石井ゆかり@筋トレのブログです。
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3rd-Kさん

「インタビュー」3人目は、20代後半のKさんという女性だ。



Kさんの住む街は、私にとっては懐かしい街だ。
小学校の頃4年ほど、そこから1駅の場所に住んでいたからだ。
そこは、そのあたりでは一番の繁華街で、
幾度も遊びに行った、小学生の私にとって特別な場所だった。
そこに行けば、ちょっと背伸びした大人の遊びができた。
大人の遊びといっても、お小遣いを持って商店街を歩くくらいだったけど
でも、電車に乗って街に行くのはトキメキのイベントだった。


子供の頃は駅に着くと必ず、
近くにあった串団子を食べた。
串団子というのは私にとって、幼少の頃から
みたらしだんごと餡だんごしかなかった。
この2種類だった。
だが、ここにはそうではないものがあった。
磯辺だんごである。
おもちにおしょうゆを刷毛で塗って、それにおのりがまきつけてあるのである。
子供だった私はこの団子を見た時感動し
それ以来、ここに行けばこの磯辺団子を食べていた。
あれからウン十年
久々にこの駅に降り立つと
パブロフの犬状態に口の中が磯辺団子の味でいっぱいになった。
おそるべし
子供時代の味覚体験。



しかし。
ウン十年ぶりの駅前から
昔の面影は跡形もなく消えていた。
駅ビルが建ち、駅前ロータリーは高架となり
いわゆる「地方都市の駅前」の典型、
どこに行っても同じ構造のあの景色に変わっていた。
駅を出ると空中に広場があり、そこから通路があちこちに伸びている、あの風景だ。


日本の地方都市の主要駅は、どこだろうがみんな同じである。
一事が万事、この調子である。
立川や町田に行った時は、
「ああ、地方都市はどこにいってもこうだよね」と思っただけだった。
私はそこの昔の姿を知らないから、今の姿をあたりまえのように受け取ったのだ。
しかし今回は違った。
私は、ここの、昔の風景を知っているのである。
それが今は跡形もなく失われ、他の幾多の駅と全く変わらない、
コピーのような景色に変わってしまっているのである。


過去は過去であって、二度と戻ってこないのは解っている。
でも、これほど徹底的に「過去が失われてしまった」と感じたことはなかった。
だれでも、なんとなく、
懐かしい場所に行けば過去がそのままそこに残っていて
懐かしい人や懐かしい出来事に心の中で会える、と
思っているもんじゃないだろうか。
たとえ、そこにはもう、知っている人がいなくても、
あの出来事が二度と起こらないのは解っていても、
それでも、その場所がその風景を守ってくれている限り、
その思い出に出会えるし、その思い出がちゃんと、「確かにあったこと」だと
保証してもらえる気がするんじゃないだろうか。
この風景の様変わり、
私は思い出の世界から追い出されたような悲しみを感じて身震いした。
こんな気持ちは感じたことがなかったけれど
きっと多くの人が、景色が変わるたびに、こんな思いを感じているのだろう。


少し早めに着いたので、周辺をブラブラした。
かつての商店街が駅ビルの裏側に残っていて、少しホッとした。
商店街には地元資本のデパートがあって(多分今は違うのだろうけど)、
そこの屋上遊園地で小さな観覧車に乗るのが
小学生の私にとっては、至福の時間だったのだ。
今回はそこまでいけなかったけど、またこようとおもった。


時間になって、駅の構内にもどり、Kさんと待ち合わせた。
Kさんは20代後半の女性だ。
携帯で話しながら人混みの中に探し当てた彼女は、
クリーム色の肌がふわっとなめらかで、
ひとみがつやつやと木の実のようにひかる、かわいらしい方だった。
駅中のスターバックスに入って、座席を選んだ。
Kさんのおなかには赤ちゃんがいる。
禁煙席と喫煙席の別があるのかな、と店内を見回したが、表示はない。
Kさんが「このお店は全席禁煙なんです」と教えてくれた。
そうか、ちゃんとチェック済みなのだ。


前述の通り、Kさんは妊娠中である。
旦那さんはもともと子供をほしがっていて、
Kさんも子供は嫌いじゃない、というかむしろ
小児科で医療事務の仕事をしていたこともあるくらい、好きなほうだったので
結婚3年目を迎え、自然にそうなった。


