石井ゆかり@筋トレのブログです。
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抜き書き。


音楽の話題となると目を輝かせるある患者は
ひとりで歩くことはむずかしかったが、
誰かがいっしょに歩きさえすればいつも完全に歩くことができた。
彼女自身のコメントはきわめておもしろいものだ。


「あなたがいっしょに歩いてくれると、
 私は自分のなかにあなたの歩く力を感じるのです。
 あなたのもっている力と自由をわけてもらえるのです。
 あなたの歩く力、感覚、感情、そしてあなたの存在を
 自分のなかに感じることができるのです。
 あなたはご自分ではそれと知らずに、
 私にたいへんな贈り物をくださっているのです」。


この患者はこの経験を、
まったくおなじではないとしても、
自分の音楽的な経験に非常にちかいものと感じている。


「私は音楽からわけてもらうように、
 ほかの人びとからわけてもらうのです。
 それが自然な動きをしている他人のからだの運動であっても、
 音楽の動きであっても。
 運動の感覚、生きた運動は私に伝わってきます。
 たんに運動だけでなく、存在そのものもね」。


この患者の発言は「接触反射」などという概念をはるかに超えた、
なにか非常に深いところを衝いている。
ここで私たちは、
接触の本質は音楽である
 - 音楽の本質が接触にあるように -
ことを了解する。


動けるようになるためには、「触れられ」なければならない。
この患者は、他人や音楽について語っていながらまさにこのこと、
つまりこの二つの存在のあいだの
神秘的な「接触」について語っているのである。

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  以上、「レナードの朝オリバー・サックス著 より。



この「患者」は、パーキンソン病を患っている。
多くのパーキンソン病患者が、
動きが凍り付いたり、意志に反して早足になったり、
足が縺れたりして、一人ではうまく歩けない。
でも、誰かが一緒にいれば完全に歩ける場合がある、のだそうだ。