石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

インタビューその1・イカラカラさん


http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20100302/p2
このミーティングをきっかけに、
2月最終週、
私は新潟に、「インタビュー」にでかけた。



市街の中央を走る柾谷小路から古町通商店街に入ると、
道全体がアーケードに覆われて真新しくぴかぴかしている。
それを2町いくと、アーケードは切れて、歩道の屋根だけとなる。
ここからが、シャッターの合間に凝った古着屋さんや雑貨屋さんや古いお店が点在する、
上古町商店街」と名付けられた場所だ。


最初にこの道を通ったとき、
私としては珍しく、映像として頭に残ったものがある。
それは、JとLの中間くらいに角のまるまった、
ショウウィンドウだ。
中には、ちいさな食器のようなものが飾られていた。
そこでこびとが遊んでいるような繊細なあたたかさがあった。
それをまもっている、
真っ白な漆喰で塗られたウィンドウの、
梁の太さと曲がり具合が、鮮明に記憶に刻まれた。








上古町商店街振興組合(長いな!)の迫さんに
「インタビューにこたえてもいいよという方を何人かご紹介いただけないでしょうか」
とお願いしたところ
最初に出てきたのが「イカラカラさん」だ。
はじめは
人の名前だろうか・・・日本語だけで大丈夫だろうか・・・
と一瞬、ロンドン帰りの英語コンプレックスが動揺したが
「イカラカラさん」
は、平井さんという女性のやっているお店の名前だった。


あの印象的なショウウインドウは、このお店のものだった。
このお店は平井さんが全部自分の手で造作をしたものだが、
このウインドウのかたちは、はじめからこうだった。
ただ、真っ白な漆喰は、平井さんが塗った。
元は「あの、古い柱に良くある、どう洗っても落ちないまだら模様」だったのだ。
新潟は、雪を見る人々の目でデザインされるせいか、
街には白がよく似合う。


イカラカラさんは、
食器やアクセサリーなど、
新潟の工芸作家さんたちの作品を売っているお店だ。
金属の作品、焼き物や織物などが、こぢんまりした店内に
いかにも「場を得た」様子で並んでいる。
白い壁、木の棚。


新潟は古くから、燕市三条市などで金属加工が盛んだった。
港町で交易が栄えたこともあり、工芸や工芸品に関しては歴史がある。
技術者がいて、歴史がある土地では
人々の目も肥えている。
人の心に「数寄」がある。
つまり、「使えればいいってもんじゃない」のだ。
「それだけじゃ、つまらん」のだ。


お店に入ってご挨拶して、
小さなスペースの真ん中に置かれた石油ストーブをまず
写真にとらせていただいた。
懐かしかったからだ。




というのも、
私は小学1,2年生のとき、1年間青森で過ごしたのだが(そのあと中学生から高校生までまた青森に行った)
学校から帰って、誰もいない家で、
大きな石油ストーブに火をつけるのがとても怖かったのだ。
着火する部分が壊れていて、マッチで火をつけなければならず、
その「マッチを擦る」ことが
生来臆病な私には死ぬほど怖かったのだ。
だから、「燃えている石油ストーブ」を見るとわけもなく安心する。
燃えているということは、もうつけなくていいからだ(爆


平井さんに
「イカラカラ」ってどういう意味なんですか?
と聞いてみた。
すると、
アイヌ語で『わたしたちがつくったもの』という意味だそうです」
という答えが返ってきた。
「つくったもの、というか、本当は『刺繍したもの』という意味らしいんですが、
 あちらでは刺繍がとても盛んなので、
 刺繍したもの、というと、つくったもの、というニュアンスになるんだそうです、
 だからまあ、
 『わたしたちがつくったもの』というのは、私の意訳に近いような感じです」
とのことだった。


わたしたちがつくったもの。


平井さんは私より5つ年下の女性だ。
花びらがぎゅっと密集したダリアのような感じだ、と思った。
フェルトのように、ぎゅっと目の詰まった感触の、
なめらかで継ぎ目のない暖かさがある人だった。