結婚して旦那さんと暮らすうち、Kさんの心に、ある疑問が湧いてきたのだそうだ。
子供ができて、いっそうその疑問が気になりだした。
インタビューへのご応募メールでもそのことにはすこし、触れられていて
このインタビューでは、そこが目的地になるのかな、と思ったが
どうも、そうではなかった。
なんとなく、そのテーマは、重要なターミナル駅のような感じで
何度もそこに戻って、乗り換えをして
だんだん、そのあたりの地域を探検していくような、そんな対話になった。


Kさんは長女で、
親御さんは共働きだったが、おばあさんも同居していて
大変かわいがられたのだそうだ。
「あんたは最初の子供だから、蝶よ花よと大事に大事に育てたんだよ」
と言われて育った。
それで、自分でもごく自然に、そう思っていた。


だが、結婚してから、そのことに疑問符が付いた。
すなわち。
大事に育てたんだよ、蝶よ花よと育てたんだよ、という
繰り返し言われたそのことは
果たして、ほんとにそうだったのだろうか、ということである。
子供時代の話、学生時代の話を、夫とすると、
どうも「それはおかしいよ」と言われるようなエピソードがたくさん出てくるのだ。
そう指摘されて、確かに自分でもオカシイと思い始めた。


この疑念から、あらためていろいろ思い返してみると
様々な思い出がよみがえった。
中学から高校に進学する時も、
一緒に考えたり相談したりする気配はなかった。
担任の先生に促されて初めて、関心を持った様子だった。
成人式の時も、自分でローンを組んで準備した。
朝早くから着付けに行ったら、
美容院ではたくさんの家族が来ていて、
お母さんがつきっきりであれこれ世話を焼いているのに、Kさんは一人だった。
家に帰ったら「どうしたの?」と驚かれた。
両親は、その日が成人式だと気づいていなかったのだった。
高校を出たあと就職したけど、
肉体的にあまりにハードな労働条件で身体をこわして転職を余儀なくされ
その後、資格取得のために稼ぎながら学校にいった時、
金銭的にも肉体的にも相当厳しい状況だったのに、
何の関心も示さず、サポートもしてくれなかった。
確かに両親は子供をかわいがろうとしていたのかもしれない。
でもそれは、自分の都合に合わせて子供を、
いわばおもちゃのように扱っていただけで
本当は、Kさんのことなど、考えていなかったんじゃないだろうか。
Kさんはそう考えはじめた。


このことはKさんから見た風景であり、
おそらく、親御さんに話を聞けば、
また違った事情や物語が展開されるのだろう。
説明や補足、記憶のズレなどが出てくるだろう。
それは、どちらが正しいとか間違いとかではなく、どうしようもなくそうなのだ。
主観とはそもそも、そうしたものだろうと思う。
更に言えば、こういうことには「客観」はない、と私は考えている。
恋愛関係や親子関係のような、密接で、内的で、濃度の高い関係性の場において、
「客観的事実」というのは存在しないはずだ。
ただそこには、参加している人間の人数分だけ「主観」があって
あくまで「主観」同士が、
食い違ったり解り合ったり重なり合ったり反転したりするだけなのだ。
大事なのは、「客観的に見て、誰が何をしたか」ではなく
「おのおのの主観の中に、何が生起したか」だけ、なのだ。
ここでは、Kさんの親御さんが彼女に対してほんとに無関心だったかどうか、
あるいは、そのような行動をしたか、が問題になるのではなくて
Kさんが、そのように扱われたと「感じた」こと、
あるいは、おそらく
その思い出について、今、怒りや悲しみのような、
いや、そのような名前では何とも呼びにくいような、
深く冷たい、解きほぐしがたい結び目のような思いを
不安や疑問という名前で呼びながら抱えている、そのことだけが
一番大事な、厳然とここにあるテーマなのだ。
どうしてそうなったんだとか、誰の責任だとか、事実はどうだとか、
そんなことは問題ではない。


少なくとも、たとえば私が誰かに寂しかった体験を話したとして
私はその人に、そういうふうに思って欲しいと思った。
誰が悪いとか悪くないとか、私の勘違いだとか、そういうことじゃなくて
ただ私が悲しかったのだということを知ってくれればいいとおもった。
そのほかのことは、自分でなんとかできるのだ。
なんとかするし、なんとかするしかない。
だれだってそうだ。
それを誇り高く引き受けているからこそ、こうして他人に語れるのだ。


Kさんは、子供ができて、子育てに関心を持った。
本を読んだり、子育てサークルに行ってみたり、いろいろな勉強をした。
子供ができた人たちは皆、とても嬉しそうだし、
みんな「おめでとう!」と祝福してくれる。
でも、Kさんは、そういう「盛り上がり」をどうしても、感じられなかった。
子供に関心が持てるかどうか、自信がなかった。
自分がやってもらえなかったことを、
どうやったら子供にしてあげられるだろう。
仕事なら、他の人がやっているのをお手本にしてできるじゃないですか、
とKさんは言った。
でも、子育ては、自分が親にされたことが「お手本」ですよね。
そうなると、どうしていいかわからない気がするんです。


