石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

新潟、ミーティング1


久々に新潟に来た。
前回が去年の秋口だったから
数ヶ月ぶりだ。
来るたびにできるだけ歩いてきたので
なんとなく土地勘ができてきた。



新潟の路地の多さとおもしろさは
ロンドン並み(と思い切って言ってしまおう)。



今回は、写真展の打ち合わせのために来たのだ。
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/2010sp/
だから「旅」というよりは「出張」という感じになる。
出張。
出張慣れしている人にはわからないかもしれないが
私はずっと、出張に、あこがれていた。
「旅先」にはだれも自分を待ってないわけだけど
「出張先」には、なにかしら、人や仕事が待っているわけだ。
旅先では、その場所と何のつながりもないけど
出張先では、その土地の「中」に少しだけ、でも堂々と、入り込める。
これが、楽しい。
それに、なにしろ
自分がそこまで出張っていかなきゃいけないほどの何事かを背負えている
ということになるので
これはたいへん、かっこいいことのような気がする。
新社会人になったとき
ボーナスやクレジットカードと同じように
出張

オトナの象徴
だった。


大阪朝日カルチャーセンターさんやよみうり文化センターさんに声をかけていただいて
数年前から「大阪出張」「京都出張」などの機会ができた。
なんかおれ
かっこよすぎ!
と思っていたがさらに
旅日記の連載(「恋運歴」でやってます)をしてから旅に出たときは
これも一種の出張だわな
と思ったら
ときめきで一瞬気が遠くなった(爆


今回も、出張だ、と思っていた。
でも、新幹線の中でちょっと考えたのだが
厳密には、ちがうのではなかろうか、という気がしてきた。


出張とは、「仕事」でどこかに出向くということだろう。
「仕事」は「ビジネス」で
たぶん、儲けが出るようなことだったり
誰かに利益を生むようなことだったりするだろう。
私は今回の写真展が「仕事」だと言えるのかどうか、ちょっと自信がない。
というかむしろ、「仕事」よりもたいへんなことを始めてしまったような気がする。
「仕事」は、社会的に利益や責任が広がりをもって分担される。
トップに立つ人であっても、
「家族のために、お客様の利益のために、従業員のために」
などがある。
でも私の今回の企画というのは
「だれかのために」
というのが、なんかこう、はっきりしていない。
自分のために、というのははっきりしているんだけど
一円も儲からない(どころか、徹底的に出て行くだけ)だし、
さらに、来て下さる方にとってなにが「ため」になるのか、
はっきりしたことはわからない。
わたしはこれがすごくすきでおもしろい!
というものでも
受取手に手にとって気に入ってもらうまでは
それが果たして、世に出すべきものだったのかどうかは
決まらないしわからないのだ。
未だじぶんが誰にも見せたことのないものを出す時は
ここが一番怖くて不安で心細い。


私はバレーボールというスポーツがとても苦手で、
体育の時間はあれこれ理由をつけて見学していた。
スポーツ全般が苦手だが、バレーボールはもう、最悪だった。
だって
地球には重力があるのに
ボールを落としたら負けって
どないやねん!!!
さらに
ボール落としたヤツは
ほとんど犯罪者やん!!!

心の中で叫んでいた。
チームでやるスポーツでも、
あんなに「だれのせいか」がはっきりするスポーツはない(ような気がする)。
バスケやサッカーはわりと、
ごちゃごちゃしてスピードもあるからとりまぎれてわかんない気がする。
(もちろん、プロスポーツの話ではない。がっこのたいくの授業レベルの話。)
その点、バレーボールは。
あの、ボールが床に「ていん」とおちたときのあの
みんなが床を見つめるあの、がっかり感は。
あれはもう、絶望的に悲しい。
どんなスポーツも、失敗すれば悲しいが
「自分がみんなに迷惑をかけた」
ということがものすごくはっきりする、あの感じが何とも言えない。
運動音痴の私には
みんなに迷惑をかけないためには試合に出ない
しかなかったのだ。


そんな
チームプレイ拒否症の私が
今回の「出張」では、なんと
2回の打ち合わせの参加者は総勢6名(私含む)になっていた。
もちろん、言い出しっぺは私で
私がこれを主催するのである。
私が皆さんにお願いをして、ご協力いただこうとしているのである。
さらに「だれのためか」という仕事定義も判然としないのである。
自分がやりたいから!!!いやっふー!!!
という
まことにおっぱっぴーな根拠しかないのである。


。。。。。


はははははは!!!


