石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

新潟、ミーティング5



ずっと前にここで掲載した、
ゆき「だるま弁当」。


だるま弁当と言えば「高崎だるま弁当」なのだが
新潟には「ゆきだるま弁当」があるのだ。
高崎だるま弁当は顔が変わらないけど
これは顔が変わる。ギミック。


新潟の駅弁としては、
私の中では「佐渡朱鷺めき弁当」と同率首位。


どっちも、ローカル名物の王道である駄洒落・本歌取りネーミングを
きっちり押さえている点が高評価。




もっとも後者については


「めき」ってなんだろう。。。。。


と暫く悩んだのは内緒(爆



      • -


で。


新潟で1月半ば、総勢4人での打ち合わせとなった。
私はここで、写真展の趣旨を説明しなければならなくなった。


自分の主催サイト「筋トレ」が10周年を迎えること。
私は星占いを書いて暮らしていること。
本が何冊か出ていて、そのなかに、相田さんとのコラボ本があること。
ギャラリー・蔵織さんで写真展をすること。


私は主にインターネットで活動をしていて、
東京や大阪でのイベントにはたくさんの方に集まっていただけるけれど、
新潟ではまだ一度もそうしたイベントをやったことはない。
とても有名人、ってわけでもない。
でも、新潟という場所は、私の目から見て、とても魅力的だし
開催期間は折しもゴールデンウィークで、
ならば是非、遠くからでも来てもらいたい。


でも、どうしたら「行きたい」と思ってもらえるだろう?


思うに、
人は、
「全く知らない場所」には、
行きたいとは思わないと思う。


私は、自分の経験上、
本で読んだことがあるとか、テレビでちらっとその風景を見たとか
そんな場所に「行きたい」と思っている気がする。
要するに、人は
「知っている場所」
に旅をするんじゃないだろうか。


でも「知っている場所」って、なんだろう?


たとえば、大河ドラマで舞台となった場所には、多くの人が訪れる。
私は、子供の頃から親しんだ「シャーロック・ホームズ」や「小公女」などを通して
ロンドンが「知っている場所」に思えて、興奮していた。


ピラミッドやグランドキャニオンなど、
「おおきな物体」「大自然
が人を集めることもある。


でも、それ以上に
人を呼び寄せているのは
そこにいる「人の気配」なのではなかろうか。
ピラミッドなんかだってやっぱり
かつて大昔にそれを作った人々の生活やそこに眠る人々の思いの気配こそが
人を惹きつけているんじゃないだろうか。
それってどうだったんだろう
という他者への関心が
人を誘っているんじゃないだろうか。



そこに、誰かがいる。
どこにでも、誰かが住んでいる。あるいは、住んでいた。
シャーロック・ホームズ博物館には、シャーロック・ホームズの部屋を再現してある。
彼は実在の人物ではないし、ベーカー街のあの番地も、架空の番地だ。
でも、その場所で、私は心が震えた。
「その人」が生きている感じがしたからだ。


それはもちろん、想像でしかないし、気配でしかない。
「架空の人物」に至っては、妄想に過ぎない。
だがしかし、架空の人物だったとしても、それを書いた作家はいたのだ。
ほんとうの作家は、「見たことがないもの」は書かないという。
どんなSF作家でも、どんなファンタジー作家でも
どこかで見た何事かを、本当に書いている。
でなければ、読者を架空の世界に引っ張り込むことはできない。
私は、作家の手を通してその景色を心の中に「見て」いたのだ。



そういえば
ずっと以前、まだレクチャーとか本とかなーんにもなくて
ただこのブログと筋トレ週報ばっかりやってたころ、
指をケガしたことがある(酔っぱらって転んだ)。
そのとき、指の包帯があまりにもおもしろかったので
写真に撮って載せたのだ。
(なんかそれ、今探したら消えてたが(なんでなんだ)
そしたら
石井ゆかり、実在するんだな」
っていうコメントをもらって、
おどろいた。


知ってはいるけど、見たことはない
というものが、世の中にはたくさんある。
さらに言えば
見たことがあっても
「肉眼で見る」ということがまた、ちがう。
大阪のレクチャーのとき、梅田のビックカメラの前を通ったら
笑い飯がなんかのイベントをやっていてものすごく興奮したのを思い出した。
レクチャーの冒頭で、参加者の皆さんに向かって自慢するくらい興奮した(爆
わ!!!!
笑い飯だ!!!!!
という
あの興奮はなんだろう。


