石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

5th-Aさん


このインタビュー企画で、5番目に協力して下さったのは
劇作家の阿藤智恵さんである。
このインタビューでは、お名前はすべてふせているけど
阿藤さんには、ことさらにお名前を出すことをお願いした。
なぜなら、阿藤さんは作家だからである。
私には、そのことがとても大事だったのだ。


私は、文章を書いて暮らしている。
今は占いの文章を書いて暮らしている。
ホロスコープを書いて、そこから連想したことを言葉にして
雑誌やインターネットにそれを公開し、それで原稿料をもらって生活している。
このことは、今にあって思えば実に「自然に」そうなったのだが、
経緯を振り返るとただの一度も、この地平を目指して歩いたことはない。
私はいつも他のものになりたかった。
会社員とか、技術者とか、学者とか、そういうものになりたかった。
小説を書いて作家になりたかったけれど、その夢はわりと早い段階で打ち砕かれた。
だから、社会的にいろいろな人に認められたり褒められたりするような
いいお仕事していらっしゃいますねと言われるような、そういう仕事に就きたかった。
私は優等生気質があってプライドも高かったから
そうなるように、がんばった。
相当がんばった。
でも、どれにもなれなかった。
チャレンジしたけど、だめだった。
そうした幾多の挫折の果てに、今、こうして占いの文章を書いて暮らしている自分がいる。
ガリガリ目指したものとはべつのことをやっている。


この先どう変わっていくかということは別として
ここ数年、この「占いの文章を書いて暮らす」ということについて、私は納得していた。
自分の選択の結果、自分でそうしたのだということを知っていた。
時間も労力も注ぎ込んで、この「仕事」を一生懸命やってきたという自負もある。
がんばったからってなんでもうまくいくというワケじゃないとは
幾多の挫折経験から重々解っている。
だから、この仕事を通して
喜んで頂いたり、勉強させて頂いたり、チャンスを頂いたり、
およそ仕事をする上で「やった!」と感じられるようなことに、日々、恵まれ続けてきたことに
ほんとに、ありがたさを感じていた。
まずは働けるというのは素晴らしいことだし、
さらに、とても素敵な方々に巡り会えたし、
悩みや怒りも来るべくしてきた「私のもの」だった。
占いを書くということを通して得たそれらの体験を、私は幸福だと感じた。
無論、恥や迷いを感じるのはしょっちゅうだったし、
いつも自問自答の繰り返しだし、
いろいろな人にいろいろなことを言われてきたけど
それでも、自分でそれを創り出して、それが仕事になっているのだということが
ある保留を意識した上で、腑に落ちていた。
この「保留」は、占いとは何か、ということ、そして
自分はどこを目指しているのか、ということだ。


私は今、自分が、文章を書くこと以外にノウがないことと、
小説を書くためのいくつかの能力が自分に徹底的に欠如していることを知っている。
そして、今、かつて幾度かのりこえてきたのと同じような、
ある種の「岐路」に立っていると感じている。
そういう状態で、阿藤さんに会った。
インタビューするにあたり、阿藤さんが作家であるという「前提」は、
そんなわけで、私にとっては脅威でもあり、福音でもあったのだ。


阿藤さんとは、このインタビュー以前にも一度、お会いしたことがあった。
彼女の知人がその印象を「スーパーボールみたい」と評したそうだが、まさに言い得て妙だと思った。
小柄で「あいくるしい」という表現がピタリとはまる阿藤さんは、
その清楚な小花柄のような印象からは想像もつかないほど
魂の激しさとぎゅっと稠密に詰まった世界観を持った、完全な「作家」なのだ。
この場合の「完全な」は
クオリティとかそういうことを指しているのではない。
それ以外のものになりようがない、という意味で完全なのだ。
彼女の筆の先からも、口からも、およそ彼女の血肉に根ざさない言葉は出てこない。
全て何らかの形で彼女の細胞が生み出した、滋養に満ちた有機野菜みたいな言葉だ。
このいきいきとした生き物の感触は、言葉を使うに当たってその目的地が違うためにうまれる。
人はコミュニケーションしようとして言葉を語るが
彼女は自らの絵を描くために言葉を語るのだ。
それは誰かに伝達され利用される、意図を持った「情報」ではない。
なにげないヒトコトでも、冗談でも、借り物の言葉は出てこない。
それは「そういうふうにしかならない」のだ。


