石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

cooldown



大好きな川の夜明け。



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気合い入れ過ぎちゃうとダメなんだ、
感動しすぎて「うおー!やるぞ!」とかなると
絶対空回りしてコケて続かないんだ。
子供の頃からそうだったから
最近は解ってきて
気合いが入りそうになると
ちょっと斜に構えて
いやいやいや
とか苦笑いしたりしてクールダウンする。




うまくいかないかも、とか
失敗してもまあ、いいか、とか
そういうふうに思ってる時の方が不思議と上手にできたりする。
料理も掃除も仕事も人間関係も、なんでもそうだ。
ぜったいにうまくいかせようとか、
完全に成し遂げようとか気負うと、うまくいかない。



これは個人差があると思う。
たぶん、自分を追いつめた方がうまく行く人もいるし、
燃えてこないと何もしない人もいるだろうし、
締め切りすぎてからじゃないといいものが書けない人もいるだろう。
ビギナーズラックもいれば、遅咲きの花もある。
私の場合は、夏休みの宿題は
7月中に7割処理して
あとの3割は8月の末にちょっと焦りながらやる
っていう感じだった。
ときどき、ちょっと残ったりしてた。



多分、必要なのは
自分のそういう「うまくいくパターン」っていうのを
どっかでとらまえておくことなのかもしれない。
私の場合はたぶん
ちょっとめんどくさいなとか思いながら何となく着手したら
いつの間にか夢中になってやっていた
というのが一番多い、成功パターン、かもしれない。


今、なんかへんに
ものすごく気合いが入りそうになったから
こうやってクールダウンしたり、するのだった。ふ。



肩の力を抜かないと
何も見えないんだよな。
たとえば、剣術の名人とかは、切っ先が鼻に当たりそうでも目を開けてられたりする。
本当の強さって多分そういうことなんだ。
これはチキンゲームじゃなくて
怖がらないで目を開けて、ちゃんと見てるから
その切っ先が自分を貫くか、その前に止まるかが
見て取れるんだろう。
わかれば、こわくない。
わかんないか、わかんないとおもうか、目をつぶってわかろうとしないか、
そういうときだけ、こわいんだ。



池波正太郎の「剣客商売」に
剣術の修行に入るとき、まず、柱にくくりつけられて皮膚を浅く、いっぱい切られる
というシーンが出てくる。
感覚的には「ははあ」と思えるんだけど
それっていったいどういう意味なのかな
といまいち、わかってなかったのだが
つまりそういうことなのかな、と思った。


というのは、
切られるってのはこういう痛さなんだ、こういう感じなんだ
というのを、疑似体験することで
不要の恐怖心をそぐのかな、ということだ。
危機管理は大事だけど、
過剰な危機感はむしろ、人の行動力を制限してしまう。
危険や危機に関する感覚を整理することで
本来その人が持っている勇気が自由になる。


苦しいときに、やっておかなきゃいけないことがある。
今、苦しいじゃん、苦しんでもそこそこちゃんとやってるじゃん、
と思うことだ。
苦しい時は、ここぞとばかりに
苦しくても、苦しいことが起こっても、
こういうふうにちゃんと大丈夫なんだ、と実感しておければ
それはすごい財産だ。
そう思った経験があれば、苦しいことが来るのが怖くないから
目を開けてみていられる。
目を開けてみていれば、危険は減る。
もっときれいでおもしろいものが見える。
苦しいのは苦しいけど
苦しいのは怖くないんだ。




こないだから同じようなことばっかり書いてるなあ・・
でも考えるのってそんなに、
さくさく前に進んだり完了したりしないよね。
私は書きながら考えるんだけど
小説家も同じモチーフを何度も何度も書くし
画家もそうだとおもう。



くりかえしくりかえし。


それだってたぶん意味があるんだ。
画家が手だけ何度も描いてたデッサンみたいに。



おなじなんだけど、
わずかにちょっとずつ、かわっていく。