こないだ聞いてかわいいなあと思った
アプリコットオレンジ」という色の名前を思い出した。
ピンクとオレンジの中間のような、透明感のある色だ。
色の中に、女性がエプロンで手をぎゅっぎゅっと拭く仕草みたいな落ち着きがある。


私は、化粧品の「チーク」というものは好きじゃないのだが、
頬に自然に色がたちのぼっている様を見るのは、だいすきだ。
たぶん、その人のあたたかで静かな情熱が
そこに「現れてしまっている」ような気がするからだと思う。
ほおの色は、「表情」を作る強力な要素の一つだ。
彼女は色白の人で、特に頬に色が差しているということはないのだが、
彼女の顔を見ないときに思い出すと
なんとなく、頬にあんな、アプリコットオレンジ、のような色が
自然にうかんでいる気がする。
残像に、そんな色が残る。


「イカラカラ」はもともとはお店の名前ではなく、
平井さんと、大学時代の仲間たちとでやった、2年ほどの展示のタイトルだった。
彼女は長岡造形大学の工芸デザインコースというところで学び、
「金工」をやっているのだった。
「きんこう」という言い方は耳になじみが無く、
私は「きんこう?」と聞き返した。
「彫金」というのはよく聞くのですが、と言ったら、
「そうです、彫金も金工の一分野ですね」と返ってきた。
よく考えると、木の工作は「木工」である。
「木工」で「金工」。
なるほど。


「私のやっている『たんきん』も金工の一つです」。


たんきん??


「かねへんに階段の『段』って書いて、『鍛金:たんきん』です。
 鍛金は、金槌で金属を叩いて加工するんです。
 あの手鍋も私が作ったんです。」


と、平井さんは、さっきストーブの上にあった手鍋をとりあげた。
(上の写真のストーブの上にある鍋。)
これ、自分で作ったのか!
私は、単純にびっくりした。
ナベを自分でつくる、って、どんな感じなんだろう!


ふと見ると、私のあしもとに、
「叩かれる前の板」があった。



彼女はこれを叩いていくのだ。
そして、それがあの、鍋になる。



この、とりつく島もないように見える「金属の板」を
叩いて叩いて、ちいさなあたたかな便利な手鍋に変えよう、と
どうして思えるのだろう、と
たまらなく不思議な気持ちになった。
そのはてしなく続く時間と作業のはてまで
この人は歩いていけるんだなあ、と思った。





「思い出してみれば、
 ちいさい頃からものをつくるのは好きだったような気がします、
 そうですね、好きでした、
 でもそれは、ごく普通に好きなだけで、
 本格的にやっていたとかそういうわけではなかったです。
 絵を描くのは好きで、
 学校の賞とかとったり、選ばれたりとかはしていましたね、
 でも本格的な絵の塾に行くとかそういう感じではなかったです。
 高校のときはバスケやってましたし。」


彼女は新潟で生まれて、小学校六年生まで新潟で育ち、
親御さんの転勤で、埼玉の所沢に引っ越した。
そこで中学高校時代を過ごし、
高校三年生になる頃、
さあ、この先どうしよう、という段になって
自然に「美術系にいこう」と思った。
ごく自然に、そう思ったのだという。


「その頃は、工芸とかそういう『立体』を扱う分野があるってこと自体をしらなくて、
 自然に『美術系にいこう、油絵だな』と思いました。
 それで、油絵科を受けていったんですが、落ちましたね(笑)
 短大とか専門学校とかは受かったんですが、
 親と相談して、一浪してもいい、ということになりました。」


彼女が一浪するあいだに、
親御さんがまた、新潟に転勤することになった。
つまり、戻ることになったわけだ。
彼女の親御さんは、新潟の大学のことを調べて、
長岡造形大のことを彼女に教えた。
そこに、工芸のコースがあった。


新潟に戻らなければならないことも、
油絵に挑戦して破れ、コースを変えることも、
彼女にとっては当初は、「すっごく抵抗感があった」。
私も、そうだろうなあとおもった。
自分で選んだというよりは、周囲の条件の変化によって、
「コースを変更せざるを得ない」状況になったわけである。
ギャップがあるだろうなあと思った。


