石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

4th-Tさん

インタビュー4回目。
36歳のTさんという方にお願いした。
原稿を書いてお送りして、お返事を待っているあいだに、
5回目の阿藤さんの記事ができて掲載OKが出たので、
そちらを先にアップした。


NGかなあ、とどきどきしながら待っていたら、
しばらくして、お返事がきた。
インタビュー後、Tさんのまわりでさまざまな出来事があり、
ゆっくり時間がとれなかったのだそうだ。
お返事には、たった2時間くらいの対話ではわかり得ないことが、
たくさん書かれていた。


私はTさんとお話ししたとき、一つの強い印象を感じつづけていた。
そのことが以下の記事の、主な内容となっている。
これを読んで、Tさんは、メールで詳しく補足してくださった。
その補足によって、私は、
お話しした時にはわかり得なかった大きなバックグラウンドを知るとともに、
私が受けた印象も間違いではなかった、と思った。
それは補強され、腑に落ちた。

      • -


Tさんとは、渋谷の喫茶店で待ち合わせた。
同じエレベーターに乗っていたので、
お店で待ち合わせたとき、私は「さっきの!」となったのだが
Tさんはエレベーターの中の私の姿は、記憶していなかった。


Tさんは男性である。そして、ゲイである。
ゲイとは、同性を恋愛対象、
あるいは性的な欲求の対象として好きになる人のことである。
学問的にはどういう定義か厳密にはしらない。
男性だけに適用される言葉だと、wikiにはあった。
Tさんは、ゲイであって、女性的な言動や態度を持っている。
「オカマです」と自称される。
この「オカマ」という言い方には差別的な響きがある。
男なのに女のような態度を取る、ということが
どうして差別につながるのかなあと少し考えた。
社会の中で「男」は「強い」。
男は、力で競い合う。そこで、勝負を続ける。
一方、女は「女子供」といわれるように、「弱い」。
力による勝負は、しない。
力による勝負をすべき性別に生まれているのに、それをしない、
というところから「弱虫」的なイメージを持たれている、
それが「オカマ」という呼称に詰まった差別感であるような気がする。
ジェンダー論とか、社会学の上では、
こうした性別の境界線上に位置する人たちのことについて
どんなふうに研究が成されているのだろう、と、興味が湧いた。


Tさんの話し方は、女性的である。
語尾はみんな女性のものだし、仕草も女性的だと感じられる。
でも、私は女性だけど、
そういう仕草をするかと考えると、そうでもない。
女性である私の話し方の語尾は、Tさんのようではない。
たとえば、Tさんの話し方は、中高年の女性に似ている気がする。
中高年の女性の「女性らしい話し方」が、Tさんの語尾ににている気がする。
Tさんは子供の頃から「ちょっと女の子っぽい」と言われていたらしい。
多分、Tさんは、子供の頃に
自分の様式として、まわりにいる大人の女性達の態度を採用することにした、ということなのかな、と思った。
Tさんが自分の態度を自然に身につけた時、周囲にいた女性達は、
現在における中高年の女性達である。
Tさんと同年代の女性達の「女性らしさ」と
Tさんの持っている「女性らしい態度」には、世代差が感じられる。


Tさんは、
女の格好をしたいとも思わないし、女になりたいとも思わない
と言った。
これには、ちょっとびっくりした。
私は先入観として、女性っぽい態度を持ち、男性に恋をする人はみんな
女性になりたいと思っているのだと思いこんでいたからだ。
だが言われてみればたしかにそうなのだ、
Tさんはごくオーソドックスなコットンシャツとベストを着ていて
一見、瀟洒な青年という印象のひとでしかない。
多分ひとめぼれする女の子もたくさんいるんだろうな、と思えるような、
すらっとした美形の男性なのだ。
話し出さない限り、Tさんが女性的であるとか、ゲイであるとか
そういうことはわからない。
Tさんのひとみはとても大きく、光を放射するように輝いており、
だれかに話したいことや伝えたいことがいっぱい詰まっていた。
自分の人生から生身をなげうって獲得した思いや考えが詰まっていた。
それは喜びや感動でもあり、怒りでも悲しみでもあった。
ものやわらかでシャイな印象の持ち主なのに
ブログやネット上では、しばしば激しいケンカになる、とTさんは何度か言った。
喜怒哀楽がTさんの哲学や思想の中にびりびりと電荷のように行き渡っていて
その電荷が、さらに外部からの刺激を受けたとき、雷のようにひらめくのだろう。


