をわすれそうなので、この日も着物を着たのだった。)



プロフィールを頂いていたのでそれをご紹介するとき
ちょっと面白いことに気がついた。



石松あや

1973年生まれ。千葉育ち。グラフィックデザイナー。乙女座。
約10年のデザイン会社勤務後(途中で人生に迷い料理学校に通うも挫折。)、
2008年しまりすデザインセンター設立。
主に書籍のデザインを手がけている。
デザイナーとしての原点は、小学生のときに夜なべして描いたサイン帳。
「自分の描いたものがこんなに喜んでもらえるなんて」とおもった。
本や紙、印刷が好き。
趣味は「活版印刷で、ニヤリと笑えるくだらない紙ものを大真面目に作ること」。
完成度にこだわる。師匠と弟子、修業などに憧れている。


スドウピウ
イラストレーター。1974年生まれ。水瓶座のB型。
大学卒業後、グラフィックデザイン事務所に勤務し、アートディレクターを目指すが、
性格的に不向きかも?と気づき、フリーのイラストレーターとなる。
絵を描くのと、お風呂に入るのと、どちらが好きか?と聞かれたら、
すごく悩んでしまうほどのお風呂好き。
湯に浸かりながらの読書が至福の時間で、
あまりの長風呂に家族が心配することもしばしば。
やはり本好きの姉と作った絵本
「ちいさなおばけ」「るるちゃんのがっこう」(共に学研)がある。


飛田淳子

1975年生まれ。入社10年目。(ちなみにWAVE出版は3社目)射手座。
本を読むのは好きだけど、文章を書くのにはまったく興味が無く、
どうやら「読む仕事=編集者」があるらしい、と知ったのが17歳のとき。
これは編集者になるしかない、と思い志して今に至る。
「自分か自分の友達が絶対買う本」というのを企画立案の基本としています。
自らのモテない経験を生かし「ずっと彼氏がいないあなたへ」を作ったり、
冷え性だったことから「温め美人プログラム」を作ったり、
文芸エッセイ、実用書、育児ものなど担当ジャンルはさまざまです。
石井さんの本は「自分も自分の友達も絶対買う本」です。




みんな「好きなこと」が出てくる。


スドウさんと石松さんは、途中、違うこともしてみるのだが
やっぱり、好きなことの方に「戻って」来ている。
好きなことを仕事にしなさい
という人もいれば
好きなことを仕事にすると、好きじゃなくなりそうだからしない
という人もいれば
好きなことを仕事にするなんて難しくてムリだった
とか
好きなことを仕事にしようとして挫折した
という人もたくさんいる。
だから
好きなことを仕事にしたとて
それが「ラクチン」かというと、それはぜんぜんそうではない。
むしろ、好きなことを仕事にしたからこそ苦しいこと、できないこと
というのも、あると思う。


だから
「好きなことを仕事にするのがいちばん良いのです」
なんて短絡的に言えない。
だからこそ、
この日、「好きなこと」のところから仕事が始まっている三人が横にいたのは
なんだか、とても面白いことのように思えた。
偶然誕生日が同じ人があつまっちゃった!
偶然、字は違うけど名前がみんな「かおり」さんだった!
みたいな面白さに近い感触があった。


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ご紹介が済んだあと、まず始めに
今回の本について、聞いていった。


デザイナーの石松さんは、編集者の飛田さんと一緒に
「どんな本にするか」という全体を決めていった。
サイズから厚み、紙、イラストの誘導など、
「この本をどうしようかって考えるのが仕事です」。
家でいえば、建築家のような感じなんだろう。
施主が飛田さんで、建築家が石松さんで、
というイメージが浮かぶ。
で、私とスドウさんは、2人の意見を聞きつつ、
建材をどーんと提供する。



この本で、いちばん大変だったのはどんなことですか、と聞いたら、
三者三様だった。
まず、石松さんは、飛田さんから
「この本は12冊一気に作るので、予算が大変なんです、
 売れないとすごく困るんです!」
と言われたのがプレッシャーだったらしい。
著者である私はそれを知らされていなかったわけであるが
知らなくてよかったと思った(爆


いや、なんとなくは解っていたのだが
社内でどんな雰囲気で決まったのか、とか
どのくらい大変な賭けか、とかは
詳しくは解っていなかったのである。
しかし、本の全容をハンドリングするデザイナーは
それを知っていないわけにはいかない。
「だから、売れてくれて、ほっとした、という感じもあります」と石松さんは言った。



