石井ゆかり@筋トレのブログです。
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12th-SNさん chap.1


インタビュー企画、12人目にお話を伺ったのは、SNさんだ。
彼女は、私の亡父と同世代の女性である。


SNさんとは、2年前からやりとりがある。
だから、彼女のプロフィールや今のお仕事のことなど
大雑把にだけれど、だいたい知っていた。
SNさんは、私の占いをネットで読んで、メールを下さり、
その後、あれこれ会話を重ねてきたのだ。


SNさんはかつて、大企業の第一線で颯爽と仕事に打ち込む、
キャリアウーマンだった。
同世代で活躍する女性の数は未だ少なく、
男社会の中で男性と肩を並べて闘ってきた。
仕事に打ち込み、打ち込みすぎたあかつき、
とうとう、体をこわしてしまった。
まだ40代だった。
その後しばらく静かに潜伏し、
十数年後、全く違う輝き方をすることに決めた。
そんな激動の人生のことを、私は少しだけ知った上で、
SNさんにインタビューを依頼した。


このSNさんの稿は、最初から、2つに分けて書こうと考えていた。
そこで、実際にインタビューをしてみて
やっぱり2つに分けて書くのがイイと思った。
従ってこの稿は、2部作の第1部ということになる。




SNさんは、九州出身である。
色白の美女だが、どこかきりっとした強さを感じさせる人だ。
その強さのなかに、ある種の華やかさがある。
夏の夕闇に浮かぶ真っ白な鉄扇の花のような、
ぱっと人を惹きつける響きがある。
九州の女性の、静かだけれども決して曲がらない芯の強さを見ると
九州男児」がなぜ「九州男児」であり得るのかがわかる気がする。
SNさんの雰囲気には、そういうしなやかな華やかな強さが
くっきりと刻み込まれている。


SNさんは高校を卒業後、東京に本社を構える大企業に就職し、
幹部候補生として研修を終えた後、本社勤務となった。
当時、幹部養成研修を受けた同期数百名のうち、女性はたった2名。
女性のキャリア育成に力を入れていた上層部にとっては
彼女は期待の星だった。
三十代は、本当に仕事に打ち込んだ。
女性登用に積極的な上層部と、
女性だから優遇されていると妬む周囲の男性社員の狭間で
相応のプレッシャーとストレスにさらされた。
国会答弁の作成や予算関係の仕事に携わった時期は、
とにかく徹夜が多くてきつかった。
でもSNさんは、仕事が大好きだった。
仕事は、とにかく楽しかったですよ、
自分が書いたものが通達として全国各地に伝わっていくんです、
仕事は、本当におもしろかったですね。


かくいう私も、企業に就職して仕事をしていた時期がある。
朝も夜もなく仕事に打ち込んでいた頃がある。
だから、仕事がおもしろい、というその感じは、よくわかる。
私も、仕事がおもしろかった。
私が携わっていたのはシステム開発の仕事で、それもわずかな期間だった。
「新人」に毛が生えたような状態でやめてしまったから、
彼女とはジャンルもキャリアも全然違う。
でも、社会の中で自分の力が意味や形をなしていく手応え、というのは
そんな短い浅い経験の中でも、強い快感を伴って記憶にある。
大人たちが自分のやったことを本気にしてくれる嬉しさ、
多くの人の中で自分の発言が意味を持つときの快さは、
常にその「次」に向かう動機になった。
この快感は、一時的な、個人的なものではなく
あくまで「他者」や「社会」と結びついていて、
ゆえに、重みがあって消え去らない。
たとえば、ギャンブルやゲームをして得る快感は
確かに「快感」なのだけれども、
そのあと、我に返るとどこか、虚しいのだ。
快さがすうっと消えていき、また元の空腹感がよみがえる。
その波が引いていくときに、生ぬるい灰色の疲労を感じる。
だが、仕事をして感じる快感には、そんな虚しさはない。
なぜなら、そこには「他者」がいるからである。
もっと言えば
そこには、他者の「生活」が関わっているからである。


さらにこの時期、彼女は、結婚もした。
結婚して、子供も産んだ。


彼女には、少し厄介な持病があった。
だから、子供はできないかもしれない、と思っていたが
思いがけなく授かった。
授かっても、医者には
「母子の生命は保証できない」と言われた。
ひどいこというでしょう? と彼女は笑った。
でも、授かったのだから産みたい、と思って、産みました。
周囲は、仕事は辞めてほしい、と言いました。
私もそうしようかなと思っていたのだけど、
もう少し、もう少しだけ、って、結局続けてしまった。


周囲は、仕事を辞めて欲しいと思っていたようです。
でも、私はやめませんでした。
といって、主婦がいやだったわけではないんです、
主婦をやっていれば主婦のプロだったと思う、
なんでも凝り性だからね、私は。
それに、九州男児の夫に妻らしいことを満足にしてあげられない、という
後ろめたさもありました。
当時はベビーシッターなんていう言葉も仕事もなくって、
「お手伝いさん」です。
お手伝いさんをたのんで、子供のこともみんな、任せて、
それで仕事してました。
子供は寂しかったと思う、かわいそうでした。
親はなくとも子は育つ、じゃないですけど、
娘はほんとに自分で立派に育ってくれて、
有り難いです。