あるサイトに
「ゲイはキモチワルイよね」
という趣旨の書き込みがあった。
その書き込みを他の人がフォローしてこう書いた。
「それは差別ではなくて、
 太ってる人がきらい、とか、毛深い人が嫌い、とかと同じ、
 その人固有の好き嫌いの問題だから、それはそれでいいのだ」
Tさんはそれに対して、こういった。
太っている人が嫌いとか、毛深いのがイヤとか、
そういうことと「ゲイはキモチワルイ」というのは違う。
太っているとか、毛深いとかは、その人の一面的な属性で
「その人自身」を語ることではない。
でも、ゲイは、というのは、そうじゃない。
ゲイはキモチワルイ、というのは、
そのゲイである人の生き様やバックグラウンド全体を否定することになるのだ、と。


この話は、論理的にはどうかわからない。
でも、起こっていること、そこに表現されたり意図されたりしていることの真実は
Tさんの言うとおりかもしれない、と思う。
少なくとも私は、そこにある種のリアリティを感じた。
差別というのは、ある属性がその人全体を包み込んでしまったところに起こる。
デブとかハゲとかも、そういう意味では
その属性のイメージがその人全体を包み込んだとき、差別語となる。



人が人を差別する。
あなたがたと自分は違うのだ、と言う。
そして、「あなたがた」を低いものとして見る。
この心の動きは、いったいどういうことなんだろう。
多分これをやったことがないと言い切れる人は少ないはずだ。
私はそう思う。
どんなに天使のような心を持った人でも、一度や二度はほとんど無意識に
「あなた方と私は違う」と思ったことがあるはずだと思う。
そういう態度を取ったことがあるだろうと思う。
我が身を振り返っても、心当たりがある。
差別する対象は様々だと思う。
差別する人たちに対して差別的だと差別する人もいる。
「いじめ」も、「差別」と同じ構造をもっている。
くさいとかきたないとかいう言い方をする。
誰もそんなこと教えないのに、子供が自然にそういうことをする。
「あなたがたとわたしたちはちがう」
というこのプリミティブな反応は、一体どこからやって来るのだろう。


差別のことを考えると
「わからないしわかりたくもない」
という表現を思い出す。
子供を捨てたり虐待したりする親について、
あるジャーナリストが自分のブログに書いた言葉だ。
そんなことをする人間は許せないし
そんな人間の気持ちがわからないし、わかりたくもない。
ある詐欺事件に遭った人が、その犯人に対してやはり、
この言葉を使っていた。
そんなことをする人の気持ちが理解できないし、理解したいとも思わない。
自分とは関係ないし、見ないでおきたい。
Tさんは多分、このことに怒りを感じているのだ、と思った。
ゲイである、ということでラインを引いてそこから先は
「自分とは違う」「ワカラナイし解りたくもない」
イコール「キモチワルイ」というこの思考停止について
強い反発を感じるのだろう。


その反発は私も共有できる。
「わからないし解りたくもない」をやめると
物事をすごく考えなければならなくなる。
無意識に差別する自分を見つけては恥じねばならないし、
怒りや悲しみに押し流されそうになる自分を自己批判せねばならなくなる。
たとえば自分が被害者になったとき、
自分を害した相手やその相手が属する集団を差別したくなるのは
人間の自然な心の動きなのかもしれない。
多くの戦争や紛争は、そういう心理をエンジンやガソリンとしている。
そんな「自然な心の動き」とケンカしなければ
差別している自分に差別をやめさせることができない。
さらに、深く考えなければならない。
同時に、
無意識にいきいきと、実にナチュラルに自分を正しいと感じながらだれかを差別している人を見て
怒りを発し、考えろと怒鳴らなければならない。
Tさんはネットでケンカする。
それは、そういうふうに怒鳴り続けてきたということなのだろう、と思った。


