石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

死と生


渋谷に続いてやる、新潟での写真展。
この企画には、
広い意味で「死と生」がずっと、からみついていた。




最初のきっかけを作ってくれたラ・デファンスの店長さんは、
ここ数年の中で故人となった。
それを報せる電話で、相田さんはご自身に孫が出来たことも話してくれた。
新潟で最初に気に入った書店「北光社」さんは、2月に閉店した。
ギャラリー・蔵織の最初の持ち主、亡き庄内屋シンの面影が、
この建物に私を惹きつけた。


北光社の店長だった佐藤さんは、
蔵織からもすぐちかくの場所に「北書店」をオープンする。
http://kitashoten.net/
インタビューシリーズの糀屋さんは去年出来たばかりだし、
今回の企画で「インタビューシリーズ」に手を貸してくれた迫さんのお店、
「ヒッコリー・スリー・トラベラーズ」は、
お向かいのお店「ワタミチ」の閉店にともない、新店舗に移転する。
そのオープンが、明日だ。
http://h03tr.exblog.jp/


渋谷会場に、お友達を亡くして数日、という方が来てくれていた。
置いてあった雑記帳に、そのお話を書いてくださっていた。
渋谷が終わって直後
私も、ごく身近に、死と生の境目に触れた。



      • -

「完全な愛」なんてのはナンセンスだよな
愛っていうのはそれがほんとの愛ならいつだって完全だ。



この愛にはこれがたりないあれがたりない、完全じゃない
っていうのは
それは
愛じゃなくて
なんかべつの名前で呼びうるようなもんだろうと思う。



今の日経の「私の履歴書」の有馬稲子の話はすごい。
「この人は自分のことしか考えていない人なんだとわかった」
ってものすごくラディカルなケースだけど


でも
多かれ少なかれ
みんな同じようなことをやっている。


程度問題、の話っていうのは
それがちいさかったり無意識だったりするほうがむしろ
しまつがわるいんだ。
言い訳できちゃうからなあ。


ここで引用したことがある、
八代亜紀のすごいセリフを思い出す。


「私の歌は、捨てられた女の悲しい歌ばっかりなんです。
 でも、捨てられて悲しいんだけど
 捨てた貴方も辛かったのよね、という
 それが、愛なんです。
 その愛がこもっているから、歌えるんです。」


というような感じだった。


捨てた貴方も辛かったわよね、と思える、
その愛は、ツッコミどころがないほど完璧だ。
悲しくないわけがない。
捨てられて自分は死ぬほど悲しい。
でもその哀しみの中で、必死になって
「捨てた貴方も辛かったのよね」
という答えを見いだす。
愛はいつも、辛い。苦しい。
苦しくない愛はない。
もし愛が苦しくないなら
自分が一瞬でも愛されたと思ったとき、感動したりしない。
自分が愛に基づいて選択した苦しみを
愛する人は、呪わない。
自分は苦しい、と認識しない人さえいる。


愛は辛い。
でも、愛には後悔が微塵もない。



それは一点の曇もなく晴れた空のようだ
その向こうには限りない闇の、真実の宇宙が広がっている。