彼女の言葉を聞きながら、私は、
膝の力が抜けてしまうような、妙な感覚を味わっていた。
なぜなら、
彼女の言葉や表情には、まったく「怒り」がなかったからだ。


かねて、「家庭を持って働く女性」の多くから、
私は「怒り」を受け取ってきた。
したいことがおもうようにできない、全てを期待されて全てに答えられない、
なぜ自分だけがこんな罪悪感を感じなきゃいけないのか、という
自分の体の中にある制度に対して自分で反抗して自分を懲罰しているような
堂々巡りの、やり場のない怒りを、
私は、占いの活動の中で、幾度と無く受け取ってきた。
そういう怒りに、私も共感して、怒りを感じてきた。
だけど、SNさんの話には、そんな「怒り」はかけらもなかった。
彼女の「やってきたこと」への評価も、「できなかったこと」への悲しみも、
みんなフラットで、ありのままなのだった。


「仕事をする」ということと、
「母」「妻」という家庭制度における女性の役割。
一方を果たそうとすると、一方が果たせない。
このことについて、SNさんは、ごく自然な思いを語った。
同じ立場におかれた女性の多くと同じ、もどかしさと悲しみがそこにある。
仕事への意欲やそこで感じるやりがい、
その一方で、家族との時間を失っていく不安や虚しさ。
そのはざまで、多くの女性が葛藤する。
幾多の女性が、「世間の常識」や社会制度の理不尽さに怒り、
一方でそれを背負いきれない自分を責め、それを交互にくり返し、
見えない水槽の壁に自分からゴンゴン頭をぶつけるみたいな
虚しく鈍い頭痛に苛まれ続けているように、私には見える。
しかし、彼女の話のなかには、それがない。
どうして、というあのじりじり焦げ付くような怒りが見あたらない。
できなくて申し訳なかった、と思う、という、それだけ。
子供は寂しかったろう、可哀想だった、という、悲しみ、それだけ。
このさわやかさとやわらかさは、いったい何なんだろう。
それは、なぜなのだろう、という疑問が私の頭にこびりついた。


主婦がいやだった、というのではないんです、
と言ったあと、
SNさんはゆっくり、自分の思いの糸をたぐっていくように語った。


主婦は主婦で、徹底していけば、それで良いんだけど、
評価、というかね、
夫や娘が評価してくれればいいんだろうけど、それしかない。
内助の功で、夫や娘をもり立てて、
それでいいのかもしれないけれど、でもね。
夫の尻を叩きたくないじゃないですか、
夫の昇進や娘の学歴を自分の評価だと思って自慢する人もいるけれど、
そうはなりたくなかったんです、
自分で羽ばたきたかった。
自分が社会に羽ばたきたい、と思っていたんですね。


多くの人と関わり、その人たちの生活に関与し、必要とされ、活躍する。
そういう「場」が、かつては家庭やコミュニティの中にあったのだ。
家族も人数が多かったし、それ自体がひとつの「社会」だったのだ。
核家族化が進んだ現在、
「家庭に入る」ということは、多くの場合、
「他人とあまり会わない状態になる」ことを意味する。
「仕事をして、他者にコミットする」機能が
どんどん家庭から失われていったのだ。
主婦という役割への社会的評価は、
家族という単位が社会的広がりと窓口を剥奪された段階で
一緒に失われてしまった。


子育ても家事も、実際、社会的に重大な意味を持っている。
その社会性についての「手応え」は、現代の日本では、薄い。
私にはそう見える。
問題は、家の中に閉じこもっているかどうかではなく
自分のやっていることが社会に参加していると感じられるかどうか、なのだ。
人間は、他者からの手応えなしに何かを信じることはできない。
その手応えが感じられているかどうか、が問題なのであって
どこで何をしているか、主婦か会社員か、が問題なのではないのだ。
「他者の集団」から必要とされ評価されている、というその手応えの有無だ。
企業や資本の経済活動の中で仕事をするほうが向いている人もいる。
公的機関やNPOなどで活動するのが向いている人もいる。
家庭や個人的な人間関係の中で活動するのが向いている人もいる。
適性という問題は勿論ある。
多くの人を相手にして手応えを得る人もいれば、
数人と密接な関わりを持つことに手応えを感じる人もいる。
でもいずれの場合でも、
「自分がやっていることの意味」を感じられるような「手応え」が
必要なのだ。
「手応え」は、他者との接触の中に生まれる。
「手応え」を生み出すには、受け取る側と与える側の双方の手のプッシュ、
その強さが、バランスしなければならない。
どちらかだけが強くても、どちらも弱くても、「手応え」は生まれない。
打って、響かなければならないし、
響いたら、打ち返されなければならない。
誰か1人が「悪い」のではない。これは犯人捜しにはならない。