Tさんとお話ししているあいだ、私はあまりメモを取らなかった。
どういうわけか、取れなかった。
メモしたいこともあったのだが、する気になれなかった。
Tさんの発信は柔らかいのだが鋭く、重みがあって、温度が高かった。
私は、いまこの場で解っているのかどうか、切りつけるように問われていた。
だから、目をそらしたり書き続けたりするわけにいかなかったのだ。
持って返って咀嚼するんじゃなくて
この場で感じたり考えたりすることが大事で、要求されていて、
さらに、Tさんはそこで自分の力でひとつひとつ、完結させていくのだった。
私は、絶対的にその舞台に参加している劇場の観客のように、そこにいた。


Tさんは子供の頃から、女の子っぽいねといわれていて
中学高校時代、すでに目立つ存在であったらしい。
たしかに、態度や言葉は女性的だし、とても美しい顔立ちをされているのだが
一方で、とても男性的な「意志」と「闘争心」をもっているTさんは
校内でそうとう、ぶつかったらしい。
問題が起こらないように自分を変えたり抑えたりする、という方向には、
Tさんは向かわないのだ。
自己主張し、ケンカしてしまうのだ。
そういう人間は得てして、集団のなかでは打たれる杭となる。
そんな四面楚歌にも等しい中で、一人、Tさんの味方になってくれた人がいた。
その人のことを、Tさんは
今までで一番私を愛してくれたひと、と言おうとして、
途中までそう言って、言葉を一旦切って、
「今までで一番、私を認めてくれた人」
と言い直した。


Tさんはその人と、おつきあいをした。
Tさんが19歳の頃、その人は、交通事故で植物状態になってしまった。
助手席に乗っていたTさんも重傷を負った。
怪我が治るまで、彼の植物状態について、Tさんは知らされなかった。
数年後、彼は息を引き取った。
Tさんはこの事件のあと、家から一歩も外に出られなくなった。


専門学校に行ったり、働こうとしてみたりしたけれど、
なかなか外に出られるようにはならなかったTさんに、
近所の知り合いが進めてくれたのが、ホテルマンの仕事だった。
最初、3ヶ月だけでいいから手伝って欲しい、といわれてはじめたのが、
気がついたら10年以上続く職場となっていた。
この間、Tさんは身近な幾人かの「介護」を経験した。
亡くなった恋人の家族や叔母さんの病床で、その世話をし、
祖父母の最期を看取った。


これらの話を、Tさんはとても肯定的にした。
喪失する話、自分を与える話、障害となるような経験、悲しい出来事について
Tさんは自分をそっちのほうに放り出すみたいになげかけて
まったく否定しないのだ、
罪悪感のなさ、がそれである。
私はどういうわけか罪悪感のカタマリみたいな人間で、
どこか、自分がここにいるのは間違いなんじゃないかと思いながら生きている。
自信がなくて、恥を感じていて、座っていてもどこか中腰になって
いつも辞去するタイミングを探しながら生きているようなフシがある。
誰か自分以外の人に注目したり力を傾けたりしている時はまったく自分のことなど忘れてしまうのだが
ふと我にかえるとき、赤面して走って逃げたくなるのだ。
この、「夢中になった状態」と「走って逃げたい状態」の繰り返しで、生きてきた。
Tさんの話は、そんな私の「前提」に真っ向からぶつかる反論のようだった。
この世の中に愛や肯定や信頼がほんとうに存在し、
もちろん、トラブルや矛盾や悪や障害や喪失もあるけれど、
生きていることは基本的にはすばらしくて絶対に「いい」のだ、と
噛んで含めるみたいに、ひとつひとつの手応え、その感触を確かめるみたいに
Tさんは、ひかりに力を込めて話すのだった。
ふと、子供を持つことに話が触れたとき、
妊娠している女性を見るととてもうれしい、とTさんは言った。
「神々しいわよね!」
と言った笑顔が、透明感にみちて輝くようだった。
私は逆光の中に立たされて目がくらむような気持ちで、
ほとんど呆然と、Tさんの笑顔を見た。
メモを取れなかったのは、これが理由かもしれない。
私は呆然としていたのだ。