当初、ソフトカバーで作るはずだったのだが
石松さんは最初から、ハードカバーの方がイイ、と思っていた。
学生時代、生まれて初めて海外旅行に行ったイギリスで
ちいさな詩集を買ったのだが
手の中にちんまり収まるハードカバーの感触がとても気に入っていて
この本に合うはずだと思っていたのだ。


そしたら
最初の私の、牡羊座の原稿の枚数が
イマイチ、予想より少なめだった。
そこで石松さんは内心「よし」と思いつつ
ハードカバー案を改めて提案し、そのとおりになった。
私はその顛末を知らなかったので
最初の、牡羊座・牡牛座・双子座ができあがってきたとき
全部ハードカバーだったので、おどろいて
「飛田さん、これハードカバーなんだ!!」
と、表紙を人差し指と中指の関節でコツコツ叩いて驚いた。
しつこくコツコツなんども叩きつづけたのは
「夢じゃないだろうか」とほっぺをつねるあの感じに似ている。


ハードカバーの本は
やっぱり
どうしても
うれしい。



スドウピウさんが苦労したのは
カバーのモチーフだった。
牡牛座が特に初っぱなから混乱した。
「おいしそうなもの、かわいらしさ」
というキーワードから、
「ジンジャーマンクッキー」をモチーフとしてくださったのだが
そこに描かれてしまうのは「人型」となる。
私はこの絵を見て
「牡牛座は、『獣星座』なので、『人』が出てくるのは、ちょっと問題が…」
とつっこんだ。


そこでこんどは、スドウさんは
「動物ビスケット」をモチーフに選んでくださった。
たしかにかわいい。
そして、美味しそうだ。


しかし。
動物ビスケットの形をよく見ると
ぞうさんやくまさんが描かれている。
…実は「大型動物」は、射手座の管轄なのである。
ここで時間はすでに相当ギリギリな感じだったと記憶しているのだが
敢えてこのことをお伝えし
無理をおして、最終的に
「お花の形のクッキー」に落ち着いた。


さらに、
スドウさん自身の星座である水瓶座について。
打合せ時、「宇宙人」というキーワードが出てきた。
「じゃあ土偶とかみたいな?」「そうそう!」というかんじの話になり
カバー案として、ズバリ
土偶
が描かれた。
これを残り三人に見せたところいっせいに
「コワイ!」
の声が上がり、土偶は却下となった。


そんなふうに、星座のイメージやモチーフについて
描いてみると、私からダメ出しが出る
ということがしばしば、あった。
これは大変申し訳なかったと思う、
私の伝達能力や表現力にも問題があったと思う。
でも、その一方で
この「ズレ」は、私にとっては、ほんとうにありがたかったのだ。
たぶん、私とスドウさんが
こうした「ズレ」のまったく出ないような組み合わせであれば
こんなふうにおもしろいものは、なかなかできなかったと思う。


特に驚かされたのは、
山羊座、天秤座、水瓶座蠍座など、だった。
モチーフや象徴のイメージはお伝えしたものの、
出来てくるまでは本当に、
印象は掴めていなかった。
出来てきて、
それぞれの星座のイメージが、
私が想像したよりも遙かに深く、そこに現れている気がした。
また、射手座も想像以上におもしろく、
見た瞬間は驚かされたのだが、
すぐに
いかにも「これしかないよな!」という感じでしっくりきた。


自分でイメージしても
ここまでは及ばない。


スドウさんと石松さん、さすがだ
と心の中で頭を下げた。




イベント後の打ち上げでは、
さらに細かい「裏話」が出てきた。
蠍座のカバーと、蟹座のカバーは
切り絵や貼り絵を写真撮影して、使っている。
スキャンした画像では、うまく質感が出なかったのだそうだ。
また、天秤座の、濃い深い緑色は
石松さんがスドウさんの絵を少し加工して、色を強くして出されている。
山羊座の緑色は、最初はそれほど難しいと思えなかったそうなのだが
やってみたらカナリ手がかかったらしい。
印刷屋さんとみんなで、苦労して出した緑色が、あれだ。



12冊、
すべて同じ判型、同じハードカバー、同じページ数の本でも
表紙の色やオビの紙などによって
予算がまるで違っている。
水瓶座や獅子座の輝くオビの紙は
ほかのものの10倍くらいの値段になる。
もっとも高くついたのは、
表紙が銀色の、水瓶座だったそうだ。



