石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

旅のまとめ。


16日から21日まで、イギリス旅行に行っていた。
鏡リュウジさんによる企画の、
英国占星術協会の年次大会に出席できる、という
とてもおもしろいツアーだった。
鏡さんのアテンドでのロンドンミステリーツアー(今勝手に命名)があったり
オプションが充実していたツアーだったのだが
カンファレンス以外はほぼカンペキに自由行動だったし
集団行動の苦手な私には、すごく有り難いツアーだった。


その間、この石井NP日記で、
ほぼリアルタイムに日記を更新していた。
最初は、ネットが繋がるかとか、
テンポラリ週報をアップできるかどうかのテストだけのつもりだったんだけど
なんとなく
イギリスなう(twitter癖)
みたいな感じになり
日々、いろいろ書いてみた。


イギリスに滞在したのは正味、たった4日間で、
駆け足の旅だったのだが
毎日、意外なほどいろんなことがあって、心動かされていた。
帰ってみて、改めて今の状態を自分なりに観察すると
「リフレッシュ」というと
何かを洗い流すようなイメージだけれど
どうも、
固い地盤に鍬を入れてほっくり返されたような、
自分の中にあるカードをシャッフルされたような、
そんな感じがしている。
まだ整理は全然ついてないんだけど
ざくざくいろいろなものが引っ張り出されたり放り出されたり
そんな感じだ。

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カンファレンスまでの行程についてはリアルタイムにいろいろ書いた。
で、カンファレンス当日の模様についても
その翌朝、寝不足状態でばーーーーーっと書いたのだが
あまりにも内容が乱暴だったので
とりあえず、4日目の記事だけ、消した(爆
一番下に「たぶん消すと思います」と書いてたんだけど
皆さんに「消さないで!」といって頂いて
ありがたかった。
ただ
私は、確かに、そのとき見聞きしたままのこと、感じたままのことを書いたんだけど
その前後とか、バックグラウンドとかを端折りすぎて書いたせいで、
発言した方の真意が伝わってなかったり
誤解を生む部分もあったな、と思ったので
消そうと思った。


ネットのリアルタイム性というのは、とても面白い。
私はそれが、たぶん、好きなんだと思う。
タイムラグはいくらかあるんだけど
およそ同時に何かを見たり伝えたり反応したり、というのが
なんか
子供の頃、トランシーバーや糸電話にものすごく興奮したように
ワクワクしてしまうんだと思う。


でも、一方で
情報や知というのは
ちゃんと検証したり整理したりされ、かつ
自分のなかにある形で根っこを下ろしたところでないと
抜けもれがとても多くなる。
そして
不完全な情報や知は、誤解を生む。


リアルタイムである、ということは
それを表出させるまでの時間がとても短い、ということだ。
でも、ある種の発信や表現は
思うんだけど
絶対的な「時間」を必要とするところがある気がする。


たぶん私は、今後少なくともしばらくは
リアルタイムで出して、それをあとで消して
ということを
やらかし続けるんだと思う。
リアルタイムで生き生きとしたものをみんなに見せたい!という思いと
できる限り、誤解や行き違いを生みたくない、という思いの
両方が、そこで、作用している。


頂いたコメントは全部、保存した。
本当にうれしかった。ありがとうございました!


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カンファレンスでは、
3つのレクチャーに参加した。


今年は、土星が天秤座に移動する。
そして来年、天王星牡羊座に移動する。
土星天王星は、去年から180度という形を作りまくってきていて

今年から来年も、幾度かその形が繰り返される。
この出来事は、星占いの上では、とてもインパクトの強い形だ。



この3つのレクチャーを受ける中で
すごく面白くて楽しかったのが
3つとも、
その瞬間のホロスコープを読むことから始まった、
ということだった。
つまり、講師の先生は、レクチャーの冒頭で、
まず今この瞬間・この場所のホロスコープをプロジェクターに映し出して
「今、私たちがいる時空」
についての解釈を簡単に、やるのだ。


