石井ゆかり@筋トレのブログです。
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8th-Wさん


インタビュー企画、8人目は、Wさんという女性にお願いした。
11月半ば、飯田橋で待ち合わせた。
神楽坂の「マンジウ・カフェ 麦マル2」でお話ししよう
と考えたのだ。
でも、いっぱいで入れなかった。
しかたなく、神楽坂をとって返して
コーヒーショップに入った。




Wさんは目の表情がとても印象的な方だった。
大きく見開かれていて、
広々した春のキャベツ畑みたいに明るくかがやいていた。
明るくて、菜の花も咲いていて、モンシロチョウが遊びに来る。
ゆたかで、物成りの良い、のびのびとした畑。
種をあたためて励ますような、
生き生きした意志がじわーっと伝わってくるようなイメージの方だった。


頂いたWさんの名刺には、その肩書きとして
「染・織」
とだけ書かれている。
Wさんは、和服の布地を、
糸から染めて織り上げることを仕事にしているのだ。
それは、友禅などのような、
模様や柄を描いて染め付けるものとはちがう。
まず絹糸を草木染めで染め上げて、
それを織りかさねて、色合いを作り上げていくのだ。


今日はカッパ橋からの帰りなんです、
と、Wさんはビニール袋から何かを取り出した。
それは、おたまだった。
業務用の、柄の長い、たまの大きな、
おたまのおばけみたいなやつだった。
これで染料を量るんです、おたまの部分が計量カップになっていて
とてもつかいやすいんです、とWさんが言った。


Wさんは芸術系の大学を中退し、
その後ギャラリーなどに就職した後、
このお仕事を専業にされた。


呉服屋さんやエンドユーザの要望を聞き、
イメージを固め、そこから色を考え、計画を立て、
糸を染めて、機ごしらえをして、織り上げていく。
この行程を、一人で全て行う。
反物が一つ完成するまでに、全部で二ヶ月くらいかかる。
自宅アパートを工房にして、
毎日毎日、同じ作業に没頭する。


同時並行で織ったりするんですか、と尋ねたら、
機はたしかに、2つあって、
同時並行でやってみたこともあったけれど、
難しかったです、という答えだった。
どうも切り替えが悪いらしく、並行はなかなか難しいんです。


昔、まだみんなが着物を着ていた頃は、
多くの工場が、作業を細かく分業してやっていた。
時代が下がって、着物へのニーズが減ると、
分業が進んでいた産地ほど、廃れてしまった。
なるほど、そうだろう。
分業は、大量生産には向くけれど
小ロットの受注生産には向かない。
Wさんは、営業から受注、卸、販売まで全部一人でやっている。


Wさんのお仕事の行程は、ざっとこんな感じになる。
まず、はじめの一週間は毎日、デザインとか計画に取り組む。
次の一週間は、毎日、染め。
それから機ごしらえに一週間かけて、
そのあと、織るのに
これも毎日、10日から2週間ほど。
この、織る作業にはいると、
毎日毎日同じことをやる、という感じになります、とWさんは言った。


一日中、一人で、誰とも口をきかない日もあります。
でも、銀行に行ったりデパートに行ったりして
そこで働いている人たちの姿を見ると、
ああ、やっぱりこれはできない、と思うんです。



私もその気持ちはすごくよくわかるので
大きく頷いた。
私も、大学卒業後、普通の企業に正社員として就職したけど
2年も続かなかった。
その後も、契約社員派遣社員、バイトなどの形で
いくつかのIT企業で働いたけれど、
どこも、長続きしなかった。
といって、べつに、問題を起こしたとかそういうわけではない。
人間関係も、どこでもおおむね良好だったし、
仕事も、嫌いではなかった。
だけどどうしても、続かないのだ。
なにが、ということはわからない。


「わからない」うちはほんとうに辛かった。
自分を責めることもあったし、もどかしかったし、
人のせいにしたくなったり、逃げたり、
いろんなもがき方をした。
占いだったけど「テキストを書く」ということが、
一日のミッションの大半を占めるようになってやっと
「たどりついた」
という気がした。
他の人と比べてうまいかヘタかということはこの際、関係ないのだ。
人と比べてどんなにヘタでも、これしかできないんだ、
ということが
占いとはいえ、文章を書くことを仕事にしてみて、はじめて解った。


Wさんは、昔から、何かを作りたいタイプだった。
手を使い、自分のなかにあるものを形にしていく。
形にしたものを、目の前に置く。
そういうことが「何かをつくりたい」ということなのだろう。