編集者の飛田さんが「いちばん苦労した」のは
オビのコピーである。
基本的に、帯コピーは本文中の文言を用いているが
作ったのは飛田さんである。
最初「かっこいいコピーをつくろう!」と思って
四案ほど考えて、社内外の、知っている限りの牡羊座の人に回覧したが
カッコイイのは「どれもぴんと来ません」と言われ、
私も「オビはカッコイイより『意外』なほうがいいんじゃないかなあ」という意見を出して
例の形におさまった。
以降、彼女は私の原稿やコピー案ができるたびに
社内の人や社内の人の家族や社外の関係者やその関係者の家族に至るまで
いろんな人に見せて「どうかな」と反応を求めた。



「ほんとにその星座の人に意見を聞いてみる」というのは
思いつきそうで思いつかないことのような気がした。
これはいわば「実験」であり、「テスト」でもある。
占いは何の根拠もなく、もしかしたら「その結果」は
多くの人々が古来主張するように
「ほんとうは誰にでも当てはまるように書かれている」のかもしれないのだ。
だから、それを本気で「どうですか?」と聞いて試してみることは
言ってみれば
「理性的」ではあるが、「常識的」ではないよな
と思ったのだ。
でも、多くの方が飛田さんの要請に応えて
「常識」で頭ごなしに笑うことなしに、「理性」で楽しんでくれたようだった。
どんなことでも「実際に試してみなければわからない」という精神は、
理性の表れだと私は思う。


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私はお三方に、こんなことを聞いてみた。


「私は、『良い本』ということを考えるとだいたい、
 文章のナカミが面白いかどうか、ということばかり考えてしまうのですが
 デザインやイラストといった仕事をされる方からみると
 本の善し悪しはそれにとどまらないんだろうなと思います。
 今まで、この本はすごく良くできているなあ!とか
 こんな本作ってみたい!
 とか思えた本はありますか?」



まず、デザイナーの石松さんは、
「事前に聞いといてくれれば、ちゃんと考えたのにー」と笑いながらも、
こんなふうに応えてくれた。


「ずっと昔、本がそんなにいっぱい売れなくてもよかった頃、
 本を買う人も読む人もある程度の人しかいなくて、
 何万部も売ろう!売るためにはどうすればいいだろう?!
 みたいな前提がなかった頃の本は、すきですね。
 オビとかもなくて、外側がナカミと合っていて、
 「本そのもの」の姿になっているというか、
 そういう時代の本はいいなあと思います。
 今は、まず、本屋さんに置いたとき、
 売るために目立たせなければならない!ということがあって
 オビの色も、並べたとき埋もれてしまわないような
 黄色とか、ピンクとか、目立つ色を使ってほしいと言われたりします。
 そうすると、書店では目立つからよくても、
 その本を買って、家に持って帰ったとき、
 ナカミとカバーが『ちょっとちがうかも…。』という違和感が生まれることも
 あるだろうと思うんですね。
 いっぱい売るということを前提にしていない頃の本は
 ナカミと外見がそんなふうに、ずれてしまうということがなくて、
 いいなあと思います。」


それって、いつ頃の本でしょう、例えば
と聞いてみたら
そうですね。昭和初期とかですかねえ、室生犀星の本とか、好きですねえ
と、かえってきた。


今の私の本棚にある一番古い本はたぶん
堀口大学の「白い花束」だ。
昭和二十三年、刊。
「初期」にはちょっと入らないかもしれないが
当時の定価、八十五円。



表紙(下の方が破けてしまっている)。



表紙と裏表紙をあけるとこんなふうになっている。



古書店でこの本全体の「様子」を見て
おもわず、これを買った。
800円だった。



「どうすれば売れるか」ではない、
本が本としてあるためだけのデザイン
ということを考えたとき
この本のことが思い浮かんだ。




次に、スドウさんにうかがった。
石井桃子さんの
 『ノンちゃん雲に乗る』という本がとても好きです。
 このお話は、ノンちゃんという女の子が、
 現実世界から、雲の上に行って、
 たぶん、神様のような存在であるおじいさんと交流して
 またもどってくる、というお話なんですが、
 文字の色が、雲の上にいるあいだのところだけ
 ブルーというか、紺色っぽい色になっているんですね。
 今でも大事にしている本です」


この話を聴いて、
私はエンデの「はてしない物語」を思い出した。
あの本も同じような構造になっていた。
最初、主人公は本を読んでいるのだが、次第に本の世界と現実世界の境界が崩れ
本の世界に入り込んでしまう、という物語だ。
その、主人公が読んでいる本の装丁が
まさに、自分が今手の中で読んでいる本とおなじで、
主人公がお話の中に入ってしまうと、
文字の色が完全に変わってしまうのだ。



