石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

open


大好きな人に思いを伝えたら、
ごめんね、って言われた
けれど
その人のことを嫌いになんかなれなくて
やっぱりずっと好きなままでいる。


そういう自分を、女々しいのかなともおもうけど、
でも、
振られてもやっぱりそういうふうに思えるほどの人を好きになったんだ
という自分の目には誇りを持っているのです


その人が断るだろうということも
どういう断り方をするかも
なんとなく想像がついていました
でも、その全体のその人が、弱かったりきれいだったりして
今もやっぱり、好きなんです
断り方や断ってくれたこと自体も、好きなのかもしれないです


ユーザの方から、
以前、そういう内容のメールをもらった。
2年くらいまえ。






振られるというのは
プライドが傷つくのだ。
それは、ハッキリ言われるのでもフェイドアウトでも同じことで
自分がそんなにも惹かれた相手に
「貴方には惹かれません」と表明されたら
自分はそんなに無価値なのかな

自尊心が痛むのだ。


だから、振られたあとは、
「その程度の人だったんだ!」
みたいに思いたくなることもある。
そうすれば、自尊心を傷から守れる。
痛みに耐えかねて、
昨日まで好きだと言っていたその相手を
口を極めてののしってしまう人もいる。
実際、思いを伝えて拒否されて初めて
自分が相手の一面しか見ていなかったことに気づかされることも
たぶん、あるんだろうと思う。
相手から拒否されて、
「あの人を嫌いになろう」と思った瞬間、
今まで見えていなかった欠点や醜いところがぞろぞろ見つかる、なんて
そんなことももしかしたら、あるのかもしれない。


人間の気持ちは単一じゃなくて
いい加減なことをしたり、情に流されたりするし
一貫性がない場合もある。
一貫性のなさや嘘を見抜けない場合だって多々ある。
嘘を暴けなければ相手を解ったことにはならない
ということではないだろう。
だけどたぶん
ウソをついてしまうような人にはどこか
特有の弱さがあって
それは、嘘以外の部分にも
なんとなく、現れてしまうことはあるかもしれない。
恋をしていてそういうものを見抜くのは至難の業だ。
それは、「できれば見たくないところ」だからだ。


一方、そういう弱さそのものを愛している場合もあって
そのときは、ウソをつかれたりしたら
辛いけれども、何となく納得してしまうところがある。
ふっとためいきをついて
ああ、あの人だったらそうするんだよねえ、わかるわかる
みたいになる。



相手自体を好きだというよりはむしろ
自分が欲しいものを相手に重ねて見ている、
ということもある。
そういうときは、
相手の拒否は、正しい。
自分自身を見てるんじゃなく、なにか違うものを見てるのだ
と、勘づいているのかもしれないからだ。
どんなに情熱的に告白されても
相手が自分以外の何かを自分に重ねて見ているだけの時は
うそさむいような空疎な感じがするものだ。
自分の顔を見つめる相手から、違う名前で呼ばれるみたいなことだ。


相手を見つめるとか解ろうとするとかいうことは
なんとむずかしいことだろう。
人間は、よくわかりもしない相手に入れあげることができる、というか
よくわかっていないということが理由で、好きになることができるのだ。
好きになったらもう
もっと好きなところや
自分に対する優しい態度や
自分を愛してくれそうかどうかということしか目に入らない。
相手のほんとの姿など
どうでもよくなってしまったりする。


なのに。


相手が自分を拒絶するだろうということもなんとなく解っていて
でも、そこもふくめて、好きなのだと思う


と言えるのは
私にはとても、負け惜しみには思えなくて
この人は、その相手を
ほんとにずっと好きでいることができる、のかもしれない
と思えた。


そういうひとは
怖くても、目を閉じないでいられるのだ。
ヒーローものとかに良く出てくるあれだ
目の前まで刀の刃が振り下ろされても弾丸が目の前をかすっても
目を閉じないで、間一髪でよける
というシーン。
その人の強さを表現するためにそういうシーンが描かれるが
恋をして相手をそれでも見るということは
たぶんそれに近いんだろう。
真剣白刃取りができるってことなんだろう。
怖くてもその白刃を見るのが
目を閉じない恋なんだろう。


人間は、怖ければ、目を閉じる。
恋をすると不安になるしコワイから、目をつぶる。
そうすると
相手を見ることはもう、できない。
でも、愛するときは
人は相手を見なければならない。



久しぶりに、その人からメールが来た。
結婚します、というメールだった。
相手は、あの人だった。



なんか、弾けるようにうれしかった。