石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

ソクラテスの。



これも、しばらく前の朝日。





先日
ちょっと誤解されたことがあって
問い合わせメールを受け取った。



さあっと全身の血の気が引いて
あわてて返信したんだけど
返信した後もいろいろ説明したいことが思い浮かんで
たたみかけるように弁解メールを送ってしまった。




計4通(爆




朝起きたら
めでたく了解のメールが来て、
安心のあまり万歳三唱した



のだが。



やにわに自分の出したたくさんのメールを思いだし
穴があったら入りたい気分に (どかーん



なんでこういうとき全然冷静じゃないんだろう・・・ orz

何回もこういうことあったのに
毎回かならず、荒波に飲まれたみたいになるんだよな(TT


さらに
感情的になってごめんなさいメール
を送りたくなったけど
やめておこう(そしてここでこうしてヒトリゴトをつぶやいたりするにとどめよう


はー。
いくつになってもこどもみたいだよオイラ。


ぷぎー(TT



ごめんなさい(とここでこっそり言ってみる(ことに意味があるのかどうか orz


    • -

その弁解メールを書いていて思ったのだが
その前の段階で
自分がやっていた「あること」に気づいた。
それは
いつものパターンなんだけど
「恐怖心から、相手の言うことがきこえなくなる」
というあれである。
怖いから目をつぶって耳を塞いでしまう
というのに近いことを
自分が無意識にやってたことが露呈し
だいぶ反省した。


私の方こそ、怖がって誤解してたのかもしれない
と思った。


もし私が悲観したとおりなら
相手はそんなことしてくれたり言ってくれたりしないのに

簡単に解って良さそうなことが
私には受け取れなかったのだ。
それは、ひとつひとつはちいさなことだったけれど
ぜんたいにまとめると
けっこう大きなことになってしまっていた。


手負いの子犬がおびえて、手当てしようとする人の手に噛みつくみたいな
そんなパターンを、私は昔から捨てられずにいる。
結果、現実とは違ったことが
私の中で一種の「結論」になってしまう。

一人で勝手にそれに耐えたりする。
そんなことをやっているうち
いつか、助けてくれようとした人も、離れていく。


たとえば、だれかに褒められていても
「どうせお世辞でしょ」
と思ってしまえば
受け取らなかったことになる。
そして引き続き、私の中では
その人からの私への評価は低い、ということになる。
その人が実際、褒めてくれたのだ
という現実と
この、私の頭の中の現実は、ちがっている。
でも、私の頭の中には
「賞賛を真に受けて、実は相手は全然そんなこと思ってなかったらどうしよう」
「今は褒めてくれても、あとでけなされて、それで傷つくのはイヤだ」
「失敗したら、この人はガッカリするかもしれない」
等々の恐怖があって
どうしても「褒めてもらって、評価されたんだ」と思えないわけである。


こどものころから私は臆病で
何でもとても怖がっちゃうところがある。
だから
大事にされても
なんとなく
すぐにこの人もいなくなっちゃうんだろう
っておもっているフシがあって
なかなか受け取れない。



その「受け取らない」ことに守られているはずなのに
ときどき
その壁の中に一人でいるかなしさみたいなもので
指の先とか、身体の中に、びりびりっと感電するみたいになる。
それは、痛い。




ずっと前に
どうしたら信じてくれるの?
って言われて
すごくびっくりしたことがある。


そのときは少しだけ、あれっ? とおもった。
いつもの鉄壁のパターンにちいさなひびが入ったような気がして
怖さと、感じたことのないうれしさを感じた。


びっくりして
それで
あのびりびりする感電の正逆の電荷がはしった気がした。
うれしかったんだ。



それは「ずっと信じてほしい」とかそういうことじゃなくて
そのときリアルタイムで、言ったことをそのまま受けとってほしい
という意味だった(と思う
でも私はその程度のことができなかったのだ。

どうしたら信じられるのか、まだ、わからない。



でも、ずっと以前に比べたら
これでもだいぶマシになった、ような気はしている(当社比



それに
悲観通りのことがおこりそうになったとき
それほどうろたえたり落ち込んだりするってことは
なんだかんだ言って受け取り拒否してないということも言えるわけで
だとすると
なんか私卑怯なんだな
とか



・・・・早く人間になりたい(TT