でも。
彼女はここでさらっと思いがけないことを言った。


「だから、大学に行って、超がんばろう!と思ったんです」


??
普通だったら多分
「最初はやる気が出なかった」とか
「油絵にこだわって、プライドが傷ついたような気がした」
とかなるんじゃないかと思う。
文脈としてはそっちの方がしっくりくる。
でも、彼女は違った。
私はおどろいて二度聞き返した。


「長岡造形大は、新設の大学で、私で六期生なんです。
 入ってすぐ、『工芸のコースに行こう』と決めたんですが、
 一期生は『自分たちが大学を作るんだ!』みたいに情熱に燃えていて、
 すっごく気合いの入った巨大なオブジェとかがそこらにあったりして、
 とても刺激的だったんです。
 私が今やっているのは、いわゆる『クラフト』で、
 日常生活の周りにあるものですが、
 大学では『美術工芸』というか、
 用途からかけはなれたものをやっていました。
 授業では、ナベとかそういう使えるモノも作るんですが、
 前提としてはやっぱり『表現』がありました。
 刺激的でしたよね」


「それに、大学は最高の環境なんです、
 だって、設備、広さ、材料費、燃料費、全部タダで使えます、
 もちろん学費は払ってますけど、何もかもがそろってるわけです、
 とにかくものすごく恵まれてますよね。
 だから、ここでやれるだけやってやろうと思ったんです。
 今この環境を使えるだけつかって、めいっぱいやれることをしよう、と。」


なるほど。
私はちょっと納得した。
たしかにそうだ。
私は極端な話、筆一本と広告の裏紙でもなんとかなっちゃう商売だけど、
工芸というのは、道具や材料や、
とにかく「もの」がいるのか。
さらにはスペースも要るわけだ。
文章を書くのは狭い喫茶店のすみっこでもできるけど、
金属を叩いて鍋を作るのは、そうはいかない。
彼女が座っているお店のバックヤード兼作業場をちょっとのぞくと、
幾多の、私には使い道のわからない道具が
所狭しとならんでいた。
私は青ペンと赤ペンと付箋とシャーペンと消しゴムとノートでおわり。
あとはパソコン1台あればOKだ。
住んでいる世界が、ぜんぜん違う。


なにかを所有するということは
それを引き受ける、それに責任を持つ、ということのような気がする。
そのことが、私は、漠然と、怖い。
その「ものたち」に
引きずられたり振り回されたりするような気がするからかもしれない。
所有物というのは、「その人」の延長だ。
私はもしかしたら
自分を、見たくないのかもしれない
とちょっと考えた。


モノを創り出す人は
私から見ると
猛獣使いや魔法使いに見える。
扱い難いものを指揮下においている、総司令官のように見える。
たぶん、ものたちに対する、なんらかの統率力があるのだ。
トイ・ストーリー」はおもちゃが動き出す話だが
私の中ではあの話は「冗談じゃない」のかもしれない。
ウソじゃないのかもしれない。


彼女は工芸の世界にのめり込んだ。
新設の大学らしく、学校の周りにはなんにもなかった。
だから、図書館にいりびたって、写真を見まくったりしていた。
制作に打ち込み、
卒業制作では優秀賞をかちとった。
作品の写真を指さして、彼女は
「この円のうえまでで160cmあります」と言った。
このオブジェは、さらにその上に風車のような角が生えている。


(うまく撮れなかった・・・。見づらくてスマン--;)


彼女は非常に長身、というわけではない。
多分私と同じか、ちょっと大きいくらいで、
私は158cmだから、つまり
このオブジェは、彼女より大きいのだ。


大きいだけではなく、細やかなレースのような細工が施されている。
素材は、鉄だ。
「2000カ所、1万回の溶接をしました、
 工房を独り占めして、ほんと、ガテンです」
そう言って彼女は笑った。


