石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

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「悲しいこともあるけれど 私は元気です」


って
しみじみ、いいコピーだなと思う。好きなコピーだ。


魔女の宅急便」だったかな?



・・・・って今調べたらちがった


「落ち込むこともあるけれど、私は元気です」


だった。--;)






なんでそういうふうに記憶してたんだろうなあ
すりかわったのは私の中では
そのほうがリアリティがあったからなんだろうな・・・などと


単に老化現象なのか(汗



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悲しいこともあるけれど、元気

いられるんだよね。


悲しいことを感じないでただ明るく元気だっていうのは
なんか
魅力のない日常みたいな気もする。


悲しいことや辛いことも感じていて、
感じていても、元気だ
っていうのは
悲しくないんじゃないし辛くないんじゃない。
悲しいし辛いんだけど
それでも、活動してて、誰かに笑顔を見せて、やっていけてる
っていうのは、リアルだし、ゆたかだし、
魅力的な生活みたいな気がする。


それでも
悲しさや辛さに打ちのめされて元気になれない日も
たしかに
あると思うんだけど


そこから立ち上がる、ということは
悲しさや辛さを感じなくなる、ということじゃないんだろう。


悲しさや辛さって
どんなに元気なときも
なんか
忘れたくないもんなんだと思う、どこか。


それを背負う筋肉ができるまでは
うちのめされたままでひたすら筋トレするみたいな感じなんだろう。
筋肉がついたら
その辛いのや悲しいのを背負ってそのまま歩けるようになる。


本当に悲しいことや辛いことは、
手放したくなんかないと思うんだ。
そんなに悲しむまで真剣だったことを
きれいに忘れちゃいたいなんて思えないような気がするんだよね。


たぶん、悲しみや辛さに打ちのめされて座り込んでいる状態というのは
悲しみや辛さを、そこにおいてきぼりにしないで
それを背負うための力をつけて、連れて行くために
そこに立ち止まっている状態なんだと思う。
悲しみや辛さをそこに置き去りにしないで
一緒に背負って歩いていくために
そこで、じっと休んで、力を回復しているんだろう。




なんて
いつもわたし
同じようなこと書いてるな。ははは。


これも老化現象か・・・・・・ orz





ごくかんたんな、単純な、シンプルなことばをちょっとだけ組み合わせて
それで
すごく複雑なことや、なかなか言い表せないようなことを
ふっと言ってるフレーズを読んだり思い出したりすると
めちゃくちゃ感動する。
テンションあがって、いろんな人に、口移しに広めたくなる(笑