Tさんは、物事を深く思考する。
あとでmixiのブログを読みにいって、そのことがよくわかった。
Tさんはブログのコメント欄などで
よく、ひとと激しい言い合いをする、と言っていたが
その原因となるのはたいてい、
「客観の名を借りた主観の存在」なのだった。
端的に言えば
ふつうみんなこう言ってますよね、みんなこうですよね
という言いぐさが頭に来るのだ。
それは貴方がそう思っているだけで、みんながそうだとかだからそれが正しいとか
そう言えるのか?言えないだろう!
というのが、Tさんの怒りの根本にあるようだ。
Tさんは、なにかテーマが目の前にある時
「それはどういうことなのか」と「それは自分の主観のなかでどう位置づけられるか」をたぐる。
そこから日記を「建てる」。


「客観の名を借りた主観」というのは、差別の温床でもある。
Tさんはゲイで、女性としての態度を持つ人である。
ゆえに、差別の問題では深く考えざるを得ない局面に多々、でくわしてきている。
キモチワルイといわれることもあれば、見下されることもあっただろう。
その都度、それはどういうことなのかを
心とアタマで咀嚼し、納得できるまで腑に落とさなければならなかった。
そういう営為をいわば「背負い」つづけるということは
どういう感じなんだろう、と気が遠くなるような気がした。
常に自分の属性としてそれがあるのだ。
社会がみとめない。
その悲しみや怒りを想像すると、くらくらした。
私はとても感情的な人間だから、
もし自分がそういう立場だったら、と想像しただけで胸がずきんと痛くなった。
Tさんはそういう痛みと、ずっと向き合ってきたのだろうと思った。
ゲイのなかにも、
傲慢な人も、我が儘な人も、オカマを見下す人も、もっと差別する人も、
いろんな人がいます、とTさんは言った。
しばらく前に読んだ障害者の記事にもそんなことが書かれていた。
障害者はみんな謙虚でまじめで頑張っている人格者だと思ってる人が多いけど
とんでもなく傲慢だったりずるかったりワガママだったりする人もいる、
それはフツウの社会と同じなのだ、とあった。
べつにゲイだからとか障害者だからとかいう理由で
人格が上がったり下がったりするワケじゃないのは、
ちょっと考えれば誰にだって解ることだ。
差別されるという体験をなんども経験する中で
そのことと勝負してきたかどうか、深く考えて煮詰めて鍛えたかどうか、で
話すに値する人間かどうか決まるのかもしれない。
にしても。
Tさんのこの肯定的な姿勢はいったいどういうことなんだろう、と
私は立ちすくむような思いでいた。


Tさんのこの肯定感は、私から見ると
徹底的に男性的なのだ。
そういうふうに見える。
男性的・女性的、という言葉が何を意味するか、これが甚だ難しいのだが
Tさんのように、敢えて女性の様式を持っている人と話していると
男性性・女性性ということが、際立って見えてくる気がする。
女性特有の受動性は、Tさんにはほとんど存在しないように見えた。
Tさんはあくまで能動的で、恐れないのだ。
Tさんにそう言ったらたぶん、そうじゃない、と言うと思う。
でも、Tさんは自分を守らないのだ。
女性的な守り方はできないのだ。
男性にも女性にも誰でも、その内面には女性的な面と男性的な面がある。
女性的な面が強ければ、まず、自分を自分以外のものに変えることができる。
他人が期待するような自分を演ずることができる。
さらに、自己主張を他人にぶつけることを回避する。
他人のブログに一般論として書かれていることが
自分に関わりのあることとして不快に思えても
それがあくまで一般論であって自分個人に言及したことでなければ、黙って見ないようにすることができる。
人と違った属性を持って生まれ、苦労を重ねた自分がいて
これから生まれてくる赤ちゃんを「神々しい」と感じることができるのは
いったいどういうわけなんだろう。
女性的な感性なら、おそらく、
自分と似たような苦労をするかもしれない新生児の誕生を
素直には喜べない気持ちになるんじゃないだろうか。
介護のお話もそうだった。
自分が犠牲者であるようには、Tさんはまったく感じていなかったようだ。
お世話をして、すごくいろいろなことを学んだ、
一度だけ、祖母の介護の時は、あんまりつらくて
早く亡くなってくれないかな、とちょっとだけ思ってしまって
それは後で本当に後悔した、と語った。
私は自分を闇のように感じ、Tさんを昼間の陽光のように感じた。
クリアーで、まぶしかった。