Kさんが読んだ子育て本の中の1冊には、
「無視は一番の虐待である」
と書かれていた。
この一文は、Kさんの印象に強く残った。
無関心であること、無視すること。
両親は果たして自分に関心を持っていたのだろうか。
口では「大事にした」というけれど、本当のところはどうなんだろうか。


Kさんの両親は、両親ともに、それぞれ片親の家庭で育った。
両親の親たちも苦労を重ねていて、
おそらく、2人とも、
十分に関心を持ってもらって育った、とは言えないだろう、とKさんは言った。
Kさんの言うことはわかるような気がした。
ようは、両親も、お手本となるような子育てをされていなかったのかもしれないのだ。
確かに両親も、きっと、一生懸命だった。
ただ、どうすべきかがわからなかっただけ、なのかもしれない。


親子の関係性には、「相続」がある。
継承されていくものがある。
おばあさんが母親にしたことが、母から子へと何らかの形で受け継がれ、
さらに、その子供が自分の子供を持った時、同じことが形を変えて繰り返されていく。
何らかの自分の問題点に気づいた時、
多くの人が子供時代を思い出し、親との関係に疑問を感じる。
そして、その親を恨んだり批判したりするのだが
よくよく親に話を聞いてみると
その親もまた、自分の両親に似たような思いを強いられていたりする。
そこから更に、遡ることができることもある。


私自身、自分の心にある妙なクセに気づいて
それがどこからできあがったのが探った時、
やっぱり両親との関係の中になにかがある、と思ったけれど
その両親もまた、自分の子供時代、さまざまな体験をしていたし、
祖母や祖父にも、その源流となるような体験があったのだった。
だれでも子供の頃は、自分の環境を自分で変えることはできない。
子供は、あたえられた環境をすべて、そのまままるごと受け止めるしかない。
それが「当然なのだ」と思うしかない。そこで生き延びるしかない。
愛とゆたかさに恵まれて育つ人もいるだろうけれど、
否応なく重い荷物を背負わされる人もいる。
多くの人は何らかの形で
祖父母の代から、更にもっと前の代から連綿と受け継がれてしまった石ころや岩を
多少は、持たされているのだろう。


Kさんは、親を恨んでいる、というふうではなかった。
犯人捜しをして、犯人を見つけた!という感じでは、全くなかった。
ただ、親が自分に対して「大事にした」と言いながら、
そこにある種の無関心な態度があったとして
今度は自分が子供を持つことになったが
果たして、自分は愛情を持ってこの子を育てられるのだろうか、
という不安と疑問を感じているのだった。
さらに。
子供ができた時、つわりがきた。
五感が鋭くなり、身体の自由が少しずつ、奪われる。
行きたい場所にも行けなくなったり、気にしなければならないことが増える。
今までは「自分優先」だったのに、これからは「子供優先」になる。
そのことについての焦りや不安、怒りのようなものが生まれた。
子供を持つということは、一時的にであれ、
自分の労力や身体や時間や、持っている全てのモノを
子供に与えてしまうということなのだ。
「自分」は後回しになる。
このことを、わだかまり無く受け入れられるのだろうか、という不安が
Kさんの中に、どんどん湧いてきた。


とはいえ、
Kさんは、子育てに関心を持ち、いろいろな媒体に触れ、
実に様々な情報を仕入れているのだ。
「子供に関心が持てないかもしれない」
「子供ができてわあっと盛り上がっている他の人たちに共感できない」
と言いながらも、
ものすごくよく勉強しているのだ。
話の端々に、それが出てくる。読んだ本、参加した勉強会、行ってみたサークル。
私ならこんなに熱心に動けるだろうか、と私は自問した。
確かに、身体の中にもう一人の人間が宿って
その人間に対して責任を負わなければならない、となったら
自分だって何をはじめるか解らない。
でも、やっぱり、
Kさんの心にあるものと、実際の行動とのギャップは、
とても印象的だった。


