石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

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ちょっと前に撮った朝日。


ある方からのメールに
「ゆかりさんは今も日の出の写真を撮っていらっしゃるのでしょうか?」
って書かれていて
触発された。


最近は実は、あまり撮ってない。
今朝も曇ってた。


でも時々見つけるとやっぱり
もったいないもったいない
みたいな感じでカメラを持ち出す。


その方のメールは早朝に書かれていた。
送信スタンプの2分後に受信した。


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よく
「○○に目覚める」
という言い方を耳にする。
音楽に目覚める、とか、
語学に目覚める、とか
園芸に目覚める、とか
なんか新しいことをやり始めてそれにハマる
という時につかう。


たぶん、ちょっと揶揄するようなかんじでも使う。
「あの人、○○に目覚めちゃったらしいよ」
みたいな。



一方
「目を覚ます」
という言い方もある。
「先生に叱られて目が覚めました!」
「女房に出て行かれてはじめて目が覚めまして」
みたいな感じ。
この「目覚め」は、
辛さを伴っている。
ここまでの道のりにあった間違いや傲慢、思い込みなど
自分の過去を何かしら否定している。
でも、過去にしてきたネガティブなことを、受け入れても、いる。
受け入れるというより、「引き受けて」いる。
今までのダメな自分を自覚している。



目覚める
のは、なんか自然にそうなっちゃった、ということで
どこか、受動的だ。
目を覚ます
というのは、自分でやってる、という感じがある。
能動的だ。



「目が覚めました」
っていうの
おもしろいことに、落語にけっこうよく出てくる表現なんだ。


「そろそろ目が覚めたか」なんてご隠居さんに言われたり
「あいつまだ目が覚めねえのか」なんて長屋の連中に陰口をたたかれたりする。
女に迷ったり、酒に溺れたり、
落語の中の登場人物はなかなか目が覚めない。
でも、なにか事件があると目が覚める。
「子別れ」とか、「芝浜」とか、
はっと目を覚ます。
そこには後悔と、間違った過去を引き受ける勇気と、
それから、たぶん、誰かへの愛がある。


あいつまだ目が覚めねえのか
っていう言葉にも、深い情がある。
なぜなら、
その「目が覚めないあいつ」は
目が覚めてないだけだからだ。
つまり、寝てるみたいな状態なのだ。
寝ぼけてるのだ。
寝ぼけてるその人というのは、本来のその人ではない。
「あいつまだ目が覚めねえのか」
と言うとき、
この人は、寝ぼけてるそいつの「本来の姿」を信頼している。
やっていることはバカみたいだけど
それはそいつそのものではなくて
単に寝ぼけてるだけなのだ。
目が覚めれば、元通りの、いいやつになる、と信じているから
「まだ目が覚めねえのか」
と言える。


「目が覚める」って、かっこいい。
もっとも、やってる当人は
恥ずかしくって情けなくって、しかたがないわけなんだけど。