もちろん、うまくいかない時は、
「何で自分だけこんな目に」っておもう。
でも、あとになってみれば、それもまたイイコトだったのだと思える、とTさんは笑った。
それは確かに誰もがそう思うことだし、そうなんだろう。
ただ私は思ったのだ、
数年間、家から一歩も出られなくなるほど悲しみのほうに自分を投げ出すことが
果たしてできるだろうか。
人を好きになったり信用したりすることは
それが失われた時の痛みを引き受ける、そのリスクを背負うということでもある。
一番の弱みを創出することである。
Tさんはどうも、それができる人なのだ。
私は怖くて、すぐに閉じる。諦めようとするし、逃げる。
失うことの怖さから、失わなくて済むよう、
引き受けることを拒否する。受け取らずにおこうとする。
だからわかるのだ。
Tさんがそうじゃないのだということが。


祖父母の介護は、「死にゆく人の介護」だった。
そのあと、Tさんはおばさんの介護も引き受けた。
これは、腰の手術のためで、治る人の介護だった。
「死んでゆく人の介護と生きていく人の介護はまるっきりちがうの」
とTさんは言った。
死んでいく人は、たった身体の1カ所がダメになってそれがもとで死んでいくけど、
身体のダメになった1カ所が何倍にもなって、生命力が大きくなるのね、生きていく人は。


一カ所がダメになって、そこが何倍にもなって、生きる。
不思議な言い方だなあ、と思ったけれど
何となく解るような気がした。
Tさんの話しているのを聞いていたら、その映像が浮かんできた。
怪我をした患部の細胞がごそごそうごめいて、
光を放つようにして身体全体に生命をいきわたらせていくのだ。


Tさんはmixiを使っている。
私も使っている。
mixiには、「マイミクシイ」という「友達システム」がある。
「マイミクになってください」
とどちらかがお願いし、承認されると、お互いに友達として登録される。
マイミクシイが日記を更新すると、自分のページに更新情報が表示されるのだ。
Tさんは、三ヶ月以上アクセスのないマイミクシイは
定期的に「切って」行く。
過去に何度か、好きな人も嫌いな人も全員「切って」しまったことがあるそうだ。
そこから、大切にしたい人だけひとりひとり、「とりもどし」た。
Tさんは、リアルで会える可能性のある人しかマイミクシイにしたくないのだ。
そういうスタイルの人はけっこういるのだろうと思うけれど、
改めて考えてみると、そのスタイルは私から見て、至極強烈に思えた。
私は「マイミクはノーガードです」と自分のページに表示している。
ノーガードとは、拒否しないということだ。
だから、会ったことがあるどころか、
ネット上でさえ1度もやりとりのない方も、マイミクシイになっている。
Tさんのイメージする「つながり」は
とても強い絆で、自分をそこに文字通り、プラグでつなげてしまうような行為で、
そこにいいかげんなものがぶらさがったりひっかかったりするなんて許せないのだろう。
そんな強いつながりのイメージがある、というのを
目の当たりに、強烈に見せられて、やっぱり、呆然とするしかなかった。
私はそんなに誰かを信じようとかつながろうとか、できるだろうか。
Tさんの見ている世界と私の見ている世界は全く違うのだ。
これほど、「主観の違い」を強烈に意識させられたことは初めてだった。