私はかつて、結婚を機に会社を辞めた幾人かの女性と、
話をする機会があった。
「社会と切り離されたように感じた」とか
「自分の価値がなくなったように感じた」とか
彼女らからはそんな言葉が常に、流れ出てきた。
そんなとき、私はいつも、
もどかしいやるせなさと、一つの疑問を感じていた。
人間が「そこにいてもいい」ということは、
一体どういうことなんだろう、と。


この疑問は、あくまで、私の個人的な問題だ。


とはいっても、と、SNさんは、
テーブルの上の、コーヒーカップのソーサーを手に取った。
私はね、このお皿のふち、ギリギリまではがんばるんですけど
それ以上は行けないんです。
溢れちゃったら戻ってこれないんですね、粘りがないというか。
ふちいっぱいになるまではやるんですよ、
でも、それ以上は、私はやらない。
もっと行く人もいます、家庭があっても、
会社に泊まり込んじゃう人もいるし、
一人で海外に長期出張に出る女性というのはいます。
私もそうしたいな、と思ったことはいくらもあります、
でも、やらない。私にはできないんです。
やるかやらないか、なんですね。
できる人はできるし、できない人はできない。
それは、選択なんだと思います。
結局は自分の選択だと思う、
一瞬一瞬が選択なんだと、
「選択する人間」というのが、厳然とそこにいるんだと思うんです。


「選択する人間」。
できるかできないか、やるかやらないか。
SNさんがここで言おうとしていることを
私はインタビューのあと、しばらく考えていた。
「選択する人間」が、そこにいる。
SNさんが言う「できるかできないか」というのはもちろん、
外的な状況のことではない。
条件の制約ではない。
そうではなく、自分のいわば「内なるもの」が
自然にそのことを納得しているか、というそのことなのだ。
できる人には、そのことが最終的に、できる。
内側からそのことが可能になっている。
でも、できない人は
どんなに状況がそれを許しても、できないことがある。
「できない」というのは、
能力や条件のことではなく
その人の「内なるもの」がそれを目指していない、ということなのだろう。
この「内なるもの」は多分
様々な呼称で呼ばれている。
「勘」とか「直観」とか「本音」とか「腹の底」とか「魂」とか。
これらが見えなくなったり、これらを無視したりするとき、人は
できないことをやろうとしたり
できることをやらなかったりしてしまうのだろう。


そこに、「選択する人間」がいる。
SNさんは、選択してきた。
進路を決め、働き、結婚して子供を産み、なおも働いた。
そうしてキャリアを伸ばしている矢先、
SNさんは、病に倒れた。
抱えていた持病の容態がある日、急変したのだ。
それまでの生活がその日を境に、文字通り、一変してしまった。
退職を余儀なくされ、日常生活もままならない体になった。


病に倒れた後、SNさんは精神的に打ちのめされ、
更に他の難しい病を得て、長い療養期間を余儀なくされた。
しかし、その後十数年をかけて、再度、彼女は立ち上がった。
地域コミュニティに活動団体を作ったり、
各地で講演活動をしたり、会社経営を始めたりして、
積極的に社会に参加し、社会からも参加を強く求められる、
SNさんの、忙しい今の生活がある。


「選択する人間」。
この言葉が、私の中で何回か繰り返された。
この「選択」とはいったい、
なんなのだろう。
「選択を誤った」と人が言う時、それは
過去にあることを期待して行った選択が
未来において期待通りにならなかった
ということを意味している。
「選択」は通常、「未来」を目指して行われる。
「未来」を選ぶのが「現在の選択」である
というイメージがある。


でももしかしたら、それは、間違っているのではないだろうか
という問いが、私の中に生まれた。
「選択」は、未来の成功を「選び取る」ということとは
違うのではないだろうか。
人生の途中で、特に、病に倒れた頃には、
「選択を誤った」
という思いがSNさんの中にも、あったかもしれない。
でも少なくとも今は、
SNさんのなかに、「選択を誤った」という気持ちはないような気がする。


「現在の選択」は、たしかに、未来につながっている。
でも、未来を、まるでくじでも当てようとするように選ぶのが
「現在の選択」なのだろうか。
少なくともSNさんは、
そういうふうに「選択」してきたのではなかった。
そして私には、それが正しいように思えた。


人生における選択。
私はしばしば「岐路に立っている」と感じている人に出会う。
その人は、何かを選ぼうとしている。
「岐路」という言葉にはおのずと、「道」のイメージが含まれている。
「道」とはつまり「未来」に続く「道」であり、
「行き先」を選ぶという意味なのだ。
でも、ここで選ばれるのは本当に「行き先」なのだろうか。



SNさんは、その半生を手記にまとめていた。
その原稿を、インタビュー後に送って頂いた。
私はこの稿を半ば書き進めてから、
SNさんの原稿を読んだ。


この稿は、次の章に続く。
http://d.hatena.ne.jp/iyukari/20080708/p2