ホロスコープ
全ての瞬間に描くことができる。
いま、この時間
の星の位置をマップする図が、ホロスコープなのだ。
たとえば、地球上の時空はすべて
ホロスコープが無限に重なった金太郎飴みたいにイメージできるわけだ。
いつでも、ぱつんと輪切りにすれば
その断面が、その時空を映し出している。
それが
ホロスコープの思想だ。


土星天王星の解釈の話をしながら、
私たちはまさに、土星天王星180度の時空を生きている。
これは、
「そうしたい」
と思ってできることではない。
その星の時間を生きているということは
あらゆる意味で「得難い」ことなのだ。


実は私も、カルチャーセンターでレクチャーをするときなんかは
最初に、その時間のチャートを描いてみることがある。
13時スタートの大阪中之島会場だったら
その瞬間のチャートを描いてみるわけだ。
そうすると
なんだか、そのレクチャーが面白くなってくる。
そこで話すことの意味が
わかるような気がするからだ。


やっていることの意味、
起こっていることの意味。
私たちはそこに
誰かの意図を見いだしたい。
神様がデザインしたであろうはずの世界、
その文脈と意義を探りたい。
人間は無意識に、やっていることの意味を見いだそうとする。
でも、その
「意味」
って、いったいなんなんだろう。
これは、考えれば考えるほどわからなくなる。


意味がある、とか
意味がない、とか
それを、我々はどう判断しているのだろう。


おそらく
自分と外の世界
自分と他者

つながっているかどうか
ということに
収斂してしまうんじゃないだろうか。


つながりが感じられる時「意味がある」と思える。
世界と自分が切り離されているとき
そこでは、「なんの意味もない」と感じられる。
誰かが自分を必要としてくれたとき
自分には意味があるように思える。
でも
誰も自分を必要としていないのだと思ったとき
自分をとても空疎に感じる。


自分は空の星が刻む時間の中に生まれ
その星々は自分の物語を指し示している。
ならば
星々と自分は繋がっていて
世界と自分は繋がっていて
自分には、意味がある。


この、原初的な、直観的な希望が
ホロスコープの最大の魅力なのだろう。


レクチャーが始まる。
まず、レクチャー開始時間のホロスコープをみんなで読む。
もちろん、これは講義の内容に直接関わるものではないので
さらっと流れる。
でも、みんなすごく楽しそうに笑うし
私は、「あ!まだ消さないで!もうちょっと見たい!」と思ってしまった。



昨日、やっと、講義のメモを起こしたのだが
改めて見てみて、わくわくした。
こんなふうに、生き生きと象徴の話をすることが
許されるのだ、という思いがずっとしていた。


カンファレンスのあとに、
グランドディナーがあって、
そのあとは、施設にあるバースペースで
ビールを飲んだりしていた。
ひとしきりいろんな人と話をしたりして
だいぶ遅くなってから
ツアーの参加者数人と一緒に、会場を出た。
宿泊施設と会場は少し離れていたので、
一度外に出て、歩かなければならなかった。



私が敷居をまたいで一歩、建物の外に出た瞬間。


ばちん!
と大きな音がして、
建物全体の光が消えたのだ。


ブレーカーが落ちたらしい。
すぐに、明るくなった。


でも、まるで私が何かのスイッチを踏んだみたいに明かりが消えたので
なんだかすごくドキドキした。


そのとき、ふと
マギー・ハイドさんのお話を思い出した。
象徴の解釈のお話だった。
前回のグレートコンジャンクション木星土星の会合)のとき、
彼女は友人を招いて、ガーデンパーティーをしていた。
そこはガラス張りの、庭に張り出した温室のようなスペースだったのだが
その日は天気が悪く、突然、嵐になった。
雷が凄まじく鳴り、近くに落ちた。
しばらくして嵐が収まって、
みんなで外に出てみると、
コンフリー」という植物のブッシュ(茂み)が、
完全に打ち倒されていた。


この「コンフリー」という植物は、
ニットボーン(骨接ぎ)とも呼ばれ、
古くから薬草として利用されていた。
(弱いがアルカロイドを含むため、最近は使われないようだ)



骨は、土星の象徴するところだ。
雷は、木星の象徴するもの。
そして、このグレートコンジャンクションは、牡牛座で起こっていた。
彼女はこの一連の出来事を見渡して、
象徴を解釈した結果
「そうだ、不動産投資をしよう」
と思い立ち、それでけっこう成功した、というオチの話だった。
彼女はすばらしくユーモアに溢れる方で
レクチャーのあいだ、私たちは何度も笑った。


