石井ゆかり@筋トレのブログです。
『星読み』もよろしく!

2007/7/30-8/5のホロスコープ。


こんにちは、石井ゆかりです。


すっかり暑くなりました。
こうなってくると乙女OGは日焼け対策を余儀なくされるわけですが
私はぺたぺた日焼け止めを塗るのがあまりスキでないので
日傘が活躍します。


ですがこの日傘・・・見た目ほど優雅ではありません。


雨の日ならば、風向きと雨の降ってくる方向は連動します。
つまり、風に対抗するように傘をさせば、雨も防げるわけです。


しかし。
カンカンでりのときに日傘を差す場合
遮るべき「光」の方角と
風の吹いてくる方角は
かならずしも連動しない、というか、別々自分勝手です。
ですから
「日を遮ろうと思うと、向かい風を傘で受けてしまう」
という事態が生じます。
つまり
太陽を背にして歩くとすると
傘を担ぐ感じで歩くことになるわけですが
このとき、正面から風が吹いていた場合
傘が風を集めるので、後ろに引っ張られるのです。
これは痛い。


他の人にはさわやかな微風としか感じられない風も
日傘組にとっては遅刻をひきおこしかねないような凶悪な向かい風として経験されるわけです。


あることを避けようとすると
他のことが強烈な障害になる。


なんか
人生訓(オオゲサ


・・・・




今週の空模様ですね。
今週は、水瓶座で満月、からスタートします。
満月は「なにかが充ちるタイミング」とされています。
この瞬間になにかが起こる!
と思っている方も多いようですが
緩やかなカーブになってたり、
この「前後」を含めて一連のできごとだったり、ということもあるようです。
徐々につみかさねてきたこと、やってきたことが
ここでピークになる、っていうかんじです。


週明け、水星と天王星が120度をつくっています。
水星は蟹座、天王星魚座
水の星座、「感情」がイメージされます。
きもちがつたわる
っていうような雰囲気です。
天王星は「意外性」「突発性」「いつもとちがうぞ」というイメージの星です。
ですから「思った通り」ではないだろうとおもいます。
予想外の、気持ちの伝達。そんな感じがいたします。
天王星と水星は、どちらかと言えばロゴスの星々です。
論理、思考、そういうものを扱います。
それが「気持ち」を扱う場所にあるため
感情を理性的に扱おう
という雰囲気を感じます。
気持ちに流されちゃうんじゃなく、
気持ちをちゃんと考えて使おう、という感じです。


今週はもうひとつ12度ができあがります。
それは、木星と太陽の120度です。
射手座木星と、獅子座太陽。2つとも「自分の部屋」にいます。
木星は射手座の支配星、太陽は獅子座の支配星。
これは大変景気がよろしいです。
火の星座ですから、おおらかさや肯定的な態度が感じられます。
パッションにしたがって、
アクティブにダイナミックに動く、というイメージです。
なんとなく「成功」という印象があります。
大きなミッションをばーんと成功させる、みたいな
楽天的で前向きなイメージです。
とてもポジティブです。


ですが一方で、冥王星が面白い場所にいるなとも思います。
水星・火星・冥王星でヨードという形になっているのです。
更に土星冥王星に対して120度。
ヨードは、教科書を見ると
「神の手にとらわれたような状態」
とか書いてあって不穏な雰囲気なのですが
私は
「矛盾・平行線・全く一致点が見いだせない噛み合わない条件同士を
 意外な方法で組み合わせたり、そこから新しいものを生み出したりする」
ような配置だなと思っています。
特に、ヨードの「指」とか言われる頂点の星。
これがカギになると言われたりします。
今週の形は、射手座の冥王星が頂点なのですが
冥王星のテーマは非常に深く難しい、という気がします。
星占いで使う天体の中では、太陽から最も遠いところにある星で
もう「惑星ではない」という位置づけになっている星です。


太陽は「意識」「行動」というような解釈が為されます。
そこからいちばんとおいところにあるものが、冥王星です。
普段は知り得ないこと、あるけれども隠蔽していること。
自分でもどうしようもないような衝動や欲望の奥にある「仕掛け」が
冥王星の意味するところなのかなあと思います。
たぶんそれは、「見たくないもの」なのかもしれません。
自分ではみたくないもの。


普段は隠していて、見たくもないもの。
それが「カギ」になっているなんて
何が起こるやら(汗
私を「とてもいい人」と思っていらっしゃる方も多いのですが
そんなことはまったくありません。
悪意のカタマリ・・・・とまでいうと言い過ぎかもしれませんが
はっきり言って相当に毒々しいものをドロドロ抱えて生きております。
だから事件のニュースなどではたいがい
さきに犯人に共感しようとします(無意識(爆
これは、犯罪を肯定するという意味ではなく
単に、私の中にも犯人が持っているのと同じような弱さが存在することを発見する、
ということです。
「理解できない」と怒ってつっぱねるのではなく
「どうしてそうなるんだろう」と自分の中に問いかけて
同じ人間として、そのプロセスを、自分の中にも探そうとしてしまう、ということです。
同じニュースを見た他の人が
「被害者の気持ちを想像すると耐えられない、犯罪者はゆるせない、理解できない!」と言うのを聞いて
自分が全く違う方向から発想していたことに呆然としたりしています。
被害者の気持ちを想像しないということではないんですが
その情報に触れたとき、先に自分をどっち側に置いてしまうか、というと
私はどっちかというと被害者より加害者の側に立って
罪悪感や羞恥、後悔、悲しみ、怒り等々、様々な経緯や思いを想像してしまうようです。
ニュースに触れたとき、ぱっと被害者の側に共感して
怒りを感じたり、悲しみを感じたり、自分がそうなったらどうしようと不安や恐怖を感じたりする、
そういう人もいて当然だと思います。むしろ、そういう人の方が圧倒的に多いだろうなとおもいます。
これはどうにも、仕方がありません。
どっちも、しぜんにそうなっちゃうんだろうとおもいます。



ちなみに、蛇足ですが
「被害者の側に立つ」ということも、2つあるだろうなと思います。
被害者自身に共感しようとする人と、被害者を失った家族に共感してしまう人と、です。
私はこのうち、前者のイメージもよくわきます。
痛さや苦しさ、意識が消えていくときの感じなどを想像してしまいます。
それは無念や怒りというより、恐怖や痛覚のほうです。
もしそれが自分に起こったなら、と想像して、脅威を感じます。


しばしば、何か意外なことが起こったとき
「テレビや新聞のなかの出来事だと思っていた。まさか自分に起こるなんて」
というコメントをする方がいます。
でも、私は何となく、それがテレビや新聞のなかの出来事だと思えていないのかもしれません。
いつ自分に起こってもおかしくない、とても身近なことのような気がしているのだとおもいます。
それは、自分が被害者になる場合も、加害者になる場合も
同じような確立で「あり得ること」なんじゃないかと思ってしまうのです。
だから、そういうふうに想像するんじゃないかな、と思います。
敵味方、善悪、という、観察や判断の観点ではなく
自分がまさに「当事者」になるかもしれない、という観点で見てしまうんだと思います。
そうなったらどうするだろう、どうすべきだろう、そうできるのだろうか、と。



(この部分、誤解されるような書き方をしてたのかなとおもいましたので補足しました。)





・・・何が起こるやら(暗黒


しかし今、木星も金星も逆行してるんですねえ。
ベネフィックが両方逆行かあ・・
善意や優しい気持ちが、ゆっくりでも伝わっていけばいいなあとおもいます。


今週はそんな感じです。