こうなったら
開き直るしかない。

    • -


この企画展は、そもそも
相田さんの個展から始まった。
相田さんは「星なしで、ラブレターを。」で一緒に本を作った、
新潟のカメラマンだ。
本を出した後、しばらくして、
相田さんが新潟の絵屋さんというギャラリーで個展を開催されたので
それを見に行ったのだ。
私はそこで相田さんの作品を1枚買った。
帰りがけに、相田さんは私に
「またなんかやりましょう!」
と大きな声で言ってくれた。
相田さんは、体も声も笑顔も、みんな大きい。
Lサイズで、昼間のようにあかるい。
彼の撮る写真の、日本刀で斬りつけるような光の鋭さは
この人のなかのどこにあるんだろう、と不思議な気がする。
誰もがそんなふうに、
その人の印象とはかけ離れたものを内蔵しているのかもしれない
と思うと
「人」への畏れのようなものを感じる。
神棚の扉の向こうへの畏敬に似たものを感じる。



そのあと、少しして、
一通のメールを受け取った。
新潟に住む、「小林さん」という女性からだった。
相田さんの写真展を見て、石井さんの文章も読んでいる。
もしよかったら、みんなで写真展をやれないか
という趣旨の打診だった。


その頃、私はなんとなく
来年、10周年だなー
なにか企画したいなあ、それも、オフラインで
と考えていた。
その状態でこのメールを読み、
頭の中で瞬間的に、シナプスが複雑結合した。


 山ちゃん(初代・星栞の写真の山口さん)と相田さんの、二人展をやりたい
 そこで下半期配ろう


なんかピタゴラスイッチの機械みたいにへんなルートを通って、
頭の中に、1つの、きれいな風景が生じた。
なれ合わないけど落ち着いていて、
べたべたしないけどふわっと木綿みたいにやわらかい、
通り過ぎないでいられる写真展。


これは、やってみたい。
まるで本を作るみたいに、そうおもった。
写真集が空間として立ち上がったみたいなイメージだった。
今までも不思議と、
写真集みたいな本ばかりつくってきたのだ。
これが空間になって、みんなが来てくれたら
すごくおもしろいだろう。
「星栞」はもう、本では出ないけど、
下半期をそこにおいておけば、
いわば「空間版・星栞2010」になるではないか。
そう思ったら興奮してきた。
私が興奮すると、たいてい、やばいことになる。


ここで、肝心な資金のことをつらっと考えた。
星手帳、禅語、新書、などの印税を積み上げたら、
なんとなかりそうだ、という結論に達した。
私の生活は連載の原稿料でまかなわれているので
単行本の印税は「ボーナス」なのだ。
今年はたくさん出させてもらえたけど
こんなの滅多にないだろうから、いましかない。


しかし。
私は小林さんという方を、全く知らなかった。
彼女は相田さんとは、家族経由でつながりがあるらしかったが、
私は新潟には、相田さんしか知り合いがいない。
誰かと一緒に仕事をする
ということがすごく苦手な私にとって、
このことは大きな問題だった。
でも、こんなことはたぶん
ひとりではできない。
相田さんは新潟でやりたいだろうし、
私は東京でもやりたいから
二カ所でやるとしたら
新潟は特に、私一人では絶対に無理だ。


「小林さん」って、どんな人なんだろう。
まずは、これが肝心だ。



ふたたび、私は「小林さん」という謎の女性に会いに
新潟に行くことにしたのだった。



マシンひとつあればどこにでも行ける商売でほんとよかった
と思いながら。



つづく。(つづくのか!)