阿藤さんは長らく演劇の世界で活動をしている。
その当初は、女優だった。自分で演じていたのだ。
それがあとになって、劇作家、つまり脚本を書く側に転じた。
かつて、彼女はあるパフォーマンス集団に所属し、ヨーロッパ公演に出かけた。
パフォーマンスには阿藤さんの他に、もう2人の女優さんが出演していた。
公演旅行はとてもタイトなスケジュールで、
夜は満足に眠れず、食事の事情も良くなく、
舞台の合間、阿藤さんは共演の女優さんの一人といっしょに、
目の下に大きくクマを作りながら「辛いね、苦しいね」と愚痴を語り合った。
そして、ステージに立ち、阿藤さんは身体の不調をこらえながら演技をした。
だが。
さっきまで同じように青い顔をして愚痴を言い合っていた彼女のほうは、違った。
目は輝き、目の下のクマは消え去り、みちがえるようになっていた。
さらにステージが進むにつれて、疲れるどころか、
どんどんいきいきとよみがえっていくのだった。
この様子を、阿藤さんは「舞台の上で光合成するんです」と言った。
役者というのは、上手か下手かではない、とそのとき思ったんです。
どんなに辛くても、疲れていても、舞台の上でお客さんを前にすると、
そこでどんどんチャージできるのが、役者なんです。
舞台があってお客さんがいる、というそのシチュエーションで光合成できる人、
というのがいて、それは私とは民族が違うんだ、種族が違うんだ、と思ったんです。
阿藤さんは女優から劇作家に転身した。
周囲もそれを勧めてくれて、ごく自然にそうなった。
そして、そのことが正しかったと感じている。
いわゆるそういう「民族」「種族」だったわけである。
演劇という世界に住む民族であるという意味においては女優さん達と同じだけれど
その中でも細かい種族や部族があるのだ。
そのなかの、自分は「劇作家」という種族である。
こういうアイデンティファイが、実感を伴って、阿藤さんの日常に根を張っている。


この「民族が違う」という言い方は、すごくおもしろかった。
阿藤さんは現在、専門学校でお芝居を教えているが、
教える上でも、そういうふうに見るようになった。
演技がうまいかへたかではなくて、そういう民族かどうか、なんです。
もしそういう民族の人だったら、ヘタだろうが何だろうが、やるしかないんです。


「才能」とか、「適性」とか、そういう言葉がある。
でも、こういうふうにいろんな方とお会いして感じるのは
才能や適性ということが語られるときの言葉の貧困だ。
貴方は才能がある、貴方は適性が高い、という言い方の、そのなんと浅いことか。
人間社会はものすごく分業されていて、
みんなとても特殊なポジションで仕事をしている。
多くの人が「こんなことは誰がやっても同じだ」と思いながら日々、
目の前の仕事に注力しているが、
果たして本当に「誰がやっても同じ」なのだろうか。
あるいは。
「誰がやっても同じ」というのは、成果から逆算した「才能」の話である。
この結果は、誰がやっても同じように出る、という考え方である。
でも、この「誰が」のほうが実は、問題なのかもしれない。
つまり、誰もが、自分が思っているほど「オールマイティ」ではない、ということだ。
「私はとても平凡です」
という言い方は、ほんとはとても思い上がった言いぐさなのかもしれない。
「フツウの幸せが欲しい」
なんて、荒唐無稽なイマジネーションなのかもしれない。
人はみんな、他の人と比較して驚くほど「特殊」で、
ほとんど「ある一つか二つのことにしか使えない」存在なのかもしれない。
そのことにたどり着くまでにいくつもの挫折を必要とする人もいれば
一直線にたどり着く人もいるのだろう。



阿藤さんはかつて、ある夢を見た。
一人のおじいさんが、猿に餌をやっていた。
そのおじいさんが「神様」だということを、阿藤さんは知っていた。
それで、彼女は「神様に聞きたいことを聞かなきゃ!」と意気込んだ。
神様に会えるなんて滅多にないチャンスだ、
せっかく逢えたんだから肝心なことを是非とも、聞いておかなければ。
そう思って、焦りつつも力を込めて聞いたことは、これだった。
「演劇は、ありますか?」