私にとって、人の好意や優しさ、接触といったものは、とても瞬間的なものだ。
そのとき微笑み、握手し、好きだなと思ったり抱き合ったりしても
そのことは時間とともに流れ去ってしまって
気がつけば、「だれかといる」ことはほとんどない。
私のリアリティは、基本的には「一人」で、
そこにときどき、木の葉がひらりと舞い降りて私にぶつかってまた飛んで行くみたいに
「他者」が訪れる。
無音の空間に、時々遠くから声が聞こえて
それで、心が動かされたりするけれど
しばらく経つとまた、元の無音の空間にもどる。
気がつけば駅のホームに立ち、一人で電車を待っている。


でも、Tさんの世界はちがう。
実体である人間達がいて、
その人達はナイロンザイルみたいにぶっといロープでばりばりと結ばれていて
一度結ばれると、それはなかなか消えなくて、
切り捨てるときも、ものすごく体力や労力を必要とするのだ。
この人は、人を信頼する人なのだ、と思った。
私は、それを、「できた」ことがあるだろうか?


インタビューのおわりごろ、いつもどおり、
なんでもいいので、今お持ちのものの写真を1枚撮らせて下さい、とお願いした。
Tさんは、どうしましょう、と少し迷って、
ポケットから取り出して、これを見せてくれた。



金属アレルギーだからあまり嵌めないんだけれど、
持って歩いている、お守りのようなものです、と言った。
3連の指輪。
指輪は古来、「約束」を意味する。


Tさんの現在は、エアポケットのような時期なのだった。
去年の夏、永年勤めていたホテルが買収にあい、突然職を失った。
そのあと、派遣の形で短時間の仕事を続けながら
おばさんやお父さんの介護をしていたが、
おばさんもめでたく快癒し、
今、新しい場所に向かおうとしているように見えた。
以前からイギリスに留学してホテルの仕事を学ぶのが目標だった、とTさんは言った。
それを語る時のTさんは、とても自然で、ムリがなかった。
私は占いの現場でたくさんの方の「夢」をうかがってきた。
自然な流れで語られる「夢」は、だいたい、自然に叶った。
Tさんの夢も多分、実現するだろうと思った。


今は、いいものもわるいものも、
「受け取って返す」ということを心がけているんです、
と最後、Tさんは言った。
最近、信頼していた知人の女性に
陰でおもしろおかしく噂を立てられていたと聞かされたそうだ。
そのことを、本人にきちんと手紙でただした。
はねつけたり投げつけたりするんじゃなく、
受け止めて、返すんです、という意味のことを
Tさんは何度か、言い方を変えて、言った。
思うに、それはとても難しいことだ。
でも、とても大事なことだ。


Tさんと私は同じところがある、と思った。
でもその「出方」というか、「結論」は、反転している。
源が同じだけど、くるっと向きを変えて逆の方向に向かっている。
私はTさんを「彼」とも「彼女」とも書けなかった。
Tさんは彼であり彼女であったけれど
その言葉の持っている境界線の外側にいる人だった。
境界線の外側で、いったいどんなことが見えるのか
私にはハッキリとは解らなかったけれど
圧倒的な肯定感がTさんのなかにあって
それはおそらく、Tさんがゲイだからそう、ということではないと思った。


あの肯定感はいったいどこからくるのだろう、と
お会いしたあと、わずかに取れたメモを見返しながら
考えあぐねた。
あの光の感触がなんだったのか、
私には不思議でたまらなかったのだった。

          • -

いつもどおり、
この文章を公開してもいいかどうか、
公開前にTさんに読んで頂いた。
そしたら、Tさんはしばらく時間をおいてから
長い長いメールを下さった。
そこには、
自身の中に感じている欠落感や暗がりに関することが書かれていた。
罪悪感や恐れ、違和感などに関することが書かれていた。


それを読んでも、私は
「間違ったことを書いた」
という気持ちにはならなかった。
そして、得心がいった。
それは、Tさんのあの強い肯定感が、
守られて満ち足りた道のりから出てきた無垢でやわらかなものではなく、
あくまで
傷や涙や苦痛の中からたたき出された、硬質に鍛え上げられたものなのだ、
ということだった。
ずるさや嫉妬や偽善や狡知や、
そんな人間たちの幾多の醜悪を見つめてきて、
その中から取り出されてきたのが、あの肯定感だったのだ、ということだった。