鉄で、自分より大きなオブジェを作る。
それはどんな感じなんだろう!
自分より大きいものを自分でつくってみたいなんて
うまれてこのかた、思ったこともなかった。



私は、「自分より大きなものを作る自分」を想像してみた。
それはぐらぐらして、倒れそうで
収拾がつかないような気もした。
とても扱えない、という気がした。


でも、もし、それがぐらぐらしないとしたら、どうだろう
と、更に想像を進めた。
すると
強烈な自由、という感覚が湧いた。
重力圏から飛び出すような、
自分の身体という枠から外に出ようとするような
強烈な自由の感覚がそこにあるような気がした。


「昔から、放射線状に広がるものが好きなんです、
 自転車の車輪とか、野菜や果物の断面とか。
 ちいさい頃から自然にそういう絵を描いてましたね」
と、彼女が言ったので
私は、「ああ、パラボラアンテナみたいな感じとか?」と想像した。
そしたら、
「いや、あれは、要素が少ないでしょう、だからちがいます、
 あれは半球というか、形状でしょう、
 私が好きなのは、なんというか、平面なんです、
 要素の多い、ぎゅっと詰まった、
 これでもか!みたいな」


目の前のカウンターに置かれた彼女の作品、
「針刺し」を見ると、
なんとなく意味がわかったような気がした。
丸い金属のボールは中空で、
中にはぴっちりと詰まった布が見える。
金属のボールには大小の穴が放射状に、無数にあいていて
その穴に、パールのアタマをしたまち針がぷつぷつと刺さっていた。
これは、最初は、平たい金属板だったのだ。
それに穴を開けて、丸く叩いて、こうなったのだ。


彼女には、
自転車の車輪と、オレンジの断面が
同じ魅力をもつものに見えている。
思い描くと、私にもそれがわかる。
でも言われるまでは、
私は、それには気がつかなかった。


「卒業制作を作るとき、
 最初はなにがしたいかわからなかったんです。
 最後の年は1年いっぱいが卒業制作の年、みたいなわけで、
 先生にはやいやい言われるし、悩みました。」


そうか、卒業制作に何をやるか決まらないと、
先生だって急かすよな
と思った。
でも、それは私のカンチガイだった。


先生がやいやい言う、というのは、
「ちゃんと考えろ」という意味だったのだ。
1年間付き合えるくらい強い愛着が持てるものじゃないと、
制作の途中で脱落してしまうのだ。
適当な思いつきでやろうとすると、みすかされるんです、と彼女は言った。
早く決めろ、ではなく、
ちゃんと納得のいくものを探せ、と、先生は指導したわけだ。


もちろん、だれでもそれがすぐにみつかるわけではない。
でも、見つけようとし、自分の心の中にあるなにかと
できる限り近づこうとしないといけない。
見つけようとする作業をしなければいけない。
多くの人が、それを途中で放棄するけれど、
放棄してしまうと、やっぱり、いいものができない。
そういうふうに彼女は言った。


「今は、仕事になってきたので、
 やはり、時間や金額の面で、どうしても妥協しなければならないところもあります。
 でも、納得がいかない段階だったら、
 遅らせられる納期は遅らせます。
 ひたすら丁寧にする、ということをしたい。
 自分にしかできないこと、というのがあるからです」


自分にしかできないこと。
これが「ある」って言えるのは、どういうことなんだろう?
と私は考えた。
たとえば、個性とか才能とかそういう「自分にだけあるもの」を
誰もが欲しいと心のどこかで願っている。
でも、それが「ある」って言うのは難しい。
私自身、何もないような気がしていつもおちこんでいる。
自分より優れた作品に触れては
「自分がなにか書く意味なんかないよなー」
と思って落ち込んでいる。


そういうふうに思わないのかな
と思って、私は
「たとえば、誰かの作品を見て、『負けた!』と思うことってないですか」
と聞いてみた。
そしたら、すごくおもしろい答えが返ってきた。


「ありますよ!負けたとおもわなかったら、この仕事できてないです」


と。


びっくりした。


で、重ねて聞いてみた。
「負けた、と思ったとき、『私じゃなくてもいいや』っておもわないですか。
『私にしかできないことなんかないや』って思わないですか。」
失礼な言いぐさだが、思わずそう聞いてしまった。
それは、私自身がしょっちゅうそう思うからそう聞きたくなったのだ。