小説を書いても、占いを書いても、こうした文章を書いていても
私はいつも心の中に引っかかりを感じ続けている。
阿藤さんもやっぱり、それを感じたのだ。
演劇は社会の役に立っているのだろうか。
単なる、演じる側の自己満足に過ぎないんじゃないだろうか。
人の心に影響を与える、元気を出してもらう、とは言うけれど
それは本当に社会や人々にとって、必要なことなんだろうか。
仕事って、もっと大事なものがたくさんあるじゃないか。
アフリカではたくさんの難民が飢餓に苦しみ、
常に世界のどこかで戦争が起こっている。
理不尽な搾取、理不尽な犯罪、虐げられて孤独な人々。
そういう社会においてこれを立派な仕事と呼べるのか。


「演劇は『ある』のか」
つまり、この社会の中に、演劇ってものは「アリ」なのか。
これが、阿藤さんの、夢の中の神様への質問だった。
これから先も、廃れずに、必要とされて、それが必要であって、「あり」続けるのか。
神様が答える前に、目が覚めた。
でも、彼女はその答えは「ある」だということがわかっていた。


最近、阿藤さんは「ツォツィ」という映画を見た。
南アフリカアパルトヘイトを描いた映画だった。
映画館を出てから、一緒に見ていたお母さんに、阿藤さんは聞いてみた。
「もし世の中が天国みたいに平和になったら、文学はなくなるかなあ」
お母さんは少し考えてから、こう答えた。
「人の死と恋愛はあるから、文学はある。安心しい」
人の心が痛む限り、そして、その痛みが人が生きることの根本にあるかぎり、
文学はなくならないのだった。
たしかに、そうかもしれない。


歴史的に、演劇は小説よりも前からある、のだそうだ。
歴史の黎明期、人間が物心ついた頃からすでに、演劇はあった。
どんな民族にも、どんな文化にも、演劇に類するものが存在する。
そして、今もある。
映画やドラマ、舞台など、日々誰もが「芝居」に接している。
観客がいて、ステージがあって、そこでドラマが展開する。
人がいる限りそれはずっとあるだろうとおもう、と阿藤さんは言った。
何に役に立っているかは、口では言えないけれど、
何にもなっていないけれど必要なものなんだ、という確信が、今はある。
何の意味があってやっているのか解らないし、
たとえば舞台なら舞台で、お客さんが5,6人しかいなかったとしたら
結局その人達にしか影響を与えないわけだけれど、
でも。
「あると思いますね」
阿藤さんは、何度も言い方を変えながら、そう語った。


私にはまだ解らないのだ。
占いが「あり」なのかどうかもわからないし、
文章創作というものが「あり」なのかどうかもわからない。
阿藤さんのようには、確信が持てない。
多分、もっとちゃんとした仕事をしなくちゃ、と思っている自分が
常に心のどこかにいて
「自分で思ったことを文章にする」というようなこんなわけのわからないことを
「仕事」と呼びたがっている自分に罪悪感や恥を感じながら生きている。
ただ、同じ疑問を発しながら、
それを肯定できる人を見ていて、その言葉を聞いていることは
私にとって、快いことだった。
それは、自分が肯定されているような気持ち、というのではなくて
なんというか、生まれたばかりの赤ん坊を見ているような、
もぎたてのつやつやしたみずみずしい果実をながめているような、
そんな感じだった。
そこに、絶対的にいいものがあって
それは私のものじゃないけれど、それを見ているのは気分がいいのだった。


私は徹底的にわだかまっている。
自分の中に、ふてくされてすねたようなものがうずくまっている。


阿藤さんは一時、芝居作りに疲れ果て、絶望して
小説を書こうと思い立ったことがある。
10頁ほど書いて、そこで
「私は作家なのかもしれない」
と思ったそうだ。
そこまでなら、だれにでも一回くらいはありそうな話なのだが
阿藤さんは更に先を行った。
彼女はそこで、家族全員に手紙を書いたのだ。
「私は作家になってしまいました、そうなっちゃったみたいです」と。
これは、単なる職業選択の宣言のように見える。でもその真意はべつのところにあった。