パーティー、電気。
なんとなく韻を踏んでいるな、と思った。
帰ってきてから、
ほんとうに韻を踏んでいるなら
なにか植物の記憶があるだろうか・・・と思い
あれこれ思い起こしてみて
思い当たった。


カンファレンスに参加した翌朝、
少しだけ時間があったので
会場の周りを散歩してみたのだ。
そこは、ジムやゴルフ場のある、
芝生の広がる広々とした施設で、
バラのゲートがあったり、そこここに花が植えられていたりと
とてもきれいなところだった。
秋の冷たいきれいな空気と、薄い雲の合間から射し込む朝日の中を
いい気分で歩いた。



うろうろしてるうちに
建物の裏側に、ちいさな沼のようなものを見つけたのだ。
水面が一面、水草に覆われていて
鱗のように輝いていた。
その中に、蓮のつぼみを見つけた。
真っ白な蓮の花弁がちょっとだけ開いてるものあった。


そのタイミングのチャートを描いてみたら
アセンダントは天秤座、1室に天秤座の月を抱いていて
ルーラーの金星は11室、
獅子座の29度キワキワに位置していた。
月は、MCルーラー。


蓮の花は、朝早く咲く。
だけど、この蕾が閉じた後なのか、
それともこれから開くのか、
私にはわからなかった。


ただ、このとき
わけもなく、蕾を確かめるようにじっと凝視していたのは
それが、命を失って枯れおちようとしている萎んだ蕾なのではなく
明日の朝もまた花開く、生きた蕾なのだ
と感じたかったからだ。
そして、その蕾は明らかに
明日の朝も開こうとしている、と思えた。


今これから花の形を見ることができるかどうかはどうでもよかった。
今日、咲いたあとなのか咲く前なのかは、どうでもよかった。
大事だったのは、
明日も明後日も咲くかどうかだった。


それはどう見ても
生命力を燃やし尽くして消えようとしている姿ではなく
前日よりもより鮮やかに清新によみがえることを約束されている姿だった。


何か私は、未来を予感していたのかもしれなかった。
それがなんなのかはわからないんだけど
何かが終わりかけていて
何かが始まりかけているんだと
なんとなく思った。


でもそこには
ある、決して変わらない何かがある。
それは、何千年もの時間を耐える蓮の種のような力を持っている。


いつだったか聞いた、
正倉院だったか、平等院だったか、
どこかに残されていた古い古い蓮の種が千年以上の時間を超えて花開いた
という話。


蓮は、よみがえる花なんだろう。
仏様は蓮の花の上に座っている。


    • -


カンファレンス翌日にはバスに乗り
そのまま、空港に向かった。
ヒースロー空港の第5ターミナルから出発、だったのだが
ガイドさんがいうには
「このターミナルは最も新しいんですが、
 できあがってしまってから、
 出発階にアクセスする道路が、
 バスの重みに耐える強度ではないということが判明しました。
 で、下の到着階にバスを着けて、
 そこからエレベーターで上がって頂きます」
ということだった。


イギリス人の大雑把さということを
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20090918/p1
この、2日目の日記に書いたのだが
そこまでやるとは。。。。おそるべし、大英帝国(爆




帰りの飛行機では
ワインが美味しく
絶対、頭を殴られたように寝るだろう
と思っていたのだが
不思議と寝付けなくて
どうも、困った。


最寄り駅についたとたんにipodのバッテリーが切れたのも
なんだかすごく印象的だった。



実は、あと1つ、とっておき!!!のネタがあるのだが
これはもう、あまりにもとっておき過ぎて
まだ勿体ないので
どっかで後日書こうと思う。
私としては今回の旅の一番の山場だったのだが。。。。



ふふふふ(と勿体ぶってみる



リアルタイム日記にたくさんコメント頂いたので
なんか、みなさんと一緒にいってるみたいな気もしていた。
だから
お陰様ですごく楽しかったです。
ほんとにありがとうございました!!!!!