脳に関する本などを読むとしばしば「細胞が興奮する」みたいなことが書いてある。
どういうふうになるのかはわからないけど
頭の中にあった「あれ」と、
目の前の「これ」とが結びついたとき
たしかに、人の頭の中の細胞は、興奮している、という気がする。
そしてその興奮が訪れたとき、
それはもうすでに、
「おもしろかったねー」とさらりと通り過ぎられる出来事ではなくなっている。
大げさなようだけど
もっと重大なことが起こってしまう。


人間の内側から、なにかが拡張するのだ。


その対象が自分の中でとつぜん、立体化し、
自分の中に、自分だけのそれとの結びつきが出来上がる。
それは、外側への延長コードみたいなものじゃなくて
どうも
あくまで自分の内側に起こる拡張、という気がする。


たとえば、世界中あちこちに、ものすごくたくさん旅を重ねた人がいるとする。
その人と話ができるとして、
なにを聞きたいだろうか。
世界各国のおもしろい文化や体験談を聞きたい、という
データベースへのアクセス的な興味ももちろん、あるだろう。
でも、それ以上に
その人が世界を旅して得たなんらかの思想とか、普遍的な知恵みたいなもの、
あるいは、その人の目が何をおもしろいと思い、何を貫いたのか
という
その人の「内なるもの」への関心が一番、強く湧くんじゃないだろうか。
「人はめちゃくちゃ旅をしまくったらどうなりうるのか」
という、可能性みたいなモノを見られる、
そこが一番、おもしろいところなんじゃないだろうか。


それがおもしろそうだ
というのは
「自分も旅をしたなら、自分という人間のなかの、なにかが拡張するだろう」
という直観から来ている。
その直観はたぶん、正しいのだ。
旅をして、なにか脳細胞が興奮すると、人間は拡張する。内側から。


さらに、それはすごく気持ちの良いことなのだ。快感なのだ。
ここまでくると、もう
神社仏閣旧跡名所なんてものは
あってもなくてもいいのだ。
あればあったで、そこに繰り広げられたはずのドラマが人の心を打つ。
なくても、そこには誰かがいる。
誰もいなくなってしまった廃村の、崩れた家屋の一角にころがったタライが人の心を打つ。
そこには誰かがいて
生活があったのだ。
その「誰か」は自分と同じ人間で
心を通じ合えたかもしれないのだ。
その「つながり」はとても個人的で
絶対にだれにもわからない。




変な話なんだけど
私が思い浮かべたのは
「蔵織」の庄内屋シンさんという女性と
私の知らないだれかがここで、そっと出会ったら
どんな気持ちになるだろう
ということだった。
たぶん、ここで、1対1で出会ってくれる人がいる、と思ったのだ。
無音の、二人だけの秘密の会話がここで生じる、と思ったのだ。


その「だれか」は
その人の全く個人的な何事かを抱えていて
そして、ここで秘密の話をして、
ここでしか聞こえなかった声を聞いていくのだ、と思った。


これは、写真展の写真と、それを見る人の関係についてもそうだし
もっと言えば
私のテキストを読んでくださった方と、私のテキストとの関係についても
おなじように、言えることなのだ。


私はどうも、人見知りだし
人と集まったりすることがほぼ、ないし
「みんなで集まって盛り上げよう!どーん!」
みたいなことは、気後れしてしまって、好きじゃない。
旅も、お酒も、1人が安心だし
なのにこんな「イベント」みたいなのをやるのは矛盾してるなあと自分でも思う。
たぶん、私は、写真展も、こういう企画もみんな
一人で接してもらう
ことを想定してやっているんだなあ、と思った。
私自身が、絵や場所に一人で接し
そこで、私にとってだけ意味のある言葉を聞く、
それと同じように
なにか作品や場所に出会ったときは
そこではもう
自分は完全にひとりで
相対しているその作品と自分だけの世界の中にいて
そこには誰も入ってこられないんじゃないかと
そういう気がするのだ。


一対一の対話が生まれて、そこでその人にとってだけの意味のある声を聞く。
私は展覧会に行くとき、
いつもそんなふうにしていると思う。
本を読むときもそうだ。
だれでもそうなんだとおもう。


街に出会うときもきっとそうなんだ。



・・・・・・。



これは私の頭の中だけの話で
もちろん、こんな妄想みたいな話をしたわけではないのだが
とにかく趣旨はこのとおりで


新潟はおもしろいと思うし
この古町通の路地というものはめちゃくちゃおもしろいと思うし
せっかくゴールデンウィークなんだから
いろんなところから、旅に来てもらいたいのだ