たとえば、阿藤さんが家族のことを描くとする。
この家族が作中では完全なフィクションで想像上の家族だったとしても、
阿藤さんが作家であることを知っている友人知己は、なんとなく
それが阿藤さん自身の家族をモデルにしているのでは、と思うだろう。
或いは、阿藤さん自身が意識しなくても、
やはり、自分の基本的な部分を培った人間関係である家族の姿は
作中の人物のなかににじみ出て、現れ出てしまうだろう。
そういう意味で、阿藤さんが作家になるということ
すなわち、阿藤さんの家族が作家の家族となるということは、
阿藤さんにとって
「ひとことことわっておかなければならないこと」
だったのだ。
作家になるということは、家族に影響を及ぼすということ、だったのだ。
迷惑をかけるかもしれないし、恥ずかしさを感じさせるかもしれない。
そういうことだった。


阿藤さんは、自分の脚本の舞台を見に行くのが大好きなのだ。
お客さんが喜んでくれて、感動したり反応したりしてくれるのを見るのが大好きで、
その表情を見たいし、もう、お客さんに触りたい!と思う、と、
いかにも嬉しそうに言った。
批判されたり苦言を呈されたりすることはないんですか、と私が聞くと、
劇場でお芝居を見終わって「阿藤さんですね」と声をかけてくる人は
芝居を気に入って、褒めてくれる人たちなんです、と笑った。
なるほど。気に入らなかったらさっさと帰るだろう。
彼女は、「見ている人に影響を与える」ということを意識している。
阿藤さんは以前、妊婦をテーマとした作品を書くよう頼まれたことがある。
そのとき、彼女は出産や妊娠に関することを徹底的に調べた。
人は、ある種の表現を「自分のこと」として受け取ることがある。
自分も体験したことがあること、自分が今まさにその状態にあることなどが
芝居や文学で表現されているとき、
人は「自分のことが描かれている」と感じる。
そして、そこに自分の体験とのズレや、いい加減にまとめて描かれたことがあると、
怒りを感じたり、深く傷ついたりする。
そういう「影響」を、阿藤さんはこのとき、文字通り「触る」かのように意識した。
だからそのときはすっごくしらべました、と彼女は言った。




誰かに影響を与える
ということは、私には、とてもおこがましい考え方のように思える。
私なんかがだれかに影響を与えることがあるとは思えない
というのが、私のスタートラインとなった基本的なスタンスだ。
それは個人的な関係においても、表現の場においても、そうだった。
誰かに影響を与えるかもしれない、なんて思い上がったことは思えない。
誰も私の言うことなんか本気にしないだろう、と、思いこんでいるフシがある。
だから、阿藤さんが「家族や観客に影響を与える」ということを
とても生々しく、真剣に感じ、そこに責任を負おうとし、
活動の意味を見いだそうとしているのを見て、
私は身体の芯が冷たくなっていくような感じがした。
そして同時に、あの「民族」と言い方を使うとしたら
この人は創作する側、そして発信する側の「民族」なのだろう、と思った。
そういう種族なのだ。
自分の「表現」が他者に影響を及ぼすということを解っているのだ。


だれしも、他者に影響を与えることができる。
誠実な人ほど、それを知っている。
「私なんか誰にも影響を与えたりできないだろう」
という想定は、一見、謙虚な態度に見える。
でも実はそうじゃない。
たとえば、私が誰かに恋の告白をしたとする。
そのとき、相手は私に気がなかったとして、
その人は私にどういうふうに反応するだろうか。
その相手がもし、「自分なんか誰にも影響を与えないだろう」と思っていたら
おそらく、曖昧な返事をしたりごまかしたりして
自然消滅させようとするだろう。
自分が相手を何とも思っていないのと同様、
相手も、一時的な気の迷いを忘れてくれるだろう、と思うかもしれない。
一方、「自分は相手に影響を与えるのだ」と考える人だったら
「ごめんね、そんな気持ちはもてない」とはっきり言うだろう。
はっきり言わなければ、相手はずっと同じ気持ちでいるだろうし
曖昧なことを言えば、期待してしまうだろうと予測できるからだ。
後者の方が誠実なのだ。
おそらく、自分が相手に対して与える影響が大きい、と想定する人のほうが
一見傲慢で自意識過剰のように見えて
実は、誠実で責任感のある人、なのだ。