Kさんには姪御さんがいる。
姪御さんが生まれた時、Kさんは「おかしくなった」。
どうおかしくなったかというと、まさに「ねこっかわいがり」したのだ。
何でも買ってあげるし、何をされても腹が立たず、文字通り、あまやかしたおした。
かわいくてかわいくてしかがたなかったのだそうだ。
それと同じものが自分の手に入る、とは思えないんですね、と私は聞いた。
Kさんは、自分の子供っていうのは、また違うんじゃないかと思う、と、心もとなさそうに頷いた。
いつでも子供を最優先にできるかどうか、自信がないんです、と言った。
私には子供はいないけれど、その気持ちは想像できた。
Kさんの話は全般に淡々としていて、情緒的な感じではなかった。
悲しみに暮れたり、深刻になったりすることはなくて
自分を少し遠巻きにして「観察」している感じがあった。


以前、日本でワールドカップが開催された時、
Kさんは非常に入手困難なチケットを「当てた」ことがある。
大会よりもずいぶん前にその抽選があったので、
「当たった」という知らせが届いたのをそのままに、忘れるともなく忘れていた。
まあ、誰でも応募すれば当たっちゃうんだろうな、くらいの認識だった。
大会が近くなり、テレビでは
チケットが高額で売買されているというニュースが騒がれはじめた。
その値段を見てびっくりし、そういえば私もその紙を持ってる、と思い、探し出した。
サッカーには特に興味があるワケじゃなかったので、
結局、手続きをして知人に譲った。



お宝鑑定団とかに出ている人を見ると、気持ちがわかるんです、とKさんは言った。
自分ではその価値の解らないものをどこかに持っていて、
ある日突然、それはものすごい価値がありますよ! といわれてびっくりする、
あの気持ちがよくわかる気がするんです。


このセリフは、とても印象に残った。


なぜなら、私には、その気持ちが少しもわからないからだった。
多分、Kさんと同じような体験をしていたとしても、わからないだろうとおもった。
でもそういうことは、現実に、確かにあるのだ。
価値の解らないものを持っていて
それがある日、不意に、誰かに発見される。
自分でその価値を知る。
そういう体験が、ある。
驚きを感じ、それを使えるようになる。誰かにあげることもできる。


Sさんに会った時も、最初の方に話を聞いた時もそうだったけれど
お話をしていると必ず、こういう「印象的なひとこと」というのがある。
それは、その人がたどってきた道のりの中で得た、
ある「経験則」みたいなものじゃないかと思う。
その経験則は、その人の人生に繰り返し刻まれていて、
その人の価値観や特徴となってあらわれるのだろう。
だれもがそういうフレーズを一つか二つ、
いや、もっとたくさん、持っているものだろうと思う。
そういうフレーズは、自然にぽろりと出てきて、
聞いている人間の耳に残る。
ざあっと鳥肌が立って、今大切なことを言われたんだ、とわかる。
それは、私へのアドバイス、などじゃなくて、
言ってみれば、ある種の「知恵」なのだ。
特別な、その人が身をもって体験したところからしか現れない、「知恵」なのだ。
その人でなければ生み出せなかった、でも、ごく普遍的な「知恵」なのだ。
本当の知恵っていうのは、それを知ってるだけではどうにもならない。
それを知って実戦する、というのでもない。
ハウツーとか、イイ言葉とかでもない。
習慣や条件でもない。法則やルールでもない。
多分、誰かに出会ったり、なにか問題に直面したりした時、
その知恵が自然に、傘のように、ぱっとひらく。
その知恵が種のように芽を吹いて、花を咲かせる。
その人が意識するとしないとに関わらず
聞き手である私にとって慈雨となるその一言が
その人の生きようの奥底から、降り落ちてくる。


私は、この「価値あるものを持っていたことを不意に発見して驚く」ということが、
「大事にしていると言われ続けたのに、ほんとうは無関心だったのではないか」
ということと、何となく呼応しているなと思った。
呼び合っていて、呼吸のように、作用し合っているように思えた。
でもそれはいったい、どういうことなんだろう。


多分、Kさんは子供を産んで、そこで、たくさんの発見をするだろう。
Kさんは、物事に興味や関心を持つ前から行動し、
行動の中から、実体をすくい上げていくようなやり方を持っているようだ。
それは、お手本がない中で、彼女が繰り返してきた方針で
素晴らしいパワーを持っているように見えた。
「多分お子さんが生まれたら、気持ちも変わりますよ」
なんて言葉も思い浮かんだけど、そうじゃないんだと思った。
ただ、Kさんの子供が生まれたら、そこでKさんは確実に
なにかを発見して、そして、変化を遂げるだろうとは、思った。
その変化がどんなものなのか、想像はつかなかったけど、
でも、とても興味深く、ぜひ出産後にまた話を聞いてみたい、と思った。
そういう意味のことを話したら、
Kさんも、そう思います、と笑ってくれた。