どうしたらここを「知ってる場所」にできるかなあと
それを考えているのだ



という話をしてみた。


そしたら、迫さんは
基本的に、おもしろいと思う、という感じで受け止めてくださった。
古町商店街でいろんなイベントをやったりすることもあるけど、
その期間なにかやるかはわからない。
でも、できることがあればお手伝いしたい、と言ってくださった。
そして
迫さんたちが作っている地図を見せてくださった。
それはくるくる巻かれて巻物になっている古町商店街の地図
商店街のあちこちに、自由にとれるように置かれているのだった。


18きっぱーの大好物、
それは
地図である。(独断


それも
現地にある地図。


そも私と新潟のなれそめである青春18きっぷの旅
どこにいくか決めないで出て行く
というのが王道だ。(独断


だから新潟も、最初から「行こう」と決めていたわけではなかった。
全くの偶然だった。


どこにいくか決めないのだから
当然、ガイドブックなどを持っているわけはない。
持っているのはJRが発行している、文庫本をコロコロコミック化したような、
ごろんとした時刻表のみ。
なので
駅に降りたらとりあえず、観光案内所などに行き
現地の商店街や地方公共団体が作った無料の地図をもらいに行くのである。
でなければ、駅から動くこともままならないのだ。




地図は、目的もスケールもさまざまであり、
車もないのにドライブスポットの地図をゲットするとかそういうトラップもある。
でも、なぜか「必ず」置いてある。
その土地のターミナル駅、少し大きな駅ならば、
絶対にこの「地図」はある。
地図を手に入れる
というのは
ドラクエでもとても大事な条件だが
18きっぱーにも
生死を分ける重要な通過点なのだ(大げさ。(独断。



だから
18きっぷの旅から帰ってくると
地図が机の上にやまもりになる。
土地勘がないので、地図が魅力的にできていると、
のせられて何十キロも歩くことになる(こともある)。
たとえば私はあるとき
うっかり福島駅からしのぶもじずりまで歩いたが、往復で何キロあったか・・・。
思い出すだけでいまだにちょっと足腰にこたえる。
しかしとにかく、
18切符の旅の晩、宿を決めて、ひとっ風呂浴びて
そこから近くの居酒屋を物色して
適当なところに腰を落ち着けて
ビールと肴と時刻表と地図を並べて
今日の思い出と明日の計画をいったりきたりする・・・・
というのが
人生の絶頂(春たけなわ)
なわけである(独断



すると
おいしそうな地図の話が
五十嵐さんから、たくさん出てきた。
さすが市役所、情報量がちがう。
前回の日記に挙げた画像の地図だけでなく
ギャラリーの位置を網羅した地図や、新潟市全体の地図など
いろーんな地図をご紹介くださったのだ。



これ
セットにしてほしい(垂涎


と思った。


それで時間の許す限り、足腰が立たなくなるまで歩きたい。



でも、聞けば、出した時期によって残り数が違うし
なかなか全部まとまった数をそろえるのは難しい、らしい。
だけど、まだまだ多少は、手に入るヤツもあるのだった。


「新潟地図セット」五名様にプレゼント!
とかやりたい!
きっと私と同じような地図フェチが
うちのユーザにも、全国に10人はいるはずだ!その10人で倍率二倍の争奪戦だ!
とか
ちっちゃいことを考えた(私の考えは大体いつもこのスケール)。


ギャラリー、の切り口。
路地、の切り口。
同じ場所を描く地図でも
切り口によって、全く違う地図になる。


今まで、このブログで書いてきたのは
石井ゆかりが見た新潟」
だ。
でも
他の人から見ると、どうなんだろう?


こうしていろんな種類の地図ができるみたいに
人それぞれに違う、「この場所」なんじゃないだろうか?


お話をしながら、地図を見ながら
私は、何となくそう思った。
思っていたら
気がつけば、私の口は私にことわりもなく、
迫さんに、いきなりこんなことをお願いしていた。


「古町商店街の方に、幾人か、
 インタビューさせていただけないでしょうか。
 インタビューを受けてもいいよ、という方を
 ご紹介いただけないかと思うんですが」



。。。。。



どかーん。



言った自分が一番びっくりした。



そして




・・・・・つづく!!!(まだつづく。)