人が人に影響を与える。
つまり、誰かの心を動かしたり、
誰かを変化させることができたりする、ということだ。
阿藤さんはそれを、ごく当然のこととして語る。
とても基本的な、ありのままのこととして語る。
お芝居を作り、観客に触れ、その感動した表情を見てきた彼女にとって
自分がやったことが誰かに「影響を与える」というのは
まったく「リアル」な光景なのだろう。
私は文章を書くけれど、
それを読んでいる最中の人とか
読んだ「直後」の人とかに接したことはほぼ、ない。
読後の表情を見ることなどできない。
読者は私からはとても遠くにいる。
紙の向こう、ディスプレイの向こう、どこか彼方にいる。
だから、このところレクチャーやサイン会などのイベントで読者の方に会うとき、
常に動揺し、どうしたらいいかわからない、という気持ちを味わっていた。
読みました、と直接伝えて頂き、感想を言って頂きながら、
そのことをどう捉えていいかわからなかった。
自分が人の心を動かしたり、「影響を与え」たりすることがあるなんて
どこか半信半疑で、そのことを解っていなかったのだ。


阿藤さんはそれを知っているのだ。
だから彼女は生命力と色彩ではちきれそうに膨らんだ蓮のつぼみのように
強力な世界観で自分を満たしてそれを外にはじけ飛ばすことができるのだ。
そこに幾重にも「自分」を重ねていくことができるのだ。
ものを調べ、考え、人と接し、言葉を練って、
そうして、身体全体を通して表現していくことが可能なのだ。


私は阿藤さんに会う前、彼女の作品を3つほど読んでいた。
骨組みが堅牢で稠密かつ繊細、彼女には目の前にないものが細かく見えるのだ。
それは私も経験したことがある。
見えていることを書く。
ただしその「見えているもの」は、自分以外の人には見えない。
それをいったんバラして再度組み立てなおすようにして言葉をつむいでいくとき、
他人の頭の中に一つの世界を描き出すことができる。
その脳細胞を動かしてある画像を作り出すことができる。
その映像は、私たちが見ているのと同じものでは決してない。
でも、一つの形ある世界であって、実体なのだ。
この奇妙な営為を、阿藤さんは「仕事」とよび、「ある」と確信している。
私はこれを疑っていて、中途半端に取り扱いかねて
手の中にもてあまして、ためつすがめつしている。


いつも同様、阿藤さんに、
一つ何か今お持ちのものの写真を撮らせて下さい、とお願いした。
彼女は一切迷うことなく、このノートを取り出してテーブルに置いた。



ナカミも見せて下さった。
黄色い柔らかい紙に、シャープペンシルやペンで
たくさんの破片が書き連ねてあった。
図や絵になっているページもあった。
構想を練り、いくつも言葉を試し、描き、
画家のクロッキー帳かスケッチブックのようだった。
私もこういうものを持っている。やっぱりそうだよねと思った。
すごくその「仕事する時の手触り」にリアリティがあって
そこにはものを書く人間の日常があって
彼女は
「これだけ長いことやっていても、
 書くノウハウとか手順とかスタイルとか
 全然決まっていないんです」
と言っていたけど
それこそがまさに、仕事のスタイルなんだなとおもった。
このノートの持ってる日常の感じが「仕事」で
それに関して阿藤さんが負っているものは
他者への影響であり、演劇が「ある」ということだった。


阿藤智恵さん、というペンネームは
彼女の愛する劇作家、アントン・チェーホフから来ている。
何もかもうまくいかなくて落ち込んだとき、
嘆きのあまりご自身の本名の字画が悪い、とお母さんに文句を言ったら、
お母さんがこうこたえたのだ。
「じゃあ、お母さんがペンネームをつけてあげるから、好きな作家の名前を言いなさい」
阿藤さんは「じゃあ、アントン・チェーホフ。」と言い、
お母さんはしばらく考えて「阿藤智恵」と、娘を再度命名したのだった。
阿藤さんはこの名前を、とても気に入った。
私は、この話を聞きながら、チェーホフの「三人姉妹」の一節を思い出した。
「やがて時が経つと、わたしたちも永久にこの世にわかれて、忘れられてしまう。
 わたしたちの顔も、声も、なんにん姉妹だったかということも、
 みんな忘れられてしまう・・・」
楽隊の音が鳴っていて、それを聞いていると、
自分たちが何のために苦しんで生きているのかわかるような気がする・・・
私がうろおぼえにそのあたりを口にすると、阿藤さんがひきとった。
そう、「それがわかったら、それがわかったらね!」。