機械織りと、手織りの布とでは
やはり、違いが出る。


手で作ったものって、どうしても「重く」なりがちなんです、


とWさんは言った。


手で織ると、手のあとがどうしても残ります、
でも、私は、「いかにも手織りです」という感じにはしたくないんです。


Wさんの仕事は、まず「承ける」ところから始まる。
実際にその反物で作った着物を着る、その当人や、
着物を売る呉服屋さんと話すのがスタートだ。
イメージを聞き、好みや要望、用途などを聞き、
ニーズを固めて、そこからデザインを考え、計画を立てていく。
「使ってもらうものだから」
という言葉も、Wさんのお話には何度も何度も、出てきた。


他人様が使って下さるということ、まずはそれが大事なんです。


着る人や呉服屋さんが喜ぶものを作りたい。
できるだけ、手のあとを残したくない。
それでも、とWさんは言った。


それだけやってもやっぱり、なにか、自分の匂いというか、気配というか、
そんなものが残ってしまうんです。
消していっても、人の意見に合わせていっても
それでもどうしようもなく残るもの、というのが
個性であり、オリジナリティだと思うんです。
どんなにニーズに合わせても、手の跡を残さないように気をつけても、
それでオリジナリティがなくなるってことはないんです。


このことは、私も何度も考えたことがあった。
分野こそ違え、私も、自分でつくる、という仕事をするようになった。
10代とか20代の頃は、
自分にしか書けない表現をなんとか生み出したいと願った。
一目見れば私だ、と解るようなものを書くのが好きだった。
でも今は、そこにはそれほど、こだわりはないような気がする。
文体や表現についての自己主張を一旦棚に上げたころから
いろんな人に「ゆかり節」といわれるようになった。
「自分」を放り出してしまったら、逆に
「自分」が匂うようになったのだ。
個性を叩いて叩いて、自分臭さやクセをできるだけなくすようにして
そこでもどうしても残ってしまう「何か」。
それこそが本当の「個性」であり「オリジナリティ」である、と
その感覚は、とても納得がいく。


素晴らしい仕事をする人は、常に、普遍性を目指す。
お茶碗ならお茶碗として
布なら布として
文章なら文章として
その受取手がもっとも自然に、違和感なく使えるものを探す。
用途から見て無駄なでこぼこがあればそれを取り去り、
目的を阻害するような装飾は省いていく。
そうやって、使い手や読み手の立場から
出来具合を「叩いて」「鍛えて」いくとき、
最終的にできあがった物が
あきらかにその人の手になる物としか言えない、というのは
ふしぎなことだが、たしかに実現されている現象だ。
普遍的なものは、個性とは正反対の方角に歩いていかなければみつからない。
でも、その個性と正反対の方に歩いていく、
その道の上で
次第に「個性」が強まっていくのはどういうことなんだろう。


「個性を伸ばす」「個性を育てる」
などというコピーは教育分野の広告でよく見かける。
でも、個性って、伸ばしたり育てたりできるものなんだろうか。
オリジナリティ、その人の匂い。
その人でなければできないこと。
それって、おそらく
そのこと自体に向かっていっても、生まれないんじゃないだろうか。
制服を着せて、みんな同じ髪型にしたら
顔立ちの違いが際立って見える。
それと同じで
個性は、個性だけを見つめていても
多分、育ったり際立ったり鍛え上げられたりはしないものなのかもしれない。


国宝になるようなお茶碗なんかでも、たぶん、
職人が「国宝になるようなお茶碗を作ろう!」と思って作ったわけではないと思う、
とWさんは言った。


毎日毎日、同じような作業を繰り返してて
その中からたまたま残った物が、国宝になった
っていうことじゃないかと思うんです。
たまたまこう、薬がたらっと垂れちゃったのがよかった、
みたいなことだと思うんです。
そういう、何気ない、日々の自然なくり返しの中から、
本当にいいものを作り出せればいいなと思います。



たしかに、仕事ってみんなそうなんだろうと思う。
何気ない、日々のくり返しの中から
自然に、春になればクロッカスが芽を出して花を咲かせるみたいに
あたりまえにそこにあって輝いている。
それがないと何とも寂しいのだ。
春が来たことは、花で解るのだ。


Wさんは、ふとガラス越しに神楽坂を往来する人たちに眼をやった。


着物っていうのは、洋服と少し違って、
人のために来ているところがあるんです。
サービスというか、それを着ている人を見ている人が楽しむものなんですね。
風景の一部というか、そういうことなんだと思います。
私の織ったものを着た人が、お芝居に行って、町を歩いて、
風景の一部になって、ということがおもしろいんです。
着物は、着物と、帯と、帯揚げと、帯締めと、半襟と、草履、羽織、などと
あわせていって全体になります。
着てもらったのを見て、はっとさせられることもあります。
そういう意味では、お芝居の衣装さんみたいな仕事だなと思います。
演じる人にゆだねきっているわけです。


この風景に関わっている、この風景の一部を作りだしている、
そういう仕事が、Wさんの「仕事」なのだ。
着ている人の創意工夫があり、その場があり、
舞台があり、
そこに、Wさんの仕事が揺るぎない要素として参加している。
Wさんが織れば織るほど、そんな景色が増えていく。