平井さんは
「いや、それはないですね」
と笑った。
「それはないなあ。」


ここで、私はなんとなく、自分に誤解があるような気がした。
彼女が言った
「私にしかできないこと」は、
どうも、特別な個性とか持って生まれた才能とか
そういう魔法みたいなことではないようなのだ。
もちろん、そういう力もあると思う。
でも、彼女が言わんとしていたのはそんな「天賦のなにか」のことではない、
もう少し手応えや根っこのあるなにごとかだった。


だから彼女はその直前に
「ひたすら丁寧にしたい」
と言ったのだ。


この2つの言葉はつながっている。
「私にしかできないこと」と
「ひたすら丁寧にしたい」ということは。
「私にしかできないから、ひたすら丁寧にする」ということではない。
「ひたすら丁寧にする、ということのなかに、
 なにか、私にしかできないことが歴然とある」
ということなのだろう。


「私は人に聞きまくるタイプなんです、
 自分が作ったものについて
 『どうどう?』『これ良いと思う?』『どこがわるい?』
 って聞くんです、ききまくります」


でも、そうやって聞いて、
ダメ出しされるのが、怖くはないんだろうか。
私は、正直、怖い。
編集者さんに原稿出すときとかドキドキするし
週報を毎週アップするのも、強烈な怖さの中でやっている。
こんなに怖いのになんでやるんだろう、と自分でもさっぱりわからない。
マゾなんじゃないかと思う。


私は平井さんに、「ダメ出しされるの怖くないですか」と聞いた。


「多分、怖いから人に聞くんだと思います、
 私は臆病な方だと思いますよ、
 お店やってたりするけれど、広く浅く人と交流できるタイプではないし、
 一人が好きですし。
 でも、ダメ出しがあるほうがいいです。
 聞くことで、自分のやっている仕事にニーズがあるのがわかります」


ニーズ。
彼女が扱っているのは「もの」だ。
だから、それへのニーズが「ある」か「ない」かは、
徹底的にシビアな結論だ。
欲しいという人がいるかどうか。
これはどうにも、ごまかしようがない。
彼女は「それがあるのがわかる」と、気負いも思い込みもなく、
いかにもナチュラルに言う。
山を見たり海を見たりして、帰ってきて
「山と海をみたよ」と言う、そういう当然さで言う。
見たんだから、あるのだ。
 

「金属を叩いていくのは、材料を育てているみたいな感じがします、
 こう、私の力が中に入っていくんです、
 それで、形を変えて成長しているように見えます」


「材料を育てる」
っていう言い方は、初めて聞いたけど、
そう言われると、彼女の作ったものは
たしかに生き物みたいな雰囲気をまとっている。
サボテンみたいな不思議な気配だ。
そこに「ある」んじゃなくて、
そこに「いる」のだ。
それも、気味の悪いような感じじゃなくて、
いかにも当たり前に、泰然として、かわいらしく。



新潟にいることは、平井さんにとってどういうことなんだろう、
と思い、それをちょっと聞いてみた。
彼女は、最初は、所沢のほうが好きだった、と言った。
でも、大学に入って、先輩や同級生、後輩のつながりができて、
美術系の大学だから一癖も二癖もある人が多く、
少ない人数で、みんな仲良しで、
その関わりの中でだんだん、新潟に愛着が湧いていった、と言った。
新潟は前述の通り、
金属加工、特に食器などの生産がさかんな土地だ。
燕市には、
ノーベル賞授与式の晩餐会に使われるカトラリーを作っている山崎金属工業があるし、
三条市は包丁や工具などの生産で有名だ。
というのは、wikipediaで調べたのだが
三条市の記事にはもう一つおもしろいネタがあって
「日本で一番、社長の対人口比が高い」のだそうだ。
これは余談。


長岡工芸大学の工芸コースには
そうした「土地柄」がしみこんでいて
さらに、そこで鉄を曲げたり溶接したり叩いたりしていた平井さんの中にも
自然な「ルーツ」として、しみこんでいったようだ。