チェーホフの「三人姉妹」は、胸がしめつけられるほど悲しい。
多くの人が味わっている悲しみが何種類も、
いたいたしいほどリアルに描かれている。
愛する人に愛されない痛み、愛する人と結ばれ得ない痛み、
所有しているものを奪われる痛み、価値あるものを地に落とす痛み。
様々な喪失と空疎が、幾重にも層を成して描かれている。
何のためにいきているのか、何のために苦しんでいるのか、
それがわかったらね!という長女オーリガのセリフは、
詠嘆というよりも悲鳴に近い圧力を感じさせる。
オーリガではなく自分がそれを言ったような気がして
自分の声がアタマの後ろから聞こえてくるような気がしてどきりとするのだ。


阿藤さんは、自分が作品を作る時はいつも
それを見た人が、生きていきたい、と思うようなものをつくりたい、と言った。
見た人が、明日からも生きていこう、と思えるような演劇を作りたい。
阿藤さんが「大好き」というチェーホフのこの悲しみは、
それと矛盾するような気がした。
私がそう言うと、阿藤さんは、こう答えた。


確かに、どの作品でも、チェーホフの書く人々は苦しんだり悲しんだりしていて
救いようがないように見えます、
でもそういうふうに苦しんだり悲しんだりしている人たちの姿が
たまらなく美しいんです。
チェーホフはそれをきっと、とてもいとおしいと思っていたと思うんです。
だから、登場人物の苦しさや悲しみを見たあとで、
自分は明日から生きていこう、と思える。
それは、その生きているありのままの姿がうつくしくいとおしいからなんです。


阿藤さんのお話を聞いているその間中、
ここに書ききれない様々な、おもしろい話と言葉に心を奪われながらも
私はずっと一つのことを思っていた。
それは、私が大好きなエリック・ホッファーの一文をもじったものだった。

「もし、私に絵が描けたら、この人の肖像画を何枚も何枚も描くだろう。」

私は、彼女の話を必死にメモしながら、そのメモの中にこの一文を滑り込ませることに成功した。

      • -


彼女の話を聞きながら、頭に浮かんだ一節がもうひとつあった。
少し長いけれど引用する。
サマセット・モームの「サミングアップ」より。


「・・世界では何百万もの人が飢餓線上にあり、地球上の広い部分で自由が死につつあるか既に死んでいる状態にある。恐ろしい戦争が数年おきに繰り返され、その間は無数の人にとって幸福は手の届かないところにあるのだ。人生に価値を見いだせぬ人がいるし、また、何世紀もの間、苦難に耐えることを可能にしていた未来への希望がはかない夢に終わりそうだと知って、呆然となった人もいる。こういう厳しい世界を思うと、芝居や物語や小説を書くのは、いかにも無益ではないかと自問せざるを得ない。私の考え得る唯一の答えは、作家の中には書く以外のことが何もできないように生まれついた者もいる、というものだ。書きたいから書くのでなく、書かざるを得ないから書く。世の中にはもっと差し迫ってすべきことがあるのかもしれないが、魂を創造の重荷から解放せねばならないのだ。たとえローマが燃えていても書いているのだ、世間の人は、消火のためにバケツ一杯の水も運ばないからと軽蔑するだろうが、仕方がない。バケツの運び方を知らないのだから。それに、火事を見ると心が躍り、様々な表現で頭がいっぱいになるのだ。」


ものを書く人間だけじゃない、
火事を見てバケツを運ぶしかない人、
火事を見てバケツを運ぶ人を組織するしかない人、
火事を見て火事のことを他人に伝えようと走るしかない人、
みんな「そうするしかない」人なのであって、他のことは、できそうでもできないのだ。
そして、その「そうするしかないこと」にたどり着くために
ほかの「本質的にはできないこと」をいくつか経験しなければならないことも多い。
これは迂回でも迷子でもなく、クリティカル・パスなのだ。
阿藤さんの「仕事」はそういうふうに決まっていて
そして、おそらく全ての人がきっと、こういうふうに自分の「仕事」を決めているはずだと思った。
モームのこの一文は、社会的人間がその社会の中で自分の位置を得るということそのものを
語っているような気がするのだ。