神楽坂には、呉服屋さんが何件もあって
和服を着た人が何人も通っていく。
確かに、和服は一枚の絵画のように、人の目を楽しませる。
そこに、鮮やかな色彩の華がうまれる。


私は七五三のお祝い以来、和服を着た記憶はない。
それが去年、ふと思い立って、浴衣を買った。
呉服屋さんの店員さんに教えてもらって、
何度も練習して、不器用なりなんとか着られるようになった。
私が買ったのは、紺地に朝顔が白く抜かれた古風な柄のと、
黒地に白い桜が散っている柄のだった。
赤い線の入った博多ふうの帯と、銀色の光沢のある帯を2本買った。
(これをお話ししたら、「浴衣で桜はすごく変な感じです」といわれた。
 実際、お店の人も、これは織りがちょっと変わってて、
 浴衣としてじゃなくて襦袢を着てちゃんと帯をお太鼓にして
 足袋をはいて、春先に着て出てもいいようなものだ、と言っていた。)


これを着た時の感じはたしかに、
洋服を着た時とは、まるでちがう。
人が私の姿を見るし、それがイヤじゃないのだ。
私を見ているのではなくて
着物を着たひとがいる、その風景を見ているのだ、と解るからだ。
まるで衣装を着てお芝居をするみたいに
役柄が与えられて、動いている感じがする。


Wさんのお話の中で
仕事と、使う人と、この社会とが
手触りを持って結びついているのが解った。
Wさんはそれを、手を通して、時に孤独な作業を通して、
或いはお客さんとの関わりを通して
肌で感じながら仕事をしているんだ、と思った。
Wさんの仕事の手触りがお話を通して、私にも
あたたかな、しっとりと湿度ある、
たしかにそこに生きている生き物のように感じられた。


和服は、母から娘へ、娘から孫へと
受け継がれていくもの、なのだそうだ。
草木染めは時間を経過すると、色が変化していく。
「枯れていく」と言ったりする。
それは悪い意味ではなくて
深みが出て、風合いが増す、という意味だ。
変化しながら、様々な人と関わり
無言のうちに、いろいろな場で、様々な風景を作り出すもの。
まるで生き物みたいだな、と思った。
なにも言わないし、動かないけれど
生き生きと生きていて、変化し、人と関わっている。
和服ってそういうものなのだ、と思った。
Wさんは自分が生きているということを
布の中に織り込んで
新しい命を生み出しているみたいな人なんだ、と思った。



文章を書くという仕事は
いったいどういう手触りを持ちうるのだろう
と私は考えた。
小説は楽しさや生きる勇気を与えるかもしれないし、
エッセイは違う世界を遊ぶ楽しみや学びを提供するし、
論文や専門書はその分野の発展を促すだろう。
占いならば、ちょっと落ち込んだ時、元気を出すために使ったり
不安感を抑えるために使ったりできるかもしれない。
でも、そのバックグラウンドにはなにがあるだろう。
Wさんには、糸と、染色と、織りと、着る人がいる。
私には、文章があって、読み手がいるけれど
糸と染料と織機はない。
なにもない。
ものがない。


それは一体、なんなんだろう。
私はなにを書きうるんだろう。
Wさんのお話の中から直接伝わってくる、この手応えが、
地に足がついた、経験から生まれる仕事への誇りが、
私にはまだ、ぜんぜんないのだ。
自然に、日々重ねていくところから、生まれ続けるもの
というのが、今はまだ、ぜんぜんないのだ。



いつも通り、Wさんに、
なんでもいいので今お持ちのものの写真を撮らせて下さい
とお願いした。
そしたら、Wさんはすらりと
自作のストールをほどいてテーブルに置いて下さった。
それは、コガネムシのような虹色の光を鈍く帯びていて
蜻蛉の羽のように透き通って、軽かった。
触ってもいいですか、と聞いたら、
どうぞどうぞ、とおっしゃったので、遠慮なく触ってみた。
見た目よりもずっと柔らかくて、あたたかい感じがした。



この日はデジカメの調子が悪くて、
携帯で撮ったので
全然うまくいかなかった。
ほんとうはもっと
複雑な、魚の鱗がその動きによって違った色彩を見せるような
そんな「うごき」をもった印象なのだ。
「みどりいろ」
と言いたいのだけれど、
緑色ではないのだ。
緑色だなあ、と思おうとした瞬間、
緑かな?
という疑問が湧く。
手織りってこういうことなのかなあ、と思った。
これが私がイメージした「いきもの」っていうことなんだ
と、改めて思った。



いつもなら下を向いて歩いてしまうのに
この日の帰り道は、なぜか
ずっと道行く人を眺めながら歩いていった。
織物は、景色を作る仕事、なんだ
と、
何度かその言葉を口の中にころがしてみた。