「卒業するとほとんどみんな東京に就職しに行きましたけど、
 私は関東にいたせいか、東京はいいや、っていう感じでした、
 直観的に、東京に行こうと思わなかったんです。
 東京には、展示会を見に行ったり、よく行ってたんですが、
 なんというか、東京って、有象無象じゃないですか。
 いや、ちゃんといいものもいっぱいあるし、楽しいんですけど、
 なんか、乱暴にしたくない、と思いました」


乱暴にしたくない。
それは、どういうことなんだろう。
彼女はこたえて言った。


「つまり、なんというか、もっとゆっくりやりたいんですね。
 有象無象って言ったけど、
 東京は、いいものもだめなものもみんな、出てるんです。
 動きが速すぎるし、時間がかかってないものがたくさんあって、
 時間がかかってないものには、やっぱり、
 良いものは少ない気がします」


平井さんは、「イカラカラ」を初めて、今年の五月で丸三年になる。
お店はこのところ「自分の足で立っている」感じになってきた。
お店を開けた最初の頃は、
とにかく休まないでいつでもお店を開けている
ということを目指してきたけれど
最近は、もっと「外に出る」ことを意識している。
展示会やイベントに積極的に参加するし、
職人さんの工房を見せてもらいに行ったりもする。
私が訪ねたときには、お店には、彼女の作品はほとんどなかった。
3月6日から東京丸の内で開かれる「日本クラフト展」に出品するからだ。


「お店には、『それは私でもできるよ』というものは置かないです、
 たまに自分の作品を、置いてください、って持ち込む人もいるけど、
 『それは私にはできない!』という、技術とか、なにかしら、
 はっきりしたものがないと、扱うことはできないですよね。
 お店を始める前、大学の助手をしながら、
 お給料を全部使い果たす勢いで、東京の展示会とかを見まくっていました。
 他の人のを見ることで、すごく勉強になった。
 後輩にも、人のものを見る子と見ない子がいるけど、
 見ない子はやっぱり、伸びないです。
 これではダメだ、っていってもうけいれないから」


500円のお皿と1万円のお皿の違いが
わかる人とわからない人がいる。
たぶん、私は、わからない方だと思う。
でも、たくさんたくさん見ていれば、私にもわかるようになるんだろうか。
それは、わからない。
持って生まれた才能みたいなものもあるんだろうと思う。
少なくとも、彼女は自分の力と目とを結び合わせて、
実感の中で仕事をしている。
それは彼女の言った「乱暴さ」の反対側にあるものだ。
ひたすら丁寧にすること。
自分にしかできないこと。
技術、目を磨いていくこと。


彼女の話には「愛着」という言葉が二回出てきた。


「私が子供の頃は、サンリオのノートとか、
 高くてもお小遣い貯めて一生懸命買ったんですよね、
 でも、最近の子は、百円均一とかで似たようなノートを買って満足してる、
 ああいうのを見ると、もー!!ダメ!って思うんです、
 しっかりモノを買って欲しいですよね、
 愛着なくモノを買っている子供がいると、
 もー!ってなります」


愛着をもってものを買うこと。
私は、自分の身の回りを想像して
愛着を持っているかなあ、と思った。


私は厚ぼったいお財布が苦手で、
今は、うすべったい皮のがま口を持っている。
これは、実は小銭が出しにくくて使いづらいんだけど
鮮やかなサーモンピンクの色目とか、内側に貼ったの布の色とか、
持ったときの感触が、気に入ってるのだ。
本屋ノートと一緒に鞄に入れると、抜群にジャマにならない。


平井さんは、この財布を見て、
かわいいですね、とほめてくれた。
私はなんとなく、鼻が高かった。


私が作ったんじゃないけど、
誇らしいような、
自慢したいような、
不思議な気持ちになったのだ。





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「イカラカラ」
http://ikarakara.web.fc2.com/

彼女の作品やお店の様子は、こちらのブログからのぞき見できます。
http://ikarakaras.exblog.jp/