石井ゆかり@筋トレのブログです。
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食。



こないだ撮った朝日。ひさびさに。


冬は遅く起きても朝日が撮れるのでありがたい(寒いけど)。



今日は日食なのだ。
日本では西日本で夕方、ちょこっと欠けたところが見えるらしい。






今日の回覧板書いていて思ったんだけど
私は小さい頃から引っ越しを重ねてきたから
人生が「旅」みたいに思えるのかもしれない。
どんどん住む場所が変わることが
全体として一つの「旅」に思えているのかもしれない。


道が悪くても先に進まなきゃいけないし
どちらが正しい道かわからなくても選ばなきゃいけないし
行きづまって引き返さなければならないこともあるし
上から岩が落ちてきて頭を打ってもだえることもあるし
おいしそうなきのこを食べて毒に当たって悶絶することもあるし
その悶絶がきっかけで、素敵な人に優しくされたりすることもある。
ころぶことも、立ち止まることもある。
怖くて動けないこともあれば、何かから逃げ出すこともある。
旅に出たことを後悔することだってある。
しばらく一つの街に滞在することもあるし
ある街に着いたとたんに、たたき出されることもある。



でも
どの街もどの道も、たぶん「まちがい」じゃないし
出会う泥棒も親切な人も、みんな必死で生きている。
自分で歩いてきて出会った人々だから
何をされても、最終的には
憎んだり恨んだりできない。



旅だから、
いつかはその場所を離れなければならないし
どんなに好きな人とも、いつかはさよならしなければならない。




そういう具合に
旅を続けているんだろう。




人間が本当に後悔するのは
おそらく
自分が自分のために何かを選び間違えたこと、じゃなくて
自分以外の誰かを傷つけたり不幸にしたりしてしまったこと、だけなんだろう。
自分のせいで自分以外の誰かが苦しんだりなにかを失ったりした、と思ったら
その思いは、後悔としてずっと残るだろう。

それ以外のことはみんな
どんなに悲しくてもいつかは
「あのことがあってよかった」とか
「あれはあれでしかたがなかった」とか
おもえると思うんだ。



だから
誰かを悲しませたり苦しめたりした、とか
誰かから何かを奪ってしまった、とか
そんなふうにおもって自分を責めている人のことを思うと
すごく胸が痛む。
その痛みは取り返しがつかない。
私もそういう痛みをいくつか、持っているから
それがわかる。
これは消えないし、消したくもない。
誰かのそんな痛みは、消してあげたいと思うけれど
自分のその痛みが消えればいいとは
どうしても思えない。
せいぜい、思うのは
「あのときに戻って、違う選択をしたい」
ということだけだ。
これがまさしく「後悔」だろう。



まあ、今、私がそう思えているだけで
それは、すごく、世間知らずでお気楽なことなのかもしれないんだけど。