「もの」であるところの本。
勿論、デジタルでも文字色を変えるくらい、できる。
だが、ページを繰っていって、
そのページが一定量、手の中に溜まっていったとき
物理的な時間の距離感覚が生まれる。
つまり「読み進めてきたということ」があたかも
地図上になぞられる「歩いてきた距離」のように
手の中に溜まったページによって見て取ることができるのだ。
ずっと歩いてきたその先で、
とつぜん、色が変わる、ということの感覚は
デジタル画面で「色が変わる」ということとは
どうも、かなり違っている気がする。


本には、
紙の積み重ねによる「距離感覚」「空間移動」があるのだ。
巻物の頃はまさにそうだし
それを閉じた冊子にしたときも
この「読み連ねてきた距離」という感覚は失われない。
「ここまで読んできた」
「あとこのくらいある」
ということの、距離と空間が
重みや厚み、
綴じられた紙のわずかな反発力などによって身体に伝わってくる。
不倒距離、到達距離。



飛田さんにとっての「本として『いい!』とおもえる本」は
小学生の時、自分の小遣いで初めて買った
モーリス・ルブランのルパンシリーズの一冊「怪奇な家」だった。
図書館にシリーズで置いてあったのだが
なぜかこの一冊だけが欠本していて
それで、自ら買うことにした。
「なんというか、本としてすごくおさまりがすごくよくて、
 まとまってるんです。
 読み続けてくたびれてボロボロになっても、すごくいい。
 紙だから、べつに新品みたいにピカピカしてなくてもいいじゃないですか。
 今、全部集めようかと思ってるんです」
と彼女は言った。


「本として、おさまりがいい」というのは
石松さんが言ったことと近い、
たぶん
「ナカミと外側が合っていて、まとまっていて、
 本そのものとしての完成度が高い」
ということなんだろう。
他の条件によって、ゆがめられていない。
文章と装丁とが、溶け合ってひとつになっている、本。



ボロボロになっても「いい」というのも、よくわかる。
本は古びて、日焼けして、紙の色が変わっても、
それはそれで「とても、いい」。
今回の12星座の本でも
射手座のカバーの隅っこがちょっと焼けた感じになっている。
「少し古くなった感じを出したかったんです」
とスドウさんは言った。
その感触を出すために、原画の紙をトースターで焦がしたのだった。
「ガスで焼いたり、いろいろやってみたんですけど、最終的にトースターで。
 家族には、なにやってるの! って心配されました(笑)」 



本は、たとえば、ナカミを暗記してしまうこともできる。
コピーして配ってしまうこともできる。
貸し借りもかなり容易にできるし
古本屋さんはたくさんあるので、処分も気楽にできる。
やぶいてしまっても、再度入手することが
服やバッグに比べればずっと簡単だ。
ハードカバーの本が、しばらくすると文庫本になる。
本は「モノ」か、と考えると
どうも、あやふやだ。


でも、今回、3人の方の話を聴いていて思ったのだが
本を読むという「体験」「体感」から考え起こすと
全く別の思想がもちあがってくる。
本の重み、本の手触り、本の記憶。
石松さんは大学時代、活版印刷を専攻し
今もそれに取り組んでいる。
「印刷されたものが、どうにも、好きなんです」
と言う。
「小さい頃から、プリントゴッコとかで年賀状を作ってました。
印刷して、同じものがこう、何枚も並んでいくと、
なんともいえない嬉しい気持ちになるんです」
「なんか、本物になった、っていう感じがするんです」
と。
私はこの話をきいて、最初、驚いたのだが
何度かこのことを想像していって
自分の文章が本になり、書店にならんだ、そのときの感覚と
石松さんの言ったことが
どこか遠くで繋がっているような感じがしてきた。


活字になる、
印刷され、複製される
ということは
個人の考えが
「外に広がっていく体裁を得る」
ことを意味する。
それが自分の中だけに収まらず、
もっと広い「場」に出て行く。
まるで子供が巣立ちをして社会に出て行くように。
そのための「きちんとした格好」をまとう。
そのとき、自分のなかにあった何かが
屹立する。
二次元に描かれたイラストが
立ち上がって歩き出すような異変が起こる。



「複製できる」ということと
たとえば油絵のように、
「本物は一点だけで、コピーはその半分の値段にもならない」という事象を比較すると
「本がモノである」ということは、よく見えなくなってくる。
本が本である、ということの特別さは
単に私たちが、紙の本しかない文化の中で子供時代を過ごしたから
というだけの、個人的記憶レベルのことなのだろうか?



今回の12分冊は
最初、企画の段階では
書店さんの反応はあまり、よくなかったのだそうだ。
ハードカバーで12冊である。
普通に考えても、尋常ではなく「場所を取る」。
(企画段階で難色を示さなかったのは、
 今回のリブロ池袋さんくらいだったそうだ!)
でも、実際にサンプルが出来てきて、
「実物」を書店さんに見せたところ
反応が全く変わったのだそうだ。



たぶん、この本は、「実物」を見ないと、
「その価値をくまなく知ることはできない」本なのだと思う。
ネットで買って、送られてきたとき
軽い衝撃を受ける人が少なくなかっただろうと思うのだ。
私が最初にできあがりを見たとき、そうだったように。



背表紙には
私の名前しか載らない。
でも
私以外の人がやっていることのボリュームは
こんなにこんなに、やまもりなのだ。
「個人としては、私の名前しか表紙に載らない」
ということに、違和感を感じるほどだ。
それは、どの本のときもそうだけど
今回は特に、そう思った。
このメンバーだからこそ、こういうふうになったのだ。
それは、制作陣だけじゃなく
営業さんや、印刷屋さん、書店員さんなど
いろいろな人が関わって、その関わりの交点に、
この本が出来ている。



世の中にはいろんな本がある。
電子書籍でもその価値が何ら変わらないような本もあると思う。
そうではなく、本じゃないと意味がない本もまた、あるんじゃないだろうか。
それは単に「私は子供の頃から本で育ってるから本じゃないとイヤ」
ということ以上のなにかが、あるのではないだろうか。


とはいえ
私はここはまだ、
「本じゃないといけない何かが、ある!」
とは、言い切れない。
「ある!」と言い切れるクリアな理由を、
まだ、自分で納得のゆくかたちに、説明することが出来ないからだ。
でも
あるような「気がする」。どうしてもそういう気がする。
まだ「ような気がする」でしかないけど。



でも、もしかすると
そこになにかがあるからこそ、
リアル書店のこうしたイベントに
リアルな著者の話を聴きに
こんなにたくさんのかたがいらしてくださったんじゃないか!
とも、思える。





最後、サイン会となったのだが、
嬉しいことに、参加者の多くの方が、
カバーの原画に興味を示してくださって
じっくり見ていただけた。
それについて、いろいろ質問してくださった方もあった。
サインしながら、それを気配で感じつつ
こういう機会をいただけて、ほんとによかったなあ、と思った。




来てくださった皆さんの手の中に、自分たちが作った本がある。
飛田さんは、
「この本は、読者の方との距離がほんとに近い」
と言った。
私も、それは、よくわかる気がしている。


私の本はいつもそうだったんだけど
今回の本はいつにもまして、そんな感じがする。


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当日ご参加くださった皆様、ありがとうございました!!!
とてもあたたかく聞いていただけたお陰様で、
早口になってスミマセンでした、、、
めっちゃたのしかったです!!


ちなみに「第二部(上記のあとの、占いの話)」の内容については
ツッコミがあったのでおおまかに参考図書をご紹介しますと
「聖と俗」 ミルチャ・エリアーデ著 法政大学出版局
「イコノソフィア」 中沢新一 著 河出文庫
「江戸の悪霊祓い師」 高田衛 著 ちくま学芸文庫
ハーメルンの笛吹き男」 阿部 謹也 ちくま文庫
あたりがご参考になるかと思います。
とはいえ、思いつきでがさーっと話しているので
ハッキリ「出典はこことここで、これをよむとここがわかる!」
みたいになってなくてすみません。。。



あと、整理券を撮りに来てくださったにもかかわらず
配布終了後でゲットできなかった皆様、
お詫びの気持ちとともに、深く感謝しております、
ありがとうございました!



リブロ池袋のスタッフの皆様、
池袋コミュニティカレッジのスタッフの皆様、
WAVE出版の皆様、
「12星座」のイラストでお世話になりました史緒さん(当日いらしてくださったのです、ご紹介したかった!)、
打ち上げにご参加くださった萩原印刷の佐藤さん、DTP担当の津村さん、
本当にありがとうございました、深く感謝申し上げます!!!





      • -


最後に、リブロ池袋さんの店舗用に、
いくらかサインをしてきました。
まだ少しはあるんじゃないかと思います、
どうぞよろしくお願い申し上げます!
サインのあとに
幸運のうずまき
幸運のハートマーク
幸運の流れ星
のどれかがついてます。
はっはっは。



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ご参加くださった皆様のご